「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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冤罪ファイル その11 「北稜クリニック事件 / 仙台筋弛緩剤えん罪事件」 

冤罪ファイル その11 「北陵クリニック事件 / 仙台筋弛緩剤えん罪事件」

「北陵クリニック事件」と聞いても知らないと思われる方も、「筋弛緩剤点滴殺人事件」と聞けば思い出されるかもしれません。事件当初は大々的に報道された事件も、今では忘れ去られているのではないでしょうか。

結論から言います。これは結婚を目前に控えた当時29歳の青年が、無実の罪で2001年から現在に至るまで自由を奪われ、今なお無期懲役の冤罪と戦っている事件です。そして冤罪といえば真犯人が別にいるというのが通常のケースですが、この事件では真犯人はいません。事件そのものが「幻」だからです。

事件当初の報道では、
「病院で原因不明の急変患者が続出し、いずれのケースにおいても准看護師であった守大助氏が関与していた」
「病変の症状は筋弛緩剤中毒によるものと思われる」
「患者から採取された血清、尿、及び点滴液から筋弛緩剤が検出された」
「守大助氏は逮捕初日に犯行を自供した」
とされました。

これら報道の内容だけからすれば、これは明らかな犯罪で、犯人は守大助氏に違いないと思ってしまうのではないでしょうか。そして、これも捜査当局のリークに踊らされたメディアによって作られた犯罪の一つです。

私がこの事件を調べ、すぐ分ったことで疑問に感じたことは「筋弛緩剤は、外科手術の際に使用され、筋肉や内臓が動いて手術の妨げになるのを抑制する非常にポピュラーな薬品で、静脈注射によって投与される」という点です。

例えば睡眠薬でも人は死ぬことがありますが、それはオーバードーズが前提です。筋弛緩剤では、静脈注射で投与して安全なものが、点滴でゆっくり投与して危険なんだろうかと思ったものです。この懐疑心が正しかったことは、詳しく後述させて頂きます。

<事件経緯>
2001年1月6日、宮城県警は北陵クリニックに勤務していた守大助氏を「入院中の小6(当時11歳)女児の点滴ボトルに筋弛緩剤のマスキュラックスを混入し、意識不明の重体に陥らせた」として殺人未遂容疑で逮捕します。事件を理解する上で、非常に重要なポイントは、守氏の同僚ほか病院関係者のみんながこの逮捕に驚いたことです。それまで「事件」は存在しておらず、警察による守氏の逮捕が「事件の発端」です。

守氏逮捕に至る経緯は次のようなものでした。

1)2000年12月1日、北陵クリニックの実質的経営者である半田康延氏が、同じ東北大学大学院医学系研究科の法医学教授を訪れ、クリニック内で頻発していた患者の急変について相談。

2)その法医学教授は、筋弛緩剤が患者に投与されているのではないかと疑い、宮城県警に情報を提供。

3)12月2日、北陵クリニック副院長であり半田氏の妻である郁子医師が警察からの呼び出しに応じて出頭し、その後診療録やタイムカード等を提出。

4)12月4日、警察からの強い要請により、半田氏が守氏に依願退職指示。

5)その後、警察が守氏への張り込みや尾行を開始。

そして情報提供からわずか1ヶ月余り後の2001年1月6日に守氏は逮捕され、その後、1件の殺人、4件の殺人未遂の容疑で起訴されます。

<裁判経緯>

2001年 7月11日 仙台地方裁判所第一回公判。その後156回もの公判を経る。
2004年 3月30日 無期懲役判決(畑中英明裁判長)。弁護側即日控訴。
2005年 6月15日 仙台高等裁判所第一回公判。
     7月29日 逮捕から4年6ヶ月を経て、接見禁止が解除
     10月 5日 弁護側の鑑定請求を却下し、第四回公判で結審
2006年 3月22日 控訴棄却(田中亮一裁判長)。弁護側即日控訴
2008年 2月25日 上告棄却
2012年 2月10日 再審請求
2014年 3月25日 再審請求棄却
2014年 3月28日 弁護団即時抗告

逮捕から実に4年半も保釈が認められず、家族すら会えない接見禁止であったことは、非常に悪質な「人質司法」です。

そして控訴審での訴訟指揮は、相当ひどいものだったようです。

Wikipedia「筋弛緩剤点滴事件」より
「控訴審では弁護側は有罪判決を支えた鑑定結果の証拠能力を崩すため、外国論文などを新たに提出し、裁判所による独自鑑定や、点滴混入時の薬効を調べるコンピューター解析などを請求。しかし、裁判所が必要性がないとして請求を却下。弁護側は反発し2005年10月の第4回公判で抗議の途中退席をした。これに対し裁判所は弁護を放棄したとして審理を打ち切り、弁護人不在のまま判決期日を宣告。2006年3月22日、高裁判決日に弁護側が弁論の再開を申し立てたが、裁判長は弁論する意思を放棄したとして却下して、主文を後回しにして朗読を始める。弁護団はこれに抗議し、声を荒らげたため、裁判所は不規則発言を繰り返したとして弁護人4人に退廷を命じた。また判決理由朗読に対して被告人の守も声を荒らげたため、守も退廷させられ、被告人と弁護人が退廷させられたまま控訴棄却判決が言い渡される異例な事態となった。」

<争点>
最大の争点は、科捜研(科学捜査研究所)の科学鑑定の真偽にあります。例え筋弛緩剤を点滴に投与して人が死ぬことはないとしても、もし筋弛緩剤があるはずもないところから見つかったということになれば、「誰が?」となるからです。

ある試料の中の物質を検出する鑑定では、その存在そのものと量とが計測されることになります。筋弛緩剤が試料(血清、尿、点滴液)から見つかったとするこの事件の科学鑑定は、その両方から信用性が疑われます。

まず量の鑑定から検証します。

5人の被害者とされる方々それぞれに関係した鑑定試料があります。11歳女児からも血清(急変が起こった当日の10月31日採取)と尿(11月7日採取)の試料があります。それら試料から、筋弛緩剤(商品名マスキュラックス)の主成分であるベクロニウムが血清から25.9ng/ml、尿から20.8ng/ml検出されたとされています(地裁判決文より)。

医学的知識が全くない私は最初この数字を見てもそれがおかしいかどうかは分かりかねました。(注1)しかし、筋弛緩剤の薬理作用を知ることで大きな疑問が起こりました。

筋弛緩剤の効能は、外科手術の際に随意筋の活動を止めるものです。随意筋の活動が止まると、肺を動かす横隔膜も止まるので、人工呼吸器が必要となります。そのため、筋弛緩剤は静脈注射によってぱっと効いて、手術が終わった後は体内から早く排出されるようになっています。マスキュラックスの体内血中濃度の半減期は約11分です。

11分という短時間の半減期の薬品の濃度に関して、急変当日の血中濃度と1週間後の尿中の濃度がほとんど同じというのはなぜか。いかに私に医学的知識がなくてもおかしいと思いました。(注2)

この点に関し、専門家の意見をご覧下さい(『ザ・スクープ』より1分56秒動画)。
ここをクリック→ 「鑑定結果の疑惑」

判決文では、「投与されたマスキュラックスの量を1アンプル(4mg)又はその半分程度と仮定すると、その一、二%程度の量に相当するが、その程度の量が7日後に尿から排泄されても不自然とは言えない」としていますが、何をもって「不自然と言えない」としているのかの理由は明記されていません。

また科学鑑定及び裁判官の判断は、筋弛緩剤の存在そのものに関しても、全く科学的根拠を無視したものです。

鑑定では試料と標品を比較してなされます。つまり実際の筋弛緩剤を対照のサンプルとして、試料と共に鑑定を行い、同じ物質が検出されたことをもってしてその二つの物質が同じであるというものです。

科捜研の科学鑑定を餅菓子に適用すると次のようになります。

「この試料とここにある「おはぎ」を鑑定した結果、両方からきな粉が検出されたため、この試料は「おはぎ」と認められる」

弁護団は当然反論します。
「「おはぎ」からはあんこが検出されるべきであって、きな粉が検出された試料は「おはぎ」ではない」

それに対する裁判官の判決は
「装置が変われば結果も変わるので弁護側実験結果をもって警察鑑定が否定される根拠にならない」
というものでした。

ここでいうきな粉は「m/z258」というイオンで、あんこは「m/z279」というイオンです。筋弛緩剤(マスキュラックス)の主成分であるベクロニウムから、「m/z258」というイオンが検出されることがないことは複数の海外の文献でも確認されています。それを、「二つのものを比べて同じものが出たのだから、それは同じものだ。だからこの鑑定はこの場限りで正しく、標品がベクロニウムである以上、試料もベクロニウムである」と裁判官は判断しました。

裁判官が科学を何たるか全く理解していないことは明らかです。
「科学が、それ以外の文化と区別される基本的な条件としては、実証性、再現性、客観性などが考えられる。
実証性とは、考えられた仮説が観察、実験などによって検討できるという条件である。再現性とは、仮説を観察、実験などを通して実証するとき、時間や場所を変えて複数回行っても同一の実験条件下では同一の結果が得られるという条件である。客観性とは、実証性や再現性という条件を満足することにより、多くの人々によって承認され、公認されるという条件である。」
これは小学校学習指導要領解説理科編(注3)からの引用です。先の例を小学生100人に尋ねれば、100人が「それはきな粉餅だ!」と答えます。

更に、鑑定の信用性が強く疑われる事情に、「全量消費」の問題があります。弁護団は、この鑑定の信用性を問い、再鑑定を請求しますが、鑑定を行った科捜研は全ての試料は鑑定のために使い切って再鑑定は不可能だと主張してきました。

ちなみに7種類の試料は、3人の血清(1ml、2ml、4ml)と1人の尿(7ml)及び3人の点滴液(7ml、37ml、53ml)です。「1回の鑑定に必要な試料は0.02ml程度」(上告趣意書より)ですから、この7つの試料の合計111mlの試料を使い切るには5,550回も鑑定をしなければいけないことになります。(注4)

そして全量消費の理由として、鑑定を行った大阪府警科捜研の土橋均技術吏員は「ほかの毒物の鑑定を行ったため」としています。頼まれてもいない毒物の鑑定を行い、なおかつその鑑定結果を全く公開していません。

土橋吏員の公判での証言は意味深いものです。

土橋証人 「平成12年の12月の頃というのは、私どもの科学捜査研究所の毒物の鑑定というのは、非常に忙しかったわけです。それで、そういう忙しい時期に宮城県の科捜研から筋弛緩薬の鑑定嘱託がきました。」

そんなに忙しいのに頼まれてもいない鑑定を5,000回以上もやるとは考えにくく、むしろそんなに忙しかったのであれば、かなり杜撰な鑑定をして、データも既存の資料からコピペしたんじゃないのと考えるのはそれほど不自然ではないと思われます。

そしてこの「全量消費」の問題は更に重要な意味を持ってきます。弁護団は昨年2月に再審請求をしましたが、その後検察はなんと「実は試料は全量消費していなかった。そして試料からは「あんこ」も見つかっていたが、それは被告に不利な鑑定結果だから、敢えて言う必要がないと考えた」という、とんでもないことを言い出しています。

弁護団によるこの件に関する説明をご覧下さい。
ここをクリック→ 「禁じ手を使った検察」

この科学鑑定に関する地裁判決文の抜粋をブログの最後に添付していますのでご覧下さい。(注5)

次に、守氏の自白に関して考察します。私は彼の自白こそが無実の証拠だと思っています。それは、自白内容が典型的な「無知の暴露」だからです。

まず「無知の暴露」に関して、浜田寿美男教授著の『自白の心理学』から引用します(岩波新書p.45)。

「無実の人は、取調べ以前に入手していた情報と取調べにおいてあらたに知った情報に自分の体験記憶を織り交ぜて、想像で自白を組み立てる以外にない。しかし想像はしばしば現実からはみでる。真犯人なら知っているはずのことを、尋問されるままに想像で語って、それが現実と食い違えば、取調官からその場でチェックされる。そうなればそのことが調書に記録されないまま、矛盾のない自白のみが残るのだが、被疑者が想像で語ったことのなかには、取調官もその場でチェックできないことがある。そのために調書に記録したのちに裏づけ調査をしてはじめて、現実と合わないことが判明することがある。それが真偽の微妙なことであれば、真犯人の単なる見まちがい、憶えまちがい、あるいは言いまちがいとも考えられるのだが、およそまちがいようのない供述要素をまちがえたとなれば、それは無実の人間が想像で語ったことを強く示唆することになる。」

「真犯人が捜査を撹乱し、自白にうそを交えることで、将来裁判で自白の信用性が否定されるかもしれないから、あえてこうしたうそをつくのだと、したり顔で言う論者がときにいる。しかし、それだけしたたかな被疑者なら、むしろ否認して有罪の危険性を避けるのがまっとうな心理というべきであろう。大小こもごものうそを交えることで取調べをもてあそぶ真犯人がありうることを全面否定はしないが、たとえそうした人がいるとしても、それはよほどそうした場に手馴れた累犯者に限られる。」

守大助氏の自白の核心部分は次のようなものです。
「A子ちゃんの点滴にマスキュラックスを入れました。マスキュラックスという筋弛緩剤をA子ちゃんの点滴に混注し、その点滴をA子ちゃんに落としました」(地裁判決文より)

この自白には大きな間違いが二点あります。

一つは、犯行様態である筋弛緩剤の投与方法です。筋弛緩剤は、体内代謝が半減期11分と非常に短く、静脈注射で投与して初めて効果があるものです。この自白にあるように、点滴に混入してゆっくり投与しても、筋弛緩剤の効果はありません。つまり、点滴に筋弛緩剤を混入して投与しても呼吸が止まることはないわけです。

もう一つは凶器である筋弛緩剤の種類です。筋弛緩剤には二種類あることが調べて分かりました。脱分極性筋弛緩剤と非脱分極性筋弛緩剤に分類され、同じ目的で使われるものですが、その作用の仕方が違うようです。そして重要なことは、その一つである脱分極性筋弛緩剤の薬理作用には、一過性の細かい筋収縮(痙攣)が起こることです。そして非脱分極性筋弛緩剤では痙攣は起こりません。果たして犯行に使われたとされるマスキュラックスはどちらであったか。実はマスキュラックスは非脱分極性筋弛緩剤であり、その薬理作用では痙攣は起こりません。

北陵クリニックで急変した患者の症状に痙攣があり、これが筋弛緩剤の効き始めの薬理作用だとされましたが、それは脱分極性筋弛緩剤によって起こるもので、自白にあるマスキュラックスでは起こり得ないものです。

つまり、これらは医学知識がない者、即ち警察が筋弛緩剤による殺人及び殺人未遂事件だと筋立てたところから来た間違いです。こうした決定的な間違いを含む自白は「無知の暴露」です。

後者に関しては、結局、裁判所お得意の「そうしたことが起こり得る可能性は否定できない」という論理でお茶を濁したようですが、前者はさすがにそうは言えなかったようです。検察は、公判論告において犯行の手口の主張を変えました。その方法は通常の医療行為では行われない奇妙な方法です。一見は百聞にしかず。ご覧下さい(1分8秒動画)。

ここをクリック→ 判決文による犯行方法

点滴チューブの途中の分岐にある器具は「三方活栓」と呼ばれるものですが、これは点滴の最中にほかの薬剤を投与するため使うもので、薬剤の注入は通常、三方活栓から患者側に向かって行われます。点滴ボトル側に筋弛緩剤を注入するこの方法は、実は、ある推理小説で使われた手口です(川田弥一朗著『白く長い廊下』)。私は、念のため、守大助氏の父上に彼がこの本を読んだ可能性があるかを確認しましたが、回答は「息子は『白く長い廊下』を把握していないし読んでもいません」とのことでした。

もし万が一、犯人が(いたとして)筋弛緩剤を投与するのであれば、こんな複雑な方法を取らなくても、注射器を隠して、さっと注射した方がよほど合理的です。そしてこの方法の最大の難点は、点滴ボトルという証拠が残ることです。注射器であれば、自分で処分が簡単にできます。(注6)

「筋弛緩剤点滴殺人」というのは、犯行方法一つとっても相当無理があることがお分かり頂けるかと思います。

次に、それでは患者の方々の急変はなぜ起こったのかについて考察を加えます。

まず忘れてはいけないのは、患者の方々は何らかの疾患があって北稜クリニックに入院していたことです。つまり健康な人が、突然容体が悪くなったわけではありません。ですから、彼らの容体急変は、当然その元々の疾患が原因だと考えることになんら不自然なことはないと思います。

殺人の被害者とされた89歳女性と、急変後回復した45歳男性の主治医の証言を『ザ・スクープ』が取材していますので、是非ご覧下さい(1分45秒動画)。

ここをクリック→ 主治医の証言

事件の発端となった11歳女児(A子)の急変後の状況を判決文から拾ってみます。

「A子は何か言葉を発して訴えようとしたものの、ろれつが回らない口調であり全く聞き取ることができなかった。そして、A子は、急にあおむけに寝ていた状態から左側を下にして横向きの状態になって何も言わなくなり、右腕だけをぴくんぴくんと小さく上下させ始めた。また、A子がベッドの上でぐったりとしていたことから呼吸が弱まっているものと思われ、A子に声をかけたものの反応はなく、痛覚反応を確かめても反応がなかったことから、A子の意識がないと考えた。
また、A子に心電図モニターが装着されたところ、A子の心拍数は50台であり、このころ、A子の全身にけいれん様のぴくつきが認められ、特に左半身に強く現れていた。」

痙攣がマスキュラックスによっては起こらないことは前述しましたが、更に注目してほしいのは呼吸数と心拍数の変化です。マスキュラックスに関して書かれた医師のブログをご覧下さい。

ここをクリック→ ブログ『医療報道を斬る マスキュラックス』

ポイントは、「筋弛緩剤は随意筋にのみ作用し、意識には影響がない」ということです。呼吸ができなくなると、意識のある人は普通どう反応するか。溺れた時のことを想像して下さい。人間のノーマルな生体反応として、少ない酸素供給量を何とか補おうとして、呼吸数が増え、血流を上げるべく心拍数が上がります。この女児の急変後の状況は、筋弛緩剤中毒の状況とは全く矛盾するものです。

この女児の急変が、検察が主張し裁判官が認めた「筋弛緩剤により呼吸が制限された」から引き起こされた低酸素性脳症ではなく、何らかの脳機能障害が先にあり、その結果として呼吸数が少なくなったということは、医学の専門知識がない私にもより高い蓋然性を持っているように思えます。

ところがこうした基本的な医学上の誤解も、公判において、検察側証人として証言した者の「こういうこともありうる」という、お得意の可能性論で弁護側の主張は排除されました。「疑わしきは検察の利益に」というのが裁判所のディフォルトのようです。

再審請求に際し、この女児の急変の理由に関して非常に詳細な意見書が池田正行教授(長崎大学医歯薬学総合研究科創薬科学)から提出されています。というのは、その11歳女児の急変の理由がこれまで特定されていなかったからです。そしてそれは池田教授により「ミトコンドリア病」と診断されました。

池田教授は彼のブログで、この事件に関して「誤診が生んだ司法事故~真犯人は人間ではなく病気だった」と書いています。

ここをクリック→ 池田正行教授『誤診が生んだ司法事故』

この当時11歳であった女児は意識不明のまま現在も生存なさっています。彼女もこの冤罪の被害者ということができます。それは司法の過ちで、筋弛緩剤投与による低酸素性脳症とされ、本来の病気であるミトコンドリア病の治療を受けていないからです。医療専門家でない司法がなぜこのような医療過誤を犯して許されることがあるのでしょうか。その責任は重大です。

「次に守氏担当の場面で急変が多かった」という点に関し付言します。

その理由は実に単純です。急変が増えていた背景は、クリニックの経営状況が悪くなり、難易度の高い患者を積極的に引き受けたこと、そして(そうした理由があったにも関わらず、とんでもないことですが)クリニックには気道確保のため挿管できる医師がいなかったこと、守氏が二人いた独身男性看護師の一人で、夜間の宿直も厭わずに積極的に引き受けていたことです。報道では、彼が「急変の守」と言われていたとされましたが、それは事実無根の捏造(「捏造」でなければ警察リークをそのまま書いた「御用」)記事です。

<論評>
私が事件のことを知って最初に思ったことは、「看護師になろうという人が、患者を傷つけるようなことをするのかなあ」ということでした。動機あるいはプロファイリングに関わる部分です。

勿論、医療関係者も人間ですから、中にはそういう人もいるかもしれません。しかし、そういう性格破綻者の周りの評判はいいはずがありません。私が参加した支援する会の学習会にかつての同僚の方が来て説明して下さいましたが、彼女の説明を聞いた限り、全くそういう印象は受けませんでした。

看護師を目指した動機を父上に確認したところ、次のような返答でした。
「中学で陸上部に所属し短距離100・200mでそこそこがんばっておりました。体育科のある高校に推薦で入学したが1年の秋に練習のしすぎと思われますが膝の半月板損傷で通院を繰り返した後、入院し手術、結果が思わしくなく短距離と大学進学も諦め看護婦さんの優しさに感動したことなどから看護士の道を選択したものです」

また、守大助氏は結婚を年内に控えていましたが、その結婚相手は同じクリニックに勤務する看護婦でした。自分たちが勤務するクリニックの評判を貶める行為は、これから一家を支えていく責任のある者の取る行動としては、余りにも常軌を逸しています。

何が起こったかを私なりに想像すれば、典型的な冤罪のパターンがここにも見て取れます。それは捜査権力の「初動ミス」→「引く勇気の欠如」です。

この事件は、科学鑑定が捏造であることを前提にすれば、実に単純明快なものです。しかし、裁判所は警察・検察が意図的に無辜の者を有罪に陥れようとしているということを認定することは、何らかの秩序維持意識が働くのか、絶対に認めようとしないものです。

そしてでたらめな科学鑑定も、私は、技術吏員の悪意があったわけではないと考えます。それは人間の「見たい物しか見ない」「聞きたい物しか聞かない」という習性に基づくものだと思います。彼は、警察から「試料に筋弛緩剤があることを証明せよ」という命題を与えられ、当然それがあるものだと思い、(きな粉をあんこと取り違える)単純な間違いを犯したのだと思います。

また、当然あるはずだという思い込みが、1週間後採取の尿を含む7つの試料全てに筋弛緩剤が見つかったという結論を導きます。本来、警察が欲しかった正解は「6つの試料に筋弛緩剤が見つかり、1週間後採取の尿には見つからなかった」というものであったにも関わらずでしたが。

そしてそれが科学的に矛盾していると指摘されても、捜査権力は間違いを認めることができず、「全量消費した」「実は全量消費していなかったけれど、違う鑑定結果は被告人に不利だから敢えて言わなかった」という、嘘を嘘で塗り固めることになったものです。

裁判官が、この捜査権力の嘘にどれだけ意識的に加担しているかは分かりません。それは司法の非常に奥深い問題です。

しかし、それがいかに司法権威の秩序維持という名目があったにせよ、無実の者が言われもない罪で10年以上に亘って自由を奪われているという事実は正当化できないことは言うまでもないことです。

この事件に関して言えば、調べれば調べるほど、医療過誤の病院内ヒエラルキーでの責任の転嫁や、東北大学医学部を頂点とする地域医療の権威主義の保身といった実に深い闇を覗き見る気がします。しかし、ここでは敢えてそれには触れないことにします。

まずは冤罪被害者の守大助氏の救済が急務です。私も水戸で開催された学習会に参加し、ご両親に挨拶させて頂きました。彼らの息子を思い救援活動をする姿勢には、人の親として心を打たれるものがあります。

ここまでお読み頂きありがとうございます。最後に是非、守大助氏のお母様の訴えをお聞き下さい。

ここをクリック→ 守大助氏母の訴え

(注1)
私の高校後輩に麻酔科医がおり、色々と骨折りで調べてくれました。血中のベクロニウム残留濃度は確立したデータがあり、ベクロニウム投与量と体重、年齢、身長などを入力項としてx分後の血中濃度を計測するiTunesでダウンロードできるソフトもあるそうです。

ここをクリック→ iTunesプレビュー「AnestAssist」

(注2)
マスキュラックスの医薬品インタビューフォーム(p.18)によると、ラットでの実験では、投与量の10.9%が尿中、84.2%が糞中で排泄(288時間後)とあり、ベクロニウム臭化物の排泄はあまり腎排泄によらないことが分かります。

ここをクリック→ マスキュラックス医薬品インタビューフォーム

(注3)
小学校学習指導要領解説 理科編p.14

ここをクリック→ 小学校学習指導要領解説 理科編

(注4)
「単に残りを捨てちゃったんじゃないの」と思われる方も少なくないと思います。しかし、公安委員会の規定する犯罪捜査規範の第186条に

「血液、精液、だ液、臓器、毛髪、薬品、爆発物等の鑑識に当たつては、なるべくその全部を用いることなく一部をもつて行い、残部は保存しておく等再鑑識のための考慮を払わなければならない」

と定められているため、残量の廃棄は再鑑定をさせないために恣意的に行われたという批判を避けるため、「捨てた」とは言えなかったものと思われます。

ここをクリック→ 犯罪捜査規範「鑑識」

そして点滴液の試料のうちの一つは、病院の医療廃棄物置き場から回収された点滴ボトルに残っていたものですが、もしその点滴ボトルに筋弛緩剤が混入されたのであれば、そうした証拠は見つからないように処分するのが合理的だと思います。そしてその点滴ボトルからは、守大助氏の指紋は検出されていません。

(注5)
仙台地方裁判所平成16年3月30日判決一部抜粋

ここをクリック→ 仙台地方裁判所平成16年3月30日判決一部抜粋

(注6)
この犯行方法のビデオを見た私の高校先輩の医者から、チャンバー(点滴ボトルの下に付けられた器具で、中で点滴液がポタポタ落ちる筒状のもの)には空気を残すから、三方活栓から筋弛緩剤を混入しても、点滴ボトルには到達しないのではないかと指摘を受けました。なるほど。そうすると、もしこの犯行方法であれば、7つの試料のうちの3つの点滴液から筋弛緩剤が検出されたというのも不合理と言えます。

この事件は「北陵クリニック事件」として知られていますが、2008年11月20日に開かれた「守大助さんを守る会」において、以降、事件名を「仙台筋弛緩剤えん罪事件」とすることを決定していますので、表題は併記させて頂きました。

支援者団体が「再審開始決定を求める要請書」の署名を集めています。是非、署名の上、郵送ないしFAXをお願いします。

ここをクリック→ 「再審開始決定を求める要請書」

参考文献

『再審請求書』 守大助さんを守る会国民救援会宮城県本部発行

『花島伸行弁護士講演 再審に向けて今何をなすべきか』 守大助さんを守る会国民救援会宮城県本部発行

『僕はやっていない! 守大助勾留日記』守大助氏(明石書店)

『仙台・北陵クリニック事件 筋弛緩剤のまぼろし』今井恭平氏(『冤罪File』2008年6月号)

『白く長い廊下』川田弥一郎氏(講談社文庫)

ブログ『北陵クリニック事件』鈴木善輝氏
ここをクリック→ 鈴木善輝氏ブログ『北稜クリニック事件』



















ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―





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category: 冤罪ファイル

2013/10/03 Thu. 03:37 [edit]   TB: 0 | CM: 14

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この記事に対するコメント

紹介ありがとうございます

はじめてコメントいたします。
守大助さんの支援活動に、微力ながら関わっています。
非常に分かりやすく説明してくださり、ありがとうございます。
とくに再審請求のポイントとされる鑑定論をどう説明するか、
とても苦心しているので、大変参考になりました。

「あえて触れない」とされた東北大学医学部の深い闇についても、
いずれは光を当てなければならないと思っています。

S.Nagahama #s26o0G6o | URL | 2013/10/03 Thu. 13:43 * edit *

メッセージありがとうございます

私も微力ながら、これから守大助さんの支援をお手伝いさせて頂ければと思います。ご意見、ご提案ありましたら是非ともご指導下さい。今後ともよろしくお願いします。

八田隆 #- | URL | 2013/10/03 Thu. 14:38 * edit *

「蟷螂の斧になろうとも」私はこの題名に強い感銘を受け、コメントをしています。立ち向かうことのできない強い権力に敢然と対峙している八田さんを心の中で尊敬すらしております。国家対個人まさにこの構図ですね。日本の捜査権力(特に警察・検察)には絶対的な強権力があり、
それを組織として活用する訳ですから個人で立ち向かえるような相手ではありません。目をつけられたら最後、どのような手法を持ってしても
勝利する(有罪)決して負ける(無罪)ことの許されない組織なのだと思います。ただそれを正義と信じて面子だの威信をかけてだのと強く思い込み捜査を進めているのでしょうが、そこに被告人になった方の人格など
微塵もないのが現状です。「疑わしきは罰せず」「疑わしきは被告人の有利に」と言葉では言われますが現実は「疑わしきは罰す」「疑わしきは被告人の不利に」これが実態ではないでしょうか?起訴されたら99.9%有罪になる国家です。事件の実態は違っていても決して認めずストーリーを創り、被告人に有利な証拠は開示せず、取り調べは脅し・恫喝・何でもありで認めなければとことん隔離して精神を壊す「人質司法」を使用、
普通の一般人で頑張れる人間などほとんど皆無です。普通に生活を過ごしてこられた方が、ある日突然事件に巻き込まれたら対抗する手段などありません。これが現実ですよね。さらに否認をすれば
「反省のいろなし」で量刑が重くなる?この国の司法の何かが間違っていると思うのですが?八田さんのブログで世論が動くと良いのですが…
心配なのは検事さんもこのブログを閲覧しているでしょうから
「検察批判罪」で八田さんの求刑がさらに重くならないかと…?
最後まで頑張り抜いてください。応援しています。

名無し #- | URL | 2013/10/03 Thu. 16:25 * edit *

ご心配なく

この国の刑事司法では、検察が一審です。彼らは起訴猶予という非常に大きな権限を持っています。そして公判では、おっしゃる通り検察の起訴を追認するだけというのが実情です。このブログは、最初は支援してくれている方々への経過報告としてメールベースでスタートしました。しかし、起訴やむなしという状況になって、誘拐事件で公開捜査に切り替えるようにブログに切り替えたものです。一旦、起訴されてしまえば、もう大方ダウンサイドの目途は立ったと思っています。しかし今でも批判のための批判のような非建設的な議論はしたくないと思っています(とはいえ、やはり感情的になることもあって、筆が走ってしまいがちですが)。当事者だからこそ言える、心底から本音で訴えたいと思っています。応援ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

八田隆 #- | URL | 2013/10/03 Thu. 17:00 * edit *

びっくりしました

 私は、縁あって借地借家法の研究をした結果、「現在の家賃水準は、バブル以降違法な判決が出続けたために高止まりしているもの、つまりは違法なものではないか」という結論に達し、借地借家法の立法主旨と 法文に基づいた判決を求めて裁判をしている者です。
その裁判について、知ってもらいたいとツィッターを始め、フォローしてくださった方のツイートから、このページを知りました。
 この事件は私も知っていますが、まさか、そんなにも濃い冤罪の疑いがあるものだったとは、初めて知りました。本当に驚きました。
 しかも、私は、借地借家法を噛み砕いて解説できる自分は頭がいいと思い込んでいましたが、こちらの文章を読んで、自分などたいしたものじゃないと実感しました。
 私の経験からも、司法というのは「面倒くさいことはあまり考えたくない」という原理に貫かれていると思われますし、その結果の冤罪ということは十分、あると思います。
 私の頭が悪すぎて、このお話がどれだけ冤罪の可能性が高いのか、理解力のない自分ではすぐに判断できないのが残念です。

家賃減額裁判 #MSC2Ux4E | URL | 2013/10/03 Thu. 17:32 * edit *

コメントありがとうございます

勿論、真実は誰にも分かりません。しかし、合理的な疑いを入れるには十分過ぎるほど、守大助さんを犯人とする犯罪があったとすると不合理な事実があると思っています。本来は「疑わしきは被告人の利益に」と、捜査当局は最初の筋立てを諦め、あるいは裁判所は無罪を言い渡すべき事件だと感じました。この事件の非常に大きな問題は、裁判官も我々と同じく医療の専門家、科学鑑定の専門家ではないことです。それで検察側が立てた医療専門家の証言と弁護側の立てた医療専門家の証言とが全く相容れないのにも関わらず、検察の主張を「可能性がある」というだけで無批判に採用し、弁護側の主張を全て排除することで冤罪が生まれたと思っています。まさにご指摘の通りその方が裁判官もはるかに楽だからです。そしてこの事件も氷山の一角にすぎないということが更に恐ろしいものです。引き続きご注目頂ければと思います。これからもよろしくお願いします。

八田隆 #- | URL | 2013/10/03 Thu. 17:48 * edit *

貴重な時間をさいていただき感謝申し上げます。
私の思いを書こうと八田様のブログを拝見していましたら、私のブログの「再審開始決定を求める要請書」に誤字があることを見つけまして、訂正しました。まことに勝手ながら、つきましてはリンクを訂正していただきたくお願い申し上げます。
また、「258m/z」は「m/z258」とm/zが前に記載してくださるよう修正が可能でしたら修正してください。
さっと目を通してみたところ簡潔にまとめられていらっしゃって、一般の方が読んでも理解しやすいと思いました。特に、「おはぎ」の表現には、驚嘆いたしました。
なお、詳細につきましては、後日またご連絡いたします。
私は、地元宮城県に住んでいるので、事件当時は、こんな極悪人は極刑にと思っていた一人です。しかし、調べれば調べるほど、冤罪だと確信し、微力ながら支援しております。

鈴木善輝 #- | URL | 2013/10/03 Thu. 19:42 * edit *

メッセージありがとうございます 

ご指摘ありがとうございます。訂正させて頂きました。要請書のリンクはどうでしょうか(元のものもぱっと見て誤字が分からなかったのですが、一応貼り直しました)。ご確認頂ければ幸いです。私も微力ながらお手伝いさせて頂ければと思っています。これからもよろしくお願いします。

八田隆 #- | URL | 2013/10/03 Thu. 23:51 * edit *

息子達に読んで解説してもらったところ

 私のつたないコメントに対し、お返事ありがとうございます。八田様には、そこまで頭の悪い人間がいるとは想像できないほど、八田様の能力が優れておられるためだと思いますが、私が「わからなかった」のは、冤罪かどうかではありません。八田様の文章そのものが理解できなかったのです。
 私は人を見る目だけはあるので、「この人の文章力がないのではなく、この人の頭が良すぎて一般の馬鹿の理解力が推測できないのだろう」と思い、息子達に話したところ、「では、俺達が読んで判断してやる」と入浴時にスマホで読んでくれた結果、「これは冤罪の可能性が高い」ということで、内容を解説してくれました。
 息子達の解説を聞いて、私も確かに冤罪だよね、と思いました。と、同時に、「被告側が負けたのは、裁判のコツを知らないからじゃないか」と思いました。私は、一般レベルからすれば、そうとう賢い方のはずですが、八田さまのこの文章がここにあるということは、私が一読しただけで理解できるような、どんなサルでも瞬時に理解できる元文章がどこにもないということを示しています。それでは、判事を説得するのは、無理です。判事が素晴らしく頭のいい人たちで、必死に正義を追い求めているはずだ、というのは、夢物語です。
 真面目な方々、正義を重視する方々は、裁判では正義や真実が重要だと考えてしまいますが、私は、その考えが敗訴を招くと思っています。なぜなら、裁判のシステムは、そういう理屈で動いてはいないからです。裁判所の外の世界が、正義や真実で動いているわけではないのに、裁判所や検察の中の方々だけにそれを期待するのは無理です。
 裁判の中で苦しんでおられる方々は、「証拠というのは、大貧民のトランプみたいなもの」「当事者の熱意は判事には関係ない」「主張は量ではなく、押さえるポイントを押さえているかが勝負」「判事が見るポイントは決まっている」「判決は、判事にとってベストの自己保身になるべきものになる」というような、大原則をご存じないために、苦しむ羽目になっていると私は思っています。ポイントじゃないところで頑張っても、結果はでません。でも、それは、実は逆に、ポイントさえ押さえればいいということなんです。
 私は、法律など見たこともない状態で、大手事務所の有名弁護士つきの大企業に訴訟を起こされ、勝った経験があります。相手側弁護士の「絶対に勝てる」という言葉を信じた企業は、億単位の損失を出しました。弁護士でさえ、裁判のポイントがわかっていない人がほとんどじゃないかと思います。
 私のブログの「正義ってなに?http://blog.livedoor.jp/yachin_gengaku/archives/13440.html」という部分に、今回私がやっている裁判の地裁判決を分析したものが載っています。「判決というものは判事のベストな自己保身の選択」だということが、読めばわかると思います。今回、こちらのブログを拝見して、冤罪に苦しむ人がそんなにもいるのか、と思ったので、その他の、「裁判を勝つポイント」も、これから書いてアップしようかと思っています。
 判事でさえ、「無罪だ」と思いつつ、有罪の判決を出さざるを得ない、ということは、当たり前に存在します。裁かれている赤の他人の人生と、判事の、自分自身の人生、どっちが大切ですか、という話なんです。
 けれども、私のような「勝てばいいでしょ」という考え方は、正義だけが基準でないと気がすまない人達には嫌われるので、書いたところで読まれるのかな?という疑問があります。読む方がいそうならば、書きますが、どうでしょうか?

家賃減額裁判 #MSC2Ux4E | URL | 2013/10/04 Fri. 10:55 * edit *

連絡が遅れましたことお詫び申し上げます。
早速ですが、全文を読みまして八田さんが、この事件について詳細に調べて要約されてくれたことに対し感謝しております。
一カ所だけ鑑定試料についての記載内容について、正確を期すため、上告趣意書の一部を抜粋してお知らせします。

本件においては,後述のとおり,各鑑定資料の実在性に疑問がある上,実在したとすれば,各鑑定資料は大量であった。各鑑定資料の量は,以下のとおりである。
   M子の血清   / 約1ml
   A子の血清   / 合計約4ml
     〃  尿    / 約7ml
   Kくんの血清   / 約2ml
     〃  点滴溶液 / 約53ml
   S子の点滴溶液 / 約37ml
   製造番号「00H11C」の点滴容器入り
    点滴溶液(番号1)/約7ml(青山ボトル)
     〃  (番号2)/約3ml
     〃  (番号3)/約3ml
   一審判決は,ベクロニウム等の検査のために必要な鑑定資料の量を認定していないが,LC/MS/MS分析だけを例に取ってみても,1回当たりの分析必要量は,20マイクロリットル程度に過ぎず,土橋証言によれば,1mlの試料から50回分の定性分析に必要な注入量が取れるのである。本件各鑑定資料の量からみて,鑑定資料が微量である場合をあえて考慮し,再鑑定の機会の保障を不要だとする控訴審判決の論理は,本末転倒と言うしかない。
 (5)控訴審判決は,「将来の鑑定技術の進捗による追試等の可能性にも対応しなければならないというのも現実的でない」とも判示する。
   しかし,被告人の防禦権の保障の観点から考えれば,「将来の鑑定技術の進捗による追試等の可能性にも対応」することは当然必要なことであり,強大な国家権力を背景とする捜査機関にとって鑑定残資料の保管は,容易である。「非現実的」であるとすることには,何も根拠は存在しない。
 (6)さらに,控訴審判決は,「追試を阻むために作為したなどという特段の事情は認められない」と判示している。
   しかし,まず,鑑定資料を全量消費した場合の鑑定結果の証拠能力を論じる場合,捜査側の作為などの特段の事情を問題とすることは間違いである。
   違法収集証拠の排除についての判例は,捜査官の令状主義潜脱の意図を要件としている。適正手続の保障からは,この要件自体不当であるが,しかし,これは,収集された証拠そのものの証拠価値は適正手続きに違反していても変わらないことから,実体的事実主義と適正手続きとの調和を図ったものである。
   これに対し,鑑定資料を全量消費した場合,鑑定結果が正確か否かがそもそも検証不可能なのであるから,違法収集証拠排除法則と同様に考えることはできない。
   作為などは,問題となる余地もない。
   なお,仮に作為を問題としたとしても,本件においては,作為が存在さえしているのである。
   本件においては,前記のとおり,鑑定資料は,十分過ぎるほど存在していた。
   しかし,土橋は,十分過ぎる鑑定資料を全量消費するまで分析を繰り返したと一審判決で証言している。では,土橋は,いったい,何回,分析を繰り返したのであろうか。前記の土橋の証言によれば,
   M子の血清   / 約1ml  →  50回
   A子の血清   / 合計約4ml→ 200回
     〃  尿    / 約7ml  → 350回
   Kくんの血清   / 約2ml  → 100回
     〃  点滴溶液 / 約53ml →2650回
   S子の点滴溶液 / 約37ml →1850回
   製造番号「00H11C」の点滴容器入り
    点滴溶液(番号1)/約7ml(青山ボトル)→350回
     〃  (番号2)/約3ml   → 150回
     〃  (番号3)/約3ml   → 150回
   必ずしも,算数どおりの分析回数ではないとしても,100回を越える分析などおよそありえないことであり,全量消費したとする土橋証言は,およそ信用性がない。
   土橋が犯罪捜査規範に反してまで分析を繰り返し,鑑定資料を全量消費した理由について,鑑定結果の信用性が公判廷で被告人側によって弾劾されることをおそれていた旨供述していること,実験ノートを作成していないことなどを合わせて考えれば,土橋は,被告人の再鑑定の機会を奪うため鑑定残資料を処分したと認定するのが合理的である。
   したがって,控訴審判決は,作為の点についての事実の認定が誤っており,本件各鑑定資料の全量消費には,作為も明確に存在していたのである。

以上ですが、八田さんも指摘しているとおり、土橋吏員の証言からすれば、はたして全ての毒物等の鑑定を行ったかは、定かではありません。
土橋証言では、鑑定を終わって残った試料は「捨てる」と言っていることからも、疑問があります。

後は全て事実に即して記載されてあり、簡潔でわかりやすい内容です。
特に、筋弛緩剤の脱分極性と、非脱分極性については、当初からマスキュラックスを念頭にしていたものですから、私は全く意識していませんでした。また、検察の論告要旨では、患者の症状に痙攣があったとの記載を意識していなかった点を反省しております。
今回八田さんのブログを読んで、改めて裁判資料を読み返す必要性を感じた次第です。
この事件そのものが、警察による捏造であるだけに、無罪を勝ち取りことは難しいものと思っておりますが、真実は一つであると確信し、これからも微力ながら努力してゆきます。
八田さんの「正しくあるべきことが正しい」そんな社会が一日も速く実現されることを願って、私も頑張りたいと思います。

鈴木善輝 #- | URL | 2013/10/05 Sat. 10:09 * edit *

連絡が遅れましたことお詫び申し上げます。
早速ですが、全文を読みまして八田さんが、この事件について詳細に調べて要約されてくれたことに対し感謝しております。
一カ所だけ鑑定試料についての記載内容について、正確を期すため、上告趣意書の一部を抜粋してお知らせします。

本件においては,後述のとおり,各鑑定資料の実在性に疑問がある上,実在したとすれば,各鑑定資料は大量であった。各鑑定資料の量は,以下のとおりである。
   M子の血清   / 約1ml
   A子の血清   / 合計約4ml
     〃  尿    / 約7ml
   Kくんの血清   / 約2ml
     〃  点滴溶液 / 約53ml
   S子の点滴溶液 / 約37ml
   製造番号「00H11C」の点滴容器入り
    点滴溶液(番号1)/約7ml(青山ボトル)
     〃  (番号2)/約3ml
     〃  (番号3)/約3ml
   一審判決は,ベクロニウム等の検査のために必要な鑑定資料の量を認定していないが,LC/MS/MS分析だけを例に取ってみても,1回当たりの分析必要量は,20マイクロリットル程度に過ぎず,土橋証言によれば,1mlの試料から50回分の定性分析に必要な注入量が取れるのである。本件各鑑定資料の量からみて,鑑定資料が微量である場合をあえて考慮し,再鑑定の機会の保障を不要だとする控訴審判決の論理は,本末転倒と言うしかない。
 (5)控訴審判決は,「将来の鑑定技術の進捗による追試等の可能性にも対応しなければならないというのも現実的でない」とも判示する。
   しかし,被告人の防禦権の保障の観点から考えれば,「将来の鑑定技術の進捗による追試等の可能性にも対応」することは当然必要なことであり,強大な国家権力を背景とする捜査機関にとって鑑定残資料の保管は,容易である。「非現実的」であるとすることには,何も根拠は存在しない。
 (6)さらに,控訴審判決は,「追試を阻むために作為したなどという特段の事情は認められない」と判示している。
   しかし,まず,鑑定資料を全量消費した場合の鑑定結果の証拠能力を論じる場合,捜査側の作為などの特段の事情を問題とすることは間違いである。
   違法収集証拠の排除についての判例は,捜査官の令状主義潜脱の意図を要件としている。適正手続の保障からは,この要件自体不当であるが,しかし,これは,収集された証拠そのものの証拠価値は適正手続きに違反していても変わらないことから,実体的事実主義と適正手続きとの調和を図ったものである。
   これに対し,鑑定資料を全量消費した場合,鑑定結果が正確か否かがそもそも検証不可能なのであるから,違法収集証拠排除法則と同様に考えることはできない。
   作為などは,問題となる余地もない。
   なお,仮に作為を問題としたとしても,本件においては,作為が存在さえしているのである。
   本件においては,前記のとおり,鑑定資料は,十分過ぎるほど存在していた。
   しかし,土橋は,十分過ぎる鑑定資料を全量消費するまで分析を繰り返したと一審判決で証言している。では,土橋は,いったい,何回,分析を繰り返したのであろうか。前記の土橋の証言によれば,
   M子の血清   / 約1ml  →  50回
   A子の血清   / 合計約4ml→ 200回
     〃  尿    / 約7ml  → 350回
   Kくんの血清   / 約2ml  → 100回
     〃  点滴溶液 / 約53ml →2650回
   S子の点滴溶液 / 約37ml →1850回
   製造番号「00H11C」の点滴容器入り
    点滴溶液(番号1)/約7ml(青山ボトル)→350回
     〃  (番号2)/約3ml   → 150回
     〃  (番号3)/約3ml   → 150回
   必ずしも,算数どおりの分析回数ではないとしても,100回を越える分析などおよそありえないことであり,全量消費したとする土橋証言は,およそ信用性がない。
   土橋が犯罪捜査規範に反してまで分析を繰り返し,鑑定資料を全量消費した理由について,鑑定結果の信用性が公判廷で被告人側によって弾劾されることをおそれていた旨供述していること,実験ノートを作成していないことなどを合わせて考えれば,土橋は,被告人の再鑑定の機会を奪うため鑑定残資料を処分したと認定するのが合理的である。
   したがって,控訴審判決は,作為の点についての事実の認定が誤っており,本件各鑑定資料の全量消費には,作為も明確に存在していたのである。

以上ですが、八田さんも指摘しているとおり、土橋吏員の証言からすれば、はたして全ての毒物等の鑑定を行ったかは、定かではありません。
土橋証言では、鑑定を終わって残った試料は「捨てる」と言っていることからも、疑問があります。

後は全て事実に即して記載されてあり、簡潔でわかりやすい内容です。
特に、筋弛緩剤の脱分極性と、非脱分極性については、当初からマスキュラックスを念頭にしていたものですから、私は全く意識していませんでした。また、検察の論告要旨では、患者の症状に痙攣があったとの記載を意識していなかった点を反省しております。
今回八田さんのブログを読んで、改めて裁判資料を読み返す必要性を感じた次第です。
この事件そのものが、警察による捏造であるだけに、無罪を勝ち取りことは難しいものと思っておりますが、真実は一つであると確信し、これからも微力ながら努力してゆきます。
八田さんの「正しくあるべきことが正しい」そんな社会が一日も速く実現されることを願って、私も頑張りたいと思います。

SUZUKI yoshiteru #- | URL | 2013/10/05 Sat. 10:13 * edit *

コメントありがとうございます 

ご提供資料を基に若干修正を加えました。

医療廃棄物置き場で見つかった第2、第3の点滴用液に関しては、一つが特定された段階で、再鑑定の要なしと思われますので、シンプルにするため敢えて最初からカウントしなかったものです。

とにかく一人でも多くの人に知ってもらうため、この「冤罪ファイル」はなるべくシンプルなものを目指しています。この事件は、いかにディテールを刈り込んで分かり易く説明するか非常にチャレンジングなもので、その点が広くアピールするための鍵だと思いました。

これからもよろしくお願いします。

八田隆 #- | URL | 2013/10/05 Sat. 12:26 * edit *

勉強してるようで思い込みが強い勉強不足

冤罪かどうかの考察はおいといて静脈注射の定義位はもう少し勉強しないと全体が信用できない記事に見えますよ。

あと、混注は三方活栓からでなく輸液バッグに直接することが一般的です。三方活栓から直接いれたらそれこそあなたの言うところの静脈注射と同じですよ笑

ななし #- | URL | 2015/05/11 Mon. 12:26 * edit *

ご指摘の点

点滴も「静脈注射」の一種ということでしょうか。私が意図したのは、あくまで「注射」は、注射器を使って短時間に薬剤を投与するという一般的な用法です。それに対して、点滴はある程度の時間をかけて投与するため、筋弛緩剤は効果がないということを言いたかったものです。

つまり医学的知識のない警察官が、一般人がイメージするところの「点滴バッグにアンプルを直接投入した」という方法で調書を作成したものの、その後、その方法では効果がないことを検察官が知り、なんとか点滴バッグ+筋弛緩剤という組み合わせを効果あるものと辻褄を合わせるため、三方活栓を使ったストーリーを作り上げたものと考えられます。

つまり、「三方活栓を使った方法=静脈注射と同じ効果」ということが、検察のストーリーであり、私もそのように述べたつもりです。

あやふやな点がありましたら、またご教示頂ければ幸いです。

八田

八田隆 #- | URL | 2015/05/11 Mon. 15:38 * edit *

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