「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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日刊ゲンダイ 実録「マルサの事件簿」 7/13/2011 

日刊ゲンダイ 実録「マルサの事件簿」 7/13/2011

クレディ・スイス集団申告漏れ 第3回


 スイスの大手金融機関「クレディ・スイス・グループ」系列の「CS証券」で起きた、社員の所得税申告漏れ問題。親会社の株を受け取る賞与支給制度「ファントム・ストック(FS)」で、受給資格者の実に3分の1に当たる約100人の社員が、FS分の所得を税務申告していなかった。この中には、すでにCS証券を退職した元社員も含まれていた。

 07年4月まで債券トレーディング兼外国債券部長を務めていた八田隆氏もその一人。現役社員と同時期の2008年11月半ば、東京国税局から呼び出しを受けた。
「05年から07年までの3年間、FSで株式を受け取りました。特に07年は、CS証券の会社都合で退職し、将来の分まで前倒しで受け取っていたため、申告漏れ額も現役社員に比べると突出していました」(八田元部長)

 八田元部長は、東大法学部を卒業後、1987年に米国系の証券会社「ソロモン・ブラザーズ・アジア証券」(現シティグループ証券)東京支店に入社。債券トレーダーを長く勤めたあと、01年6月にCS証券に移籍し、債券トレーディングと外国債券部長を兼務して07年4月まで在籍した。

 社員の平均勤続年数が「3年程度」というCS証券の中で、「6年」という勤続年数は異例の長さ。退職時には、日本企業の「執行役員」に当たる「マネージングディレクター」の肩書を持ち、年収も2億円を超えた。同僚からの信頼も厚かった。CS証券退職後の07年9月、米国系の証券会社「ベア・スターンズ(ジャパン)証券」東京支店に移籍。だが、それから1年もたたないうちに米国の本社がサブプライムローン問題の中で消滅してしまった。

 そこで08年8月、家族を伴ってカナダのバンクーバー市に移住。次の仕事を探している最中の同年11月半ば、契約している税理士から電話がかかってきた。
「八田さん、国税局から連絡がありました。申告漏れがあるようですよ」
「おかしいですね。源泉徴収票はいつも提出してましたよね」

 こんなやりとりを交わしたあと、八田元部長は12月初めに帰国。訪ねたのは住んでいた地域を管轄する税務署ではなく、大手町にある東京国税局課税1部資料調査課だった。金額が大きかったり、手口が複雑な所得税の申告漏れを調査するセクションだ。

 「海外で付与された株式は別途申告する必要があるという説明を受けたのですが、私は『税理士に源泉徴収票を提出すれば給与関係の税務は終わり』という認識で、FS分の税金も会社が源泉徴収してくれているものと思い込んでいました」(八田元部長)

 「そんなこと言われても、誰も教えてくれなかったし……」というのが正直な思いだった。

 「意図的に申告しなかったとか、仮装・隠蔽したということでは決してありません」

 資料調査課の2度にわたる事情聴取で、八田元部長は強く主張した。ただ、FS分の所得税を申告していなかったのは紛れもない事実だった。「修正申告して税金を払う」ことを決意して、資料調査課と3度目の面談の日時も決めた。ところが、これが先方の都合で突然キャンセルになる。さらに、久しぶりに金沢市の実家に戻って納税の準備をしていた八田元部長を思わぬ事態が襲った。12月16日早朝、東京国税局査察部が実家など関係先5ヵ所を強制調査したのだ。
(つづく)

ここをクリック→ 日刊ゲンダイ記事 「実録 マルサの事件簿」


category: クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

2011/07/14 Thu. 08:11 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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