「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (333) 「日米の検察制度の比較」 9/26/2013 

#検察なう (333) 「日米の検察制度の比較」 9/26/2013

(強制捜査から1745日、控訴審まで50日)

「ある国を理解するためには、それが他の国と比べてどう違うかを是非見なければならない。一つの国しか知らない者には、知っている国は一つもない。」
(シーモア・M・リプセット『アメリカの例外論』)

日本の検察制度がほかの国の検察制度とどこが違っているか興味があり、『アメリカ人のみた日本の検察制度』という本を読んでみました。著者のD・T・ジョンソンは本書を著した当時ハワイ大学準教授。彼がバークレー大在学時代に、フルブライト奨学金を得て日本に3年間滞在した際の調査・研究を基に書かれた非常に密度の高い日本の検察制度の研究です。

著書の主題は、アメリカの検察制度改善を主眼とし、日本の検察制度をその鏡として高く評価するものです。しかし、高く評価しているといっても手放しで褒め称えているわけではありません。以下のような指摘をしています。

「日本の刑事司法には様々な問題がある。捜査は非常に強引に行われ、時には強制的ですらある。真実は捏造され、汚され、そして隠蔽される。間違いが起こり、偏見も存在する。検察官は説明責任を負わず、弁護士はほとんど無力だ。被害者は有罪判決率という祭壇に生け贄として捧げられている。最も根本的なことは、外部の監視を制度上徹底的に排除しているため、問題の多くが何なのか、見ることも話すこともいまだにできないままなのである。」

「一般に学者は、アメリカの検察官は世界に比類なき独立性と裁量の特権を享受していると主張するが、そうした従来の知識は間違っている。アメリカは、検察官にとって地獄ではないにしても、日本と比べれば天国からははるかに遠い。検察官にとっての天国は、被疑者と犯罪者にとっては地獄になる可能性がある。」

著者のこうした指摘は、問題意識を正しく持った上での認識であることをうかがわせるものです。

以下、本書からの抜粋を引用します。

日米の検察制度の相違点に関して。
「第1に、日本の検察官は起訴前の捜査や取調べを、自発的に自らの手で行い、警察と協力しても行う。これに対して、アメリカの検察官は、捜査や取調べをすることはほとんどない。

第2に、日本の検察官は起訴の決定による事件の処理につき独占的な権力を有しており、事件がいかに重大で、あるいは、証拠がいかに強力なものであろうと、不起訴とすることができる。対象的にアメリカの検察官は、起訴の決定を、他の関係者、つまり警察官、裁判官、大陪審などと一緒に行う。

第3に、日本の検察官は、裁判において国側の主張を行い、裁判所に対して適切な判断を求め、無罪判決や量刑の決定について上訴する。一方、アメリカの検察官は、無罪判決に対して上訴することができず、量刑に関する上訴も、一部の裁判管轄において限定された状況においてしか行うことができない。

最後に、日本の検察官は刑罰の執行を監督し、罰金の支払いを確保するとともに矯正担当官をして死刑判決を含め、裁判所によって下されたその他のすべての処罰を確実に執行させる役割を果たしている。アメリカの検察官には刑罰の執行の監督に相当する権限はほとんどない。」

更に特筆すべき相違点として、検察官の選任方法が挙げられます。

「アメリカではほとんどの検事正が選挙で任命される。日本の検察官は選挙で選ばれるわけではないキャリア官僚として、一般市民の圧力や政治的な緊急性といった、アメリカの検察官の行動を左右するような多くの要因から隔離されている。」

著者が、日本を「検察官の楽園」と呼ぶ理由を読み解くと、検察制度改革の糸口が見えます。

「日本では自白が証拠の王様である。捜査官は自白を引き出すための道具を、法律でたくさん与えられている。例えば時間(これこそ彼らの武器庫に入っている最も便利な道具である)、自分たちに都合のよい場所(警察の留置場)、被疑者と弁護士の接見を取り仕切れること等々。検察官には被疑者の供述を逐語的に記録する義務がない。自白を被疑者自身の言葉ではなく、自分の言葉で作成することができるという権限は、検察官にとって極めて有利である。彼らがそれを手放したがらないのは、残念ながら、当然である。」

「アメリカでは証拠を被告人側に開示しなければならない義務があることが、検察官には不満である。実際、アメリカ最高裁の『ブレイディ原則』は、『被告人に有利な証拠を検察官が隠蔽することは適正な手続きに違反する』ことを宣言している。資料の引き渡しを怠った場合、自動的に審理無効になる。」

非常に興味深かったのは日米の検察官(日本235人、アメリカ57人)に行った「検察官の目標」というアンケート結果です。日本の検察官が重要だと挙げている順に並べて、日米の結果を比較してみます。

日米両国における検察官の目標 (全17項目)
日本 (アメリカ シアトル州) 
1-99.6% 真相の究明         (2-96.5%)
2-97.9% 「適切な」起訴の判断    (4-94.7%)
3-92.7% 犯罪者を反省させること   (16-8.8%)
4-91.5% 犯罪者の更生及び社会復帰  (12-28.1%)
5-91.1% 市民の保護         (1-98.2%)
6-90.7% 同種の事案を同等に扱うこと (6-78.9%)
7-83.9% 被疑者の権利の擁護     (2-96.5%)

実際には日本の検察の最終的な判断(起訴・不起訴)が真相を反映しているとは言えないにも関わらず、個々の検察官レベルでは、「真相の究明」を第一目標に挙げているということが私の興味を引きました。起訴・不起訴の判断は個々の検察官がするものではなく、組織の決裁により決定されるものですが、その決定構造に問題がありそうです。

日米の結果で著しい差があるものが、「犯罪者の反省」や「更生及び社会復帰」といった項目です。日本においては、アメリカと比較してより「修復的司法」のイメージに近いものだと言えるものです。

対象的に、アメリカでは高い目標とされている「市民の保護」や「被疑者の権利の擁護」といった要素が日本の検察官には軽視されていることがよく分かります。

続けて引用します。
「アメリカの検察官が更生をあまり重視していないことは、他方で被疑者の権利を尊重していることと対比すると特に興味深い。彼らが適正手続を尊重するのは、アメリカの裁判官は日本の裁判官に比べ、法的な許容範囲を越えて取得した証拠を排除することが多いという事実を反映しているのであろう。ある意味では、アメリカの検察官は被疑者の権利に注意を払わざるを得ないのだ。注意しなければ有罪にすることができない。しかし、日本の検察官から見ると、被疑者の権利は重要だが、更生は重要ではないというのは変な目標の組み合わせである。アメリカの検察官は自分たちの役割を、日本の検察官よりも狭く考えているようだ。日本の検察官は、犯罪者の更生と、加害者と被害者の間の関係の修復に努める過程で、当事者たちやその共同体の中へ、アメリカであれば不当あるいは不要とされるような形で深く踏み込んでしまっている。」

起訴・不起訴の決定のプロセスにも日米で大きな違いがあります。ここに日本の刑事裁判で異常とも言える高い有罪率の理由があります。少し長くなりますが引用します。

「検察官は、事件の起訴・不起訴の決定に際して、2種類のリスクに遭遇する。つまり、ある犯罪者を不起訴にしたところ、その者が再犯を犯す可能性(分類Iのリスク)、及びある者を起訴したが、後になってその者が刑事罰に相当しないことが判明する可能性(分類IIのリスク)である。

文化というものはすべて、一部のリスクに偏向し、他のリスクを軽視するものだ。いかなる人もグループも、あらゆる危険に等しく対応することができない以上、危険の種類によって優先順位をつけざるを得ない。日本の検察官は分類Iのリスクを取る方に偏っている。犯罪者を有罪にし、処罰するのに十分な証拠があるにもかかわらず、起訴猶予にするのである。アメリカの検察官は分類IIのリスクの方に傾斜している。有罪にできるかどうか疑問があっても、有罪判決と処罰を追求する。なぜこのような相違が生ずるのであろうか。

まず、アメリカの場合を考察してみよう。アメリカの検察官にもまた、起訴猶予権限がある。しかしながら、彼らはそれを行使することをいやがる。その理由は、検察官には政治的浸透性があるため、釈放した被疑者が再犯を犯した場合、一般市民の批判にされるという弱味があることが一つにはある。主任検察官は選挙で選ばれ、選挙民は犯罪者の厳罰を要求する傾向が強い。一般的に、再犯発生の代価、つまり、分類Iのリスクで失敗した場合の代価は、検察官の計算では、アメリカの方が日本より高い。

逆に、無罪にすることの代償、つまり分類IIのリスクは、日本の検察官の計算でははるかに高い。というのは、無罪にすると、検察官は世間や自分たちの組織から厳しく批判される。分類IIのリスクで失敗した場合の批判が厳しいことが日本の「精密」な刑事裁判制度を維持させている一因であり、したがって、日本では、一旦起訴された刑事事件が結果的に無罪に終わることはほとんどない。」

日本においては、無実であっても否認をすれば「反省していない」と処罰が重くなることが恒常化していることが、虚偽自白を生む理由の一つだと思います。

ここをクリック→ #検察なう (325) 「『否認料』という冤罪の要因」

捜査権力から見た反省的な態度、批判性的な態度の差による処遇の違いでも日米の違いがあります。

「アメリカの検察官は相手が反省しているからといって起訴の判断に影響させることには消極的である。事実、反省しているところ自体を見たがらないようだ。そのくせ、アメリカの検察官は、犯罪者の『態度の悪さ』を理由に特別厳しい扱いをする。一部のカリフォルニアの検察庁では、こうしたやり方を『アスホール・エンハンスメント』と呼んでいる。

私が神戸の検察官の日常業務を観察したところ、検察官は起訴猶を是非の判断に際して常に被疑者の態度を勘案していた。多くの場合、検察官はただ型通りの反省の弁を聞くだけでは満足せず、その反省の度合い、方向そして誠実さを見極めるため、時間をかけて被疑者を綿密に調べていた。アメリカの検察官のように、犯罪者を冷たく突き放したり、その更生に懐疑的な態度をとるようなことは日本の検察官にはほとんど見られない。

さらに逆もまた真である。被疑者の態度が挑戦的で、従順さを欠き、あるいは反省が見られない場合には、日本の検察官は、少なくとも事件によってはより懲罰的になる。日本の検察官にも、アメリカの検察官のいわゆる『アスホール・エンハンスメント』の日本版というべきものがあるが、それは、もっとおとなしい言い方だが、『拒否に対する料金(否認料)』と呼ばれている。」

「認める=反省している」ということで、より寛大な処置をする傾向のある日本の刑事司法の方が、被疑者の認めるメリットは大きいということができます。

検察制度は、日本においてもアメリカにおいても、国民の信頼がそのバックボーンになければならないことに変わりはありません。その信頼の尺度となるのが有罪判決率であるとすれば、それは大きな間違いではないでしょうか。

「日本において無罪判決は検察にとって不名誉とされる。検察官自身だけでなく、マスコミや日本人の大多数もそう考えている。無罪判決が下りると、「起訴されたことで被告人はひどい汚名を着せられた」といって、マスコミと世間は必ず検察官を叩く。したがって、起訴の誤りをなくせという国民の期待に、検察官は敏感であるようにも見える。もし一般的にアメリカ人が被害と損失に対する補償を期待している、つまり『トータルな司法』を求めているとすれば、日本人は、間違いを最小限にとどめる、いわゆる『パーフェクトな司法』を求めているように思われる。

アメリカも、日本も検察官の正当性は、国民の意思に根ざしているのだが、そこには重要な違いもある。アメリカでは、正当性は、検察庁の代表者が選挙によって選ばれるということによって得られる部分が大きい。選挙運動においては、現職の検察官は自分の業績を宣伝するのに、有罪判決率を使うことがある。しかし、その他にも差別撤廃雇用措置を実施したとか、地元の犯罪問題に合わせて特別にあつらえた新しいプログラムを導入したなどと訴えて、業績を誇示する。これに対して日本の検察の正当性は業績という基準にもっと深く根ざしており、その中で最も重要なのは全体的な有罪判決率である。」

著者が指摘している日本の検察が目指すところの『パーフェクトな司法』に関しては、もう少し考察を深めて、別の機会で議論したいと思っています。

この著書の内容は、考えさせられることの多い資料的価値の高いものだと思いました。是非とも玩味頂き、刑事司法を少しでもよくするべく考察の足しにして頂ければと思います。

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9/26/2013












法廷画が冊子化されました。正(第2回公判~第7回公判、400円)、続(第8回公判~第11回公判無罪判決、500円)の2冊です。代金(実費)は、無償で法廷画を描いてくれた漫画家にカンパされます。ご希望の方は sienhatta@gmail.com までご連絡下さい(送料9冊まで80円、10冊以上160円)。

#検察なう


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ここをクリック→ 経緯説明 「真実は一つである」

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category: 刑事司法改革への道

2013/09/26 Thu. 02:22 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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