「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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ブック・レビュー 『ゼロ』 堀江貴文著 

ブック・レビュー 『ゼロ』 堀江貴文著

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私はビジネス書や(スポーツ技術書を除く)ハウツー本を読むことがない。ましてや人生の指南本などは、人にどう生きろと言われることはナンセンスだと思っているためむしろ忌み嫌っている。

成功者の自叙伝や立身出世物語にも興味がない。それは、他人の人生を模倣することをよしとしないからだと思う。

しかし成功者が権力のターゲットにされ「ゼロ」になるという体験を何人の人が共有しているだろうか。しかも政治家でない一般人で。そうであれば、堀江貴文という人間に興味を持たないわけにはいかない。

そして私が齢50歳にして初めて自叙伝的なものを手にしたのが堀江貴文氏の『ゼロ』であった。それは、ビジネス書を読まない私にとって初めての堀江体験だった。

まず彼が東大駒場寮北寮にいたと知って、私の関心は俄然高まった。「かなりハードコアなんだな」と思った。私の仲良かった友人が駒場寮の中寮に住んでいたため、何度となく軟式野球部の部室と化していた彼の部屋に遊びに行ったが、「こんなところによく住めるな」と思ったものである。その当時、電気・ガス・水道代込の寮費は月2千円だったと記憶しているが、堀江氏の時代はいくらだったのだろう。

(自分と堀江氏を比較することはいささか不遜だが)この本を読んで少なからず自分との共通点を知った。重要なそれは「清々しさ」と「前向きさ」である。それらは「すべてを失う状況になっても恨まず、悔やまずという度量」と「マイナスをプラスに転化する胆力」と言い換えてもいいだろう。

『ゼロ』というタイトルは彼の今の心境を実に端的に表している。引用する。

「僕は失ったものを悔やむつもりはない。ライブドアという会社にも、六本木ヒルズでの生活にも、愛着はあっても未練はない。
なぜなら、僕はマイナスになったわけではなく、人生にマイナスなんて存在しないのだ。失敗しても、たとえすべてを失っても、再びゼロというスタートラインに戻るだけ。メディアを騒がせた「ホリエモン」から、ひとりの「堀江貴文」に戻るだけだ。むしろ、ここからのスタートアップが楽しみでさえある。
ゼロになることは、みんなが思っているほど怖いものではない。
失敗して失うものなんて、たかが知れている。なによりも危険なのは、失うことを怖れるあまり、一歩も前に踏み出せなくなることだ。これは経験者として、強く訴えておきたい。」

全く同感である。

そして彼とは、人生のルートは違っていても、到達点である考え方にはシンクロするものを感じた。

例えば、「父と母のいない風景」という章以降に描かれた、サラリーマン家庭の一人っ子の状況は、自営業の4人兄弟長男の私とはかなりかけ離れた印象である。私は総勢8人の大家族に囲まれ、私が東京に一人上京するまでは常に家族がそばに一緒にいた。地理的に離れた今でも私は彼らを非常に近くに感じている。

しかし、「常識を疑い、自分の頭で物事を考えていくため」には親から自立することが絶対必要条件であるという彼の指摘は、今まで意識していなかったが、全くその通りだと思う。

私が、進学先を決めた時も、就職先の電通を1日で辞めた時も、外資系証券に就職した時も、2回の離職の時も一度たりとして親に相談することはなかった。人生の転機においての決定は、自己責任であると当然のように考えていた。

しかし、私を含めた一般人と彼には決定的な違いもある。

資質に関していえば、彼の驚くべき瞬発力や集中力は私にはないものである。一例を挙げると、高校3年の東大模試がF判定でありながら、合格というゴールを達成するためには、まず東大の入学試験では何が要求されているかという本質を見抜く力が必要である。そして結果をデリバリーするため、どのようなステップを踏めば効率的、効果的であるかを考え、それを実行に移すことが必要となる。同じような状況下で、彼と同じパフォーマンスを出せる自信は残念ながら私にはない。

またゼロにイチを足す能力もハンパないものである。これはやはり起業家資質の高さによるものではないだろうか。私は、実家が自営業だったこともあり、サラリーマン志向が強かった。そしてサラリーマンとして働くインセンティブの大きなものは「上司をハッピーにする」というものである。これは一国一城の主を志向する起業家とはベクトルが違うものではないだろうか。野球チームで、若くして監督になることができたとして、また年齢的な衰えがなくいつまでも選手としてプレーできたとして、監督を志向する人もいれば選手を志向する人もいるであろう。私は、間違いなく選手として一線でプレーをしたい方である。

そしてこの本を読んで一番考えさせられたのは、彼のストイックなまでの勤労意欲である。私は現在、刑事被告人として働くことができない。早晩、そうした状況が解消された時に、彼のようなモチベーションを持っているかどうか、全くの未知数である。5年のブランクの後では、もう私の天職である外資系証券の世界には戻れない。その時にほかの仕事に就くことになるのか私には分からない。働くとすればその目的はお金のためでないのは、かつてもこれからも変わることはないが、自分のやりたいことができなければ、働かないという選択もあるのではないかと思っている。

そうした自分にとって、彼の最後のメッセージは応えた。貴重な呼び掛けであり、考えさせられるものである。

彼自身は「一巡してゼロに戻っただけ」と言っているが、彼が収監前と変わったのかどうか、定点観測をしていない私の知るところではない。しかし、刑事司法の矛盾を目の当たりにした彼に以前とは違う社会意識が芽生えていても不思議はないであろう。私がそうであるし、彼にもそれを期待したい。

この書を世に送り出した堀江氏には、読者の一人として感謝したいと思っている。もしあなたが人生で方向性を見失っているとしたら、この書が何らかのヒントを与えるかもしれない。もしあなたが一歩を踏み出すことができずに躊躇しているのであれば、この書がもしかしたら背中を押してくれるかもしれない。その時には、私と同じく、この書と出会えたことに感謝することになるだろう。ともあれ、是非手に取ってみることをお勧めする。

ここをクリック→ ブクレコ『ゼロ』




























ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 経緯説明 「真実は一つである」

ここをクリック→ 被告人最終陳述

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―





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category: ブック・レビュー

2013/11/10 Sun. 02:12 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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