「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (354) 「当事者主義と武器対等の原則」 12/12/2012  

#検察なう (354) 「当事者主義と武器対等の原則」 12/12/2012

(強制捜査から1822日、控訴審判決まで50日)

捜査当局が冤罪を作り出してしまう理由に、彼らがあまりに職務に真面目だということがありえると思います。

国税局査察部の取調べにおいて、私が強硬に要求してかなった統括官(担当査察官の上司で現場の責任者)との面談において、私は彼に「あなた方は、仕事には大変真面目だが、人間としては実に不真面目だ」と言いました。彼がその意味を理解したかどうかは不明ですが、国税局査察部査察官や検察特捜部検察官に対して、今でも同じ感想を持っています。

彼らが、「告発することが仕事」、「起訴・有罪にすることが仕事」であると間違った認識を持っていれば、その目的に邁進することによって、結果的に冤罪を生み出す可能性があります。

村木厚子氏の郵便不正事件でもこの「仕事観」が背景にあると江川紹子氏も問題視しています。

ここをクリック→ 江川紹子氏ツイート
(注)

捜査当局はあくまで厳正公平であり、積極・消極を問わず証拠の収集・評価を行い、被疑者・被告人の主張に耳を傾けることが我々国民の期待するところであることは間違いありません。しかし、実態は、あたかも常に有罪そのものを目的としてより重い処分の実現自体を成果とみなしているように思えます。

それを正当化することは到底できませんが、もしかするとこのように言ってくるかもしれません。

「あーん?分かっちゃないな。当事者主義知らねえのか。俺たちは一方当事者なんだから、被疑者・被告人が何が何でも無罪を取ろうとするのに対抗してナンボなんだよ。」

「当事者主義」とは、裁判官が積極的に主導的役割を担うのであれば(これを対して「職権主義」と言います)、自ら証拠を収集し事実を追求する者が、同じ判断者を兼ねることになり、自己の追求した線に沿った判断をしてしまう危険も否めないと考えることから導かれる考え方です。そして、裁判官はあくまで中立のレフリーに徹し、訴訟追行の主導権を当事者、即ち被告人+弁護人と検察官に委ねるものが「当事者主義」です。

両当事者が、法廷というリングでガチンコで争って初めて真実があぶり出されるというものが「当事者主義」の基本理念にあると思います。

その一方当事者として、一生懸命に結果を求めて仕事をする結果が、今の捜査権力の問題点として問われているのではないでしょうか。

そして、当事者主義の大きな問題点は、その理念そのものよりも、戦う双方が持つことのできる武器の著しい不均衡にあると思われます。

決闘のシーンで、振り返ったところ、こちらが手に持っているものは果物ナイフであるのに対し、相手はバズーカ砲をもっていたくらいの差があります。

何しろ、裁判では検察官の作る調書が最重要視され、その調書は検察官が勝手に作文することができるのですから。「それじゃ、取調べを可視化したくはないわなあ。」と誰しもが思うところです。

当事者主義を用いるのであれば、当然その当事者には「武器対等の原則」が必要です。

そもそも証拠の収集能力が国家と個人では格段の差がある上、その収集した証拠から、捜査当局が自分たちに都合のいいものだけを開示することが許されているであるとか、密室での取調べでの調書が最優先される中で、取調べの可視化も行われず、弁護士の同席も許されていないという、「武器対等の原則」が著しくないがしろにされている現状では、当事者主義は非常に危険なルールです。

捜査権力の仕事観をどのようにして変えればよいか。それは彼らのインセンティブ付けの問題です。正しいインセンティブを与えれば、仕事には真面目な彼らのことですから、正しい方向に驀進することは間違いありません。そして仕事において正しいインセンティブを与えるためには、評価方法を変えるのが一番有効です。

どうすればいいか。一案です。

例えば、検察の評価の尺度を、有罪率などという現状の制度の上では危険極まりないものにするのではなく、検面調書がいかに取り調べの内容をニュアンスまで正しく客観的に作成されているか(皮肉なことに、現行制度においてはこれが検察官の一番重要な仕事だと思います)を第三者が評価するといったものに変えれば、世の中は180度転換すると思います。取り調べを録音・録画して、無作為抽出で検面調書と突き合わせ、いかに供述内容を正しく伝えているかを検証します。

変化を求めず、むしろ既得権擁護に汲々とする法務官僚にそうした発想はないとは思いますが。

(注)
村木厚子氏著、聞き手・構成江川紹子氏
『私は負けない「郵便不正事件」はこうして作られた」

ここをクリック→ #検察なう (344) 「郵便不正事件の真相は今も隠されたまま~村木厚子氏著『私は負けない「郵便不正事件」はこうして作られた』を読んで」

p.22
「勾留第一日目の取り調べで、遠藤検事からいきなりこう聞かれました。
「勾留期間は10日、1回だけ延長ができるので20日間です。そのうえで、起訴するかどうか決めますが、あなたの場合は起訴されることになるでしょう。裁判のことは考えていますか」
それなら何のために20日間も取り調べをするのだろうと思いました。よく話を聞き、事実を調べて、本当に犯罪の嫌疑があるのかどうか確認するのではなく、もう結論は決まっている、というわけです。
遠藤検事は、こうも言いました。
「私の仕事は、あなたの供述を変えさせることです」
それなら、真実はどうやったら明らかになるんだろう、と思いました。その手段を持っている検察がそういう姿勢なら、いったい真相解明は誰がやってくれるのか、と。」

12/12/2013

















ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 被告人最終陳述

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

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category: 刑事司法改革への道

2013/12/12 Thu. 00:54 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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この記事に対するコメント

いつもブログを拝見させていただいております。現在の日本の司法の
ありようを解り易くご説明いただき勉強になります。
がしかし、何故こうも検察は有罪に拘るのでしょうか?有罪率のため、
自身の出世のため、組織の威信のため、組織防衛のため?
学業優秀で国家の司法試験を突破した有能な方々であるからして、
無罪・有罪は取り調べの段階で分かるはずなのに、村木事件でも
そうであるように証拠を捏造しても何が何でも有罪に…
何か可笑しな話ですね。これだけ冤罪が問われているのにも関わらず
まして人の人生が係っているのにも関わらずですよ・・検察官も
人の子です。親もいれば、妻や子供もいるでしょうに・・もし、それが
自分の身内だったら・・と考えないのでしょうか?被告人に有利な証拠は
出さないなど持っての他と思いませんか?検察の理念と乖離した
現在の検察のありように警笛を鳴らす意味でも八田さんのブログを
多くの人に見ていただきたいと心から願っております。

名無し #- | URL | 2013/12/12 Thu. 02:07 * edit *

メッセ―ジありがとうございます

いわゆる市民感覚との遊離が問題だと思います。彼らも仕事を離れれば、普通の一般市民と同じ感覚を持ち合わせているはずです。それを狂わせているのが何か。さらに考えて掘り下げたいと思っています。冤罪は氷山の一角で、ものすごい数の方が苦しんでいると思われます。是非とも、引き続きご注目下さい。

八田

八田隆 #- | URL | 2013/12/13 Fri. 01:00 * edit *

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