「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (323) 「英終身刑廃止の報道に際し、死刑制度に思うこと」 8/21/2013 

#検察なう (323) 「英終身刑廃止の報道に際し、死刑制度に思うこと」 8/21/2013

(強制捜査から1707日、弁護側控訴答弁書提出期限まで18日)

欧州各国では既に、死刑どころか仮釈放のない終身刑も廃止されています。イギリスがこの情勢に追随するというニュースに「同じ人間、同じ命の重さなのに、彼我の意識の違いには考えさせられる」とコメントを添えてツイートしたところ、多くの死刑存置派と思われる方からご批判のコメントを頂きました。

ここをクリック→ 8/17/2013 ツイート

センシティブなイッシュ―であり、140文字の返信では限界があるので、思うところをブログに掲載させて頂きます。

私は死刑制度を積極的に支持しているわけではありません。そして、死刑の執行は一旦凍結すべきだと考えています。

しかし私は死刑囚の人権のためを考えているわけではありません。それはどうでもいいと言ってもいいと思っています。なぜそれでも死刑制度を積極的に支持できないかをご説明します。

まずこの問いを考えてみましょう。

「小学校に凶器を持って乱入し児童8人を無差別殺人した者や、自分の利益や野心のために何十人もの人の命を何とも思わずに奪った宗教家の仮面をかぶった殺人集団のリーダーを極刑に処すべきか」

その答えは勿論「イエス」です。

なぜそれでも死刑を廃止すべきかという理由は、至ってシンプルです。それは、日本の現時点における刑事司法に全幅の信頼を置くことができないからです。

次の問いはどうでしょうか。

「無実の者が誤って有罪となっている場合、その者を絞首台に送るべきか」

この問いに「イエス」と答える方はいるのでしょうか。

そしてこの二つの命題を共に満たす制度はありえません。即ち、「極悪人を殺そうとすれば無辜の者も殺さざるをえない」「無辜の者を殺さないためには極悪人も殺すことができない」という二者択一です。

いまだ未解決のPC遠隔操作事件で、既に四人が誤認逮捕され、そのうち二人が虚偽自白をして、一人が有罪認定されているような社会に我々は生きています。

証拠を隠蔽し、捏造し、平気で嘘をつく検察が起訴をすれば、有罪率99.9%という現実を直視すべきです。

そのような社会では、私は恐ろしくて死刑あるべしという考えをもつことができません。

もっと利己的に考えてみましょう。

「自分の大切に思う人が殺されて、その殺人犯を(私怨にせよ、社会的要請があると思うにせよ)絞首台に送りたい」という可能性と、「自分あるいは自分に近い者が、冤罪にからめとられ無実の罪で絞首台に送られる」という可能性を両天秤にかけて評価する必要があります。

私は、冤罪当事者として後者のリスクは到底許容できるものではありません。ゆえに結論はおのずから導かれるものです。

「冤罪の可能性がゼロではない」というのは杞憂に過ぎないと思われる方もいらっしゃるかもしれません。私はその論には首肯できません。なぜなら、この国において、冤罪を減らすために効果的である方策が明らかであるにも関わらず、全くその措置が講じられていないことから、杞憂どころか現にある危険だと思っています。

つまり抽象論で死刑不支持を唱えているつもりはなく、もしこの国の刑事司法が冤罪を減らすということに真剣に向き合うのであれば、喜んで死刑制度擁護に宗旨替えしたいと思います。

取り調べの適正化のための3点セット、即ち「取調べの全面可視化」、「証拠の全面開示義務」、「取調べに弁護士の同席を認める」、それらないし「検察上訴権の廃止」、ないし「再審審理を裁判所ではなく第三者機関が行う」ということのいずれか一つでも実現すれば、私は死刑制度擁護を考慮しようと思っています。

飯塚事件や和歌山毒物カレー事件は氷山の一角でしかありません。なぜなら冤罪は偶発的なものではなく、構造的に生まれているからです。

ここをクリック→ 冤罪ファイル 「飯塚事件」

ここをクリック→ 冤罪ファイル 「和歌山毒物カレー事件」

極悪人を心置きなく社会から永遠に排除するためにも、刑事司法改革は不可欠です。

最後に、「家族を殺されれば分かる」とツイートされた方がおられました。その方の家族が殺されたかどうかは分かりませんが、私は自分の家族が殺された経験がないので、「分からない」としか答えられません。

しかし、被害者遺族が例外なく極刑をもって犯人を処罰してほしいと思うかといえば、それは違います。信じられないという方は是非、原田正治/前川ヨウ氏著の『弟を殺した彼と、僕。』をお読み下さい。

先日、「日本の司法を正す会」で青木理氏とこの本の話題になった時、彼も死刑制度に関して考えるための最良の書だと言っておりました。

ここをクリック→ ブック・レビュー『弟を殺した彼と、僕。』

8/21/2013













ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 「20分で分かる『クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件』~日本の司法を正す会ダイジェスト版」(動画)


ここをクリック→ 経緯説明 「真実は一つである」

ここをクリック→ 被告人最終陳述

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category: 刑事司法改革への道

2013/08/21 Wed. 08:01 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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この記事に対するコメント

死刑制度の廃止論についてはさまざまな考えがあってしかるべきと考えますが、裁判で戦っておられる八田さんには警察・検察の取り調べ手法
「起訴したら何がなんでも有罪に」という手法に疑念を抱いての見解と感じています。先日もある事件で幹部検察官が「被疑者には予断と偏見を持たず、証拠に基づいて…」と発言をしていましたが、私も警察・検察に取り調べを受け起訴され裁判で執行猶予付き有罪を経験致しておりますが、事実は全く無視され警察・検察の見立てストーリーだけで有罪とされました経験からして幹部検察官の言われた言葉に強い違和感を感じたものでした。起訴後は当然、無実を裁判で訴えようと思いましたが、
私は小さな会社を経営しておりまして、保釈は却下され、不安になった従業員は退社するなど経営に支障をきたす状況に陥り妻と娘が拘置所に来て自分の名誉よりも会社の行く末を考えて欲しいと懇願され、熟慮のうえ不本意ではありましたが裁判で罪を認めることを条件に保釈を受けた経験から八田さんの考え方がよく理解ができるのです。拘置所の中で、この国は本当に法治国家なのだろうか?とつくづく考えさせられたものです。私のように司法と戦えず無念にも罪を認めてしまわれている方がこの国にはどれほどいるのだろうか?遠隔操作事件でも罪のない学生さんが法で裁かれました。この責任は誰がとるのだろうか?学生さん・その家族にとって一生消えない傷を負わせた方々は罪の意識を感じておられるのだろうか?この国の司法には不信感だけが残りました。「疑わしきは罰す」「証拠は創る」これでは有罪率99.9%になります。
八田さん応援をしています。最後まで戦い抜いてください。

名無し #- | URL | 2013/08/23 Fri. 14:36 * edit *

Re: メッセージありがとうございます

> 死刑の存置・廃止は非常に重いテーマで、安易な考えはどちらを支持するにせよ命の尊厳を前に不遜なものだと思います(自戒も込めて)。私の場合、人権擁護を振りかざすには人間の器が小さく、自分の経験に基づいた考えに従いたいと思っています。
>
> 「この国は本当に法治国家なのだろうか?」という問いは本当に繰り返し自問します。但し、もしそうでないならその責任の一端は自分にもあるという反省(自らがこのような状況になるまで無関心、無理解であった点)で、ブログ、ツイッタ―、フェイスブックで情報発信に努めています。
>
> 引き続きご注目頂き、ご支援のほどよろしくお願いします。
>
> 八田
>
> > 死刑制度の廃止論についてはさまざまな考えがあってしかるべきと考えますが、裁判で戦っておられる八田さんには警察・検察の取り調べ手法
> > 「起訴したら何がなんでも有罪に」という手法に疑念を抱いての見解と感じています。先日もある事件で幹部検察官が「被疑者には予断と偏見を持たず、証拠に基づいて…」と発言をしていましたが、私も警察・検察に取り調べを受け起訴され裁判で執行猶予付き有罪を経験致しておりますが、事実は全く無視され警察・検察の見立てストーリーだけで有罪とされました経験からして幹部検察官の言われた言葉に強い違和感を感じたものでした。起訴後は当然、無実を裁判で訴えようと思いましたが、
> > 私は小さな会社を経営しておりまして、保釈は却下され、不安になった従業員は退社するなど経営に支障をきたす状況に陥り妻と娘が拘置所に来て自分の名誉よりも会社の行く末を考えて欲しいと懇願され、熟慮のうえ不本意ではありましたが裁判で罪を認めることを条件に保釈を受けた経験から八田さんの考え方がよく理解ができるのです。拘置所の中で、この国は本当に法治国家なのだろうか?とつくづく考えさせられたものです。私のように司法と戦えず無念にも罪を認めてしまわれている方がこの国にはどれほどいるのだろうか?遠隔操作事件でも罪のない学生さんが法で裁かれました。この責任は誰がとるのだろうか?学生さん・その家族にとって一生消えない傷を負わせた方々は罪の意識を感じておられるのだろうか?この国の司法には不信感だけが残りました。「疑わしきは罰す」「証拠は創る」これでは有罪率99.9%になります。
> > 八田さん応援をしています。最後まで戦い抜いてください。

八田隆 #- | URL | 2013/08/25 Sun. 17:13 * edit *

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