「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (315) 「検察控訴趣意書に見る検察主張の空疎な論理」 7/25/2013 

#検察なう (315) 「検察控訴趣意書に見る検察主張の空疎な論理」 7/25/2013

(強制捜査から1682日、弁護側控訴答弁書提出期限まで43日)

7月1日検察により、私の無罪判決を不服とする控訴趣意書が裁判所に提出されました。

一審の判決を不服とした理由は、一審判決が「論理則・経験則に違背している」というものです。「論理や経験に則れば間違っている」という言葉は難しいですが、それは言うなれば「一審判決は誰が見ても間違っている」ということです。

その主張の骨子は、「確定申告をするためには、自分の収入の把握がなければ申告ができない以上、確定申告をする人は例外なく自分の収入を理解しているものである」というものです。

一審裁判体が確定申告制度を理解していないとして、検察は「そんなことも知らないのか」と控訴趣意書で揶揄していることは以前のブログで紹介したところです。

ここをクリック→ #検察なう (312) 「私の無罪判決を不服とする検察控訴趣意書に関し」

検察の主張を高速道路の通行料支払いに例えてみます。

「高速道路の通行料を支払うためには料金がいくらであるかの認識が必要となるのは当たり前である以上、高速道路を利用する者は全て自分が通過した区間の高速道路料金を理解している」というのが検察の主張です。

至極もっとものようにも聞こえます。控訴趣意書の主張部分は以下の通りです。

「適切な総収入の把握なくして適切な税額を計算することは不可能であることを考えれば、確定申告を行う者は、当該年の自らの総収入に思いを致し、これを漏らさず把握するよう努め、しかも、その把握した収入が適切に確定申告書に記載されているか否かを確認するのが正に常識であり、社会人としての通常の行動である」

それに続く控訴趣意書の文言は以下の通りです。

「だからこそ、一般の納税者は、負担を負いつつも、自らの収入等に関する資料を集めた上で、適正に確定申告を行っているのであり、このことは自ら資料を提供する以上、税理士に申告を依頼した場合でも異ならない」

自分が運転する場合だけではなく、誰かに運転を代わってもらって料金所を通過する者も、その料金を知っていることが「社会常識」だというのが検察の主張です。果たしてそうでしょうか。

更に、検察は確定申告制度の仕組みや実態を滔々と述べ立てて「そもそも」論を展開しているにも関わらず、源泉徴収制度の仕組みや実態に関しては全く言及していません。

サラリーマンにとっての給与の源泉徴収に関していつも思い浮かべるのが、ETCシステムです。料金所での渋滞緩和のために自動収受システムが高速道路料金所に設置されたのはこの10年のことで、利用されている方も多いと思います。料金を確認して、財布から取り出す作業がないだけでも、随分便利なものだと思います。

サラリーマンの給与天引きはまさにETCゲートを通過して高速道路料金を払うようなものです。勝手に取っていってくれるのだから、こちらの手間も省け、徴収する側としても取りっぱぐれがないものです。

ETCを利用している人の中には、通行料を意識している人もあれば、あまり何も考えずに通過している人もいるかと思います。私は、ETCで払う高速料金が間違っていると考えたことがないため、確認する必要を感じたことはありません。私にとっての確定申告は、収入のほとんどに係る所得税は源泉徴収されている以上、ETCゲートを通過しても料金を敢えて確認する必要はないという感覚と全く同じものでした。

検察の控訴趣意書の主張は、一般ゲートを通過して料金を支払う場合の認識に関するものだけで、ETCゲートを通過して料金を支払う場合の認識を敢えて言及していないものです。

確定申告をする全ての人がこうだからと言いながら、クレディ・スイス証券ほかの外資系証券で株式報酬の申告漏れと私と同じ状況にあった者においては、「被告人のほ脱の故意を認定するに当たり、およそ他の従業員の認識は関連性がない」とする検察の主張は論理的に破綻しています。

クレディ・スイス証券の税務調査対象者は約300人。そのほとんどが修正申告を必要とした申告漏れとなり、全体の1/3に相当する約100人が、私と同じく株式報酬の無申告でした。クレディ・スイス証券だけではなく、そのほかの外資系証券でも、株式報酬を源泉徴収していなかった会社では、百人単位で株式報酬の無申告による申告漏れが指摘されています。そうした状況を全く無視して、確定申告制度の在り方だけを主張して、一審裁判体の判断を「論理則・経験則違背」ということは暴論以外の何物でもないことはお分かりになって頂けると思います。

そうした骨粗鬆症であるかのような主張の骨子に、過失でも矛盾のない間接証拠という水増しのためのぶよぶよした贅肉を付け加え、ただ単に「論理則・経験則違背」「健全な社会常識に反する」という言葉だけを連呼したものが検察の控訴趣意書の実態です。

但し、このように私の目には全く空疎な論理であっても、高裁裁判体が騙されると言う可能性も依然あります。

元東京高裁判事木谷明氏と映画監督周防正行氏の対談の中から、検察控訴趣意書に関する部分を拾ってみます。

木谷 (一審無罪が控訴審で有罪となる)破棄率が高すぎるというのは事実でしょう。結局、これは高裁の裁判官の意識の問題でもあるんですが、やっぱり検察官はアラを見つけるのがうまいですよ。原判決のアラ、審理のアラ。そういうものを拡大鏡で拡大して見せますから。「こんな杜撰な審理で無罪にしたのか」「こんな杜撰な論理で無罪にしたのか」と、検察官が主張しますと、それはある意味で非常に説得力があるんですよ。最初に控訴趣意書を読みますと、「ああこれはひどいもんだ」と思うし、「この原裁判官は、一体何をやってたんだ」と思う事件はかなりありましたね。しかし、一方で、弁護人の答弁書を参照しながら記録をよくよく読んでみると「やっぱり原判決が言ってることはもっともだ」ということになって、控訴棄却で終わる事件もかなりあるんです。ただ、最初に検察官の控訴趣意書に影響されてしまうと、被告人の言い分に十分耳を傾けないまま破棄という方向にいってしまう可能性はありますね。だから検察官控訴の場合には控訴趣意書から読むということ自体に問題があるかとも思っています。検察官の控訴趣意書の書き方はやっぱりうまいですよ。もう全庁あげてやってますからね。

周防 やっぱり検察の威信をかけて、みんなで考えてるんですかね。

木谷 よくよく記録を読んでみると、引っ掛けとか詭弁もあるとわかるんですが、最初に控訴趣意書をさらっと読んだ段階では本当に引き込まれますよ。そういう技術は大したもんです(笑)。

(『それでもボクはやってない 日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり!』より)

こうした引っ掛けや詭弁満載の控訴趣意書を作成してまで、有罪を作り上げようという検察の姑息な戦術が通用しないということを分からせる社会的責務が、私の控訴審にあると思っています。

国税局の告発を受けて控訴し、一審無罪判決に無謀な控訴をした検察特捜部には、真実を追求し正義を守るという姿勢が全く見られません。本件での検察控訴は、全国の多くの真摯に活動する検察官の方々の顔に泥を塗るものだと思います。この検察控訴趣意書は特捜部暴走の証左として、是非、全国の検察官の方々に読んでほしいものです。

7/25/2013















ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 被告人最終陳述

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category: 訴訟記録等

2013/07/25 Thu. 06:30 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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この記事に対するコメント

八田 様
木谷先生と周防監督の対談を読んでいても、検察は真実を究明することより、自分たちの主張を何としても押し通すことしか考えていないのですね。
一昨日の「日本の司法を正す会」での八田さんの主張は私も賛成です。勝ちにこだわることも大切ですが、検察のあり方に対して見直し迫ることも大切です。私の控訴審は9月10日に札幌で始まりますが、私は今の検察のあり方に対してしっかりと批判と私の考えを主張するつもりです。

佐藤克男 #41Gd1xPo | URL | 2013/07/27 Sat. 08:35 * edit *

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