「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (341) 「法律守って法を守らず~佐藤真言氏著『粉飾 特捜に狙われた元銀行員の告白』再読」 10/28/2013 

#検察なう (341) 「法律守って法を守らず~佐藤真言氏著『粉飾 特捜に狙われた元銀行員の告白』再読」 10/28/2013

(強制捜査から1777日、控訴審初公判まで18日)

Kindle版『粉飾』を再読しました。Kindle版には、佐藤氏書き下ろしの特別章と郷原信郎氏との巻末対談が新たに収録されています。

ちなみにKindleは初体験でしたが、思いのほか快適でした。最近、老眼がとみに進み暗いところでは文字が読めなくなってきましたが、Kindleはバックライトのおかげで映画の待ち時間の薄暗い劇場でも快適です。また本に線を引くのが好きではないので、Kindleのブックマーク機能は超便利です。私はiPadアプリでKindle版を読んだのですが、Kindle端末でできる語句検索がアプリでもできるようになると最強なのにと思いました。

時間をおいて再読すると、以前読んだときと変わらぬ印象もあれば、少し違った印象もありました。

変わらぬ印象は、この事件はやはり検察特捜部によって作られた事件であり、不当に人権が蹂躙されたというものです。しかし違った印象は、この弁護活動であれば、この判決も仕方ないかなというものです。それらは矛盾するかのように感じられるかもしれませんが、少しお話しさせて頂ければと思います。

この事件の検察特捜部の筋書きは、経営コンサルタントである佐藤氏が、赤字決算の中小企業社長の朝倉氏ほかに決算を黒字化する粉飾決算をさせ、銀行から不正に融資を引き出し、結果的にその中小企業が倒産することで、銀行に実損を負わせたとされているものです。

佐藤氏や朝倉氏を擁護する声は小さくないのですが、批判もあります。特に法律関係者の評価は厳しいようです。上場企業が粉飾決算をすることは違法行為ですが、株式公開をしていない中小企業では、粉飾決算そのものは犯罪ではありません。しかし決算の数字をごまかして融資を引き出したことが欺罔行為に当たり、佐藤氏や朝倉氏は詐欺罪に問われたものです。

検察特捜部が佐藤氏や朝倉氏を罰する目的は、一義的には、粉飾決算が蔓延しているという状況を改善するというものです。その目的の前では粉飾決算が必要悪であるという主張は全く意味をなしません。そして、捜査当局が粉飾決算はよくないことだという立場を取る以上、粉飾決算をしている中小企業から悪質なケースを選んで「一罰百戒」的に誰かを罰するということは必然です。

それでは次の2つの粉飾決算のケースを比較して下さい。

「ある経営コンサルタントは、会社社長と結託し、最初から融資金を踏み倒すつもりで、実稼働していない赤字会社の決算を粉飾して融資金を引き出した。そして会社を計画倒産させた上で、その融資金を私的に流用した(例えば、3億円を着服してホテル住まい、キャバ嬢と海外旅行に行ったり、高級外車やヨットを購入したり、といったディテールを加えましょう)。」

「ある経営コンサルタントは、会社から依頼を受けた時点で、その会社は一時的に赤字になっていて以前から粉飾決算をやっていたが、ひたむきに事業を続けたいという会社社長の強い意志と会社の成長性を確認した上で、銀行融資も返金できる見込みが高いと判断した後、粉飾決算の継続を選択した。そして赤字の解消に会社社長と共に額に汗しながら働いていた。」

「一罰百戒」のターゲットとすべきはどちらかということは言うまでもないことです。

佐藤氏や朝倉氏のケースが後者であることは、検察特捜部は百も承知でした。

そして倒産したことによって銀行に実損を与えたとされた朝倉氏の会社ですが、アパレル業界という季節産業の資金繰りのタイミングにより、朝倉氏の逮捕がなければ会社も存続し、資金の回収ができたであろうことは事件後の会計士の検証で明らかになっています。これも検察特捜部は理解していたことであり、敢えて銀行に実損を与えるための逮捕のタイミングであったことが事件の経緯から伺われます。

また佐藤氏は郷原信郎氏との対談の中で、まじめに仕事をしながらも赤字決算で粉飾をしなければいけない状況に陥った会社の場合でも2パターンあると言っています。引用します。

「私のところに相談に来られる中小企業には二通りあります。

一つは、そもそも撤退すべき会社というのがある。粉飾決算をしていても、売り上げが上がらない、今後の見通しが立たない、ただただ延命したいだけという会社もありました。そういう会社の場合には、弁護士さんを紹介して破産手続きをするということも説明します。あるいはリスケジュールと言いまして、粉飾をすべて明らかにし、銀行への返済を止めるやり方をとる会社もありました。

もう一つは、エス・オーインク(注:朝倉氏の会社)のように、未来が非常に見える会社。コストを削減して、きっちり経営すれば黒字になる、債務超過が消えていくという会社の場合は、どうしても資金調達が不可欠なものですから、そこで粉飾決算を継続し、容認していく。いずれは利益をもって粉飾を消していく。これは何年かかるかわかりませんが、数年かかって粉飾の水増し分を減らしていく。決算書を正しい形に戻していくというやり方を取ります。」

佐藤氏や朝倉氏が行ったことをただ単に法律に抵触しているからといって、実刑という厳しい処罰に処すことに社会正義があるのかを私は問うています。これが表題の「法律守って法を守らず」の意味です。もし彼らが捜査の網にかかったとしても、それを実刑に処すべきかの判断ができないのであれば、何のための起訴便宜主義であり、何のための執行猶予制度かと思います。

しかし、もし私が裁判官だとした場合、かなり判断には窮するところです。

私が違和感を感じたのは、佐藤氏の弁護人であった宗像紀夫氏の「戦うのではなく、やはり謝った方がいい」「この事案自体は執行猶予が当然の事案だ」という言葉です(『粉飾』Kindle版 佐藤氏x郷原氏対談より)。

なぜ「戦う」と「謝る」の二者択一なんだろう。「謝りながら戦う」という方法もあるだろうに、と思ったものです。被告人の佐藤氏自身が「このケースで私を罰することは社会正義にもとる」と主張することは愚の骨頂です。ですから、彼が公判で全面的に非を認めたことは正しかったと思います。しかし、被告人、弁護人ともに罪を完全に認めることは、検察の主張をそのまま許容することだと裁判官は受け止めるのではないでしょうか。全面的に白旗では、裁判官が十分に証拠調べをしない可能性があり、事件の特殊性を理解しないことが考えられます。ですから、「謝りながら戦う」即ち、被告人は罪状認否で罪状を認め、反省の意を表すると共に、弁護人が「この事案で被告人を罰することは社会正義にもとる。無罪にすることこそが正しい判決である」と敢然と無罪を主張するということを選択すべきではなかったのかというのが素人の謙虚な意見です。

自分が無罪を戦った経験から言えば、「無罪であるべきだ」「執行猶予となるべきだ」という「べき論」で通用するほど、刑事司法は被告人に甘くありません。むしろ推定有罪原則が刑事司法のディフォルトであり、知力を尽くし全力で事に当たらないと望む結果は得られないと考えるべきです。(注1)

私が裁判官であれば、検察官の「粉飾決算を叩くことが社会の秩序維持につながる」という主張には一理ありと考え、それに全く被告人、弁護人が異を唱えなければ、検察官求刑に7掛けで判決を書いて実刑やむなしとするのではないかと感じました(佐藤氏に対する検察求刑は懲役4年、判決は3年の実刑)。

ここで考えて頂きたいのが、刑罰の意義です。犯罪を罰することの重要な意義は、因果応報的に犯罪者を罰することよりは、罰により社会秩序を保つことなのではないでしょうか。そしてその社会秩序保持には、捜査権力に対する国民の信頼は必要不可欠なものです。

捜査権力は悪人を罰するからこそ、その対立項として善であるとみなされるものです。いかに外形的に法律に抵触していようと、善人を厳罰に処していたのでは彼らが悪にみなされかねないのではないでしょうか。そのための起訴便宜主義であり、検察は本来そののりしろを最大限に活用しています(検察の起訴率の低さは、刑事裁判の有罪率の高さと同じく異常なほどです)。

再読して、特に朝倉氏の男気には再度感服しました。佐藤氏も犠牲者ですが、そのとばっちりを受けながらも佐藤氏を責めない朝倉氏。私が新宿で一度個人的にお会いした時も、彼自身傷つきながら、人を赦し、当然持つ怒りを社会の仕組みそのものに向けていたことを思い出しました。

佐藤氏と朝倉氏を厳罰に処したことが法律的に正しかったかどうかは論を措いても、捜査権力に対する信頼は確実にダメージを受けたことは、この事案を扱った石塚健司氏著『四〇〇万企業が哭いている 検察が会社を踏み潰した日』(注2)や佐藤氏自ら著した『粉飾 特捜に狙われた元銀行員の告白』(注3)が売れていることからも明らかです。

検察特捜部は独自捜査が看板ですが、その独自捜査で、検察全体の看板を汚すようなことをしていたのでは、まったくもって特捜部の名折れです。エリートを認ずるのであれば、小手先ではなく、もっと大きな視野で物事を考えるべきだと思います。私の事件を通しても全く同じことを考えました。 

先日10月25日に獄中で誕生日を迎えられた朝倉氏と、来たる12月27日に同じく獄中で誕生日を迎える佐藤氏に、塀の外からエールを送りたいと思います。

ここをクリック→ 『You'll Never Walk Alone』

(注1)
これに関しては、私が前回、日本の司法を正す会に招かれた際に、早川忠孝氏が「どんなにお粗末な弁護であっても、無罪になるべきものは無罪になるのが理想だが、現実はそうではない」と語られ、御大村上正邦氏に私は散々「刑事司法、裁判は甘くない」と厳しくお叱りを受けたものです。

ここをクリック→ #検察なう (329) 「「日本の司法を正す会」『クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件』動画」

(注2)
ここをクリック→ #検察なう (209) 「何が社会正義かを問う 『四〇〇万企業が哭いている 検察が会社を踏み潰した日』を読んで」

(注3)
ここをクリック→ #検察なう (289) 「佐藤真言氏著 『粉飾 特捜に狙われた元銀行員の告白』を読んで」

10/28/2013














ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 被告人最終陳述

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―





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category: 佐藤真言氏 『粉飾』

2013/10/28 Mon. 02:22 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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この記事に対するコメント

八田さんのブログを見ていつも解り易い文章とともに的を得た説明で
勉強をさせていただいております。「人が人を裁く」ことの難しさなどなど
考えさせられることが多いです。佐藤さん・朝倉さんの事件なども
さしずめテレビなどの大岡裁きでは情状酌量、無罪放免となり、
拍手喝采といったところでしょうね!しかし、現実は違いましたね!
凶悪犯でもなく巨悪とも思えない一般人を何故こうもして過酷な塀の中に
閉じ込めなければいけないのか?前科一犯という重い十字架を
背負わせなければならないのか?佐藤さん・朝倉さんの人生を
狂わすほどの重大案件だったのか?同じ真実であっても見る角度を
変えることで事実が大きく変わることもあるはずです。弁護士云々と
いうより日本の司法そのものに問題があると思っています。
凶悪犯・巨悪は論外としても案件によっては判決にも人を思いやる心、
情けなどあっても良いのではないかと思います。「人が人を裁く」難しい
ことかも知れませんが・・・検察・裁判官はその線引が難しいという
でしょうが国民目線から判断いただきたいと強く願っています。
司法をより良い方向に導くためにも八田さんのブログを多くの方々に
見ていただきたいと思っております。

名無し #- | URL | 2013/10/29 Tue. 18:14 * edit *

コメントありがとうございます

このコメントを佐藤さん、朝倉さん両人に伝えたいと思います。彼らも大変喜ぶと思います。引き続きご支援よろしくお願いします。

八田

八田隆 #- | URL | 2013/10/31 Thu. 10:40 * edit *

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