「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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経過報告 (55) 「弁護士意見書」  10/13/2011 

経過報告 (55) 「弁護士意見書」 10/13/2011

明日、カナダに帰国します。次回の日本帰国は検察取調べが再開する11月上旬となりそうです。

捜査が一段落する直前に、「私がもし脱税をやっていたとしたらしていたであろう行動で、それらをしていない不合理な事実」を列挙した陳情書を提出したことは前回の経過報告でお伝えしました。そしてそれに続く攻勢として、先日、弁護士から添付の意見書を提出しました。

通常、弁護士の意見書とは、私がとった行動でもし脱税をしていたのであれば不合理な事実や、(私の陳情書でフォーカスした)もし脱税をしていたのであれば当然とったであろう行動をとらなかった不合理な事実を挙げることで、私の無実を主張するものです。ところが、今回のケースでは、こうした内容は弁護士も私も全く不要だと思っています。それは、以前にも述べたように、検察特捜部のコストを全く無視した徹底的な捜査で、彼らは私本人以上に事件のことを理解しているからです。取調べでは、私ですら全く記憶していないことや、知らなかったことを次々と指摘され、驚くことが少なくありません。そして、私の無実が事実である以上、彼らはそれを理解しています。もし彼らが、万が一その事実を知りながら起訴するとすれば、それは国税局との間の責任の押し付け合いで、検察がその責任を引き受けざるを得なかったということによるものです。「砂をかぶるのは国税局ではなく検察。そして幸い、陸山会判決でも見られるように、裁判所は『推定有罪』にお墨付きを与えている。取り合えず起訴して、後は野となれ山となれ」というものです。

それはまさに国家権力の濫用であり、つい先日に発表された検察の基本理念にもとるものだというのが、弁護士の意見書の内容です。検察に正義を求める強いメッセージです。

事実関係を再確認しておきます。

所得税法違反=脱税の要件は故意・犯意の存在です。そして、その立証責任は検察側にありますが、その要証事実の認定に決定的な直接証拠は当然ありません。脱税の故意を推認させる私に不利な間接証拠と、脱税を不合理とする私に有利な間接証拠の評価ということになります。

「故意がなかった」ことを立証することは「悪魔の証明」であることは以前述べました。「悪魔の証明」とは、例えば「北海道にヘビがいる」という証明は簡単です。一匹でも見つければそれは立証されます。しかし、北海道全土をいくら探してもヘビが見つからなかった、ということは「北海道にヘビがいない」という証明にはなりません。「その事実を強く推認させる」だけです。たまたま見つからなかっただけで、どこかに潜んでいる可能性が完全に払拭されないからです。これを「悪魔の証明」といいます。

「故意があった」ことを立証するのは簡単であるのに対し、「故意がなかった=過失であった」ことを立証するのは簡単なことではありません。それを示す直接証拠というものが存在しえないからです。本来簡単であるはずの「故意があった」立証を国税局・検察は3年近くの時間をかけてしようとしています。そして、私にとって有利な「脱税をしていれば、こんなことはしないだろう」とか、「脱税していたのであれば、こうしたことをしたはずなのに、してないのはおかしい」という間接証拠は山ほどあります。

私にとって一番不利な間接証拠とは何でしょうか。それは、国税局査察部統括官の言葉が物語っています。「証拠はありません。証拠があれば、それをあなたに突き付けて『ほら、こんなことをしているだろう』と言うことができます。だからこれほど時間がかかっているのです。金額だけが腑に落ちないのです。何百万、もしくは何千万であればまだしも、億を越える金額を過少申告しておいて気付きませんでした、という点だけが納得いかないのです」。つまり、検察が依拠する、私にとって不利な最大の間接証拠は金額です。私は、過少申告の金額が多かったことで強制捜査を受け、金額が多かったことで告発されました。クレディ・スイス証券以外の会社で、同じく海外給与の申告もれが何百人といる中で、私の金額が一番多いかは分かりませんが、少なくともクレディ・スイス証券での申告漏れの約100人の中で、私の過少申告額が一番多かったのは事実です。ただ、それだけをもってして、全く仮装・隠蔽の事実もないのに、ほかの人間より悪質だと言われ、一罰百戒のターゲットとされているわけです。

ところが、お気づきのように、金額というのは過少申告を所得税法違反とする要件でもなんでもありません。もしほ脱税額が1億円以上で自動的に脱税が認定されるのであれば、私は当初から全く争う必要はなかったと思います。

ここで敢えて、「刑事訴訟法上、事実の認定は証拠による」という刑事訴訟法第317条を持ちだす必要はないと思います。それは先の検察の基本理念でも最重要視されたポイントであったと思います。合理的疑いを越える有罪の要証事実の立証が行われた場合に限り起訴が行われるべきであり、金額がその要件を満たすとは到底思えないのは素人考えでしょうか。

先日の、小沢氏元秘書の有罪判決は司法の歴史に汚点を残すものになりそうだと感じています。報道が、「元秘書の有罪は、今後の小沢氏の政治生命に打撃を与えかねない」と報じることには、「本気で言ってるのかな」と思ってしまいます。物事の順序が全く逆で、「小沢氏の政治生命に打撃を与えるために、元秘書が有罪になった」ということが明らかだからです。私は、政治に関しては全くの門外漢であるため、小沢一郎氏が、日本の社会にとって、政治家としての存在意義があるか、抹殺されるべきかは分かりません。しかし、彼も、そして元秘書も政治家である以前に一国民です。彼らが、適正な司法手続きを経ずして、起訴されたり有罪とされることに恐怖を感じてしまいます。陸山会判決で、裁判所がとった「推定有罪」が、どうして「政治家限定の今回限りの特別措置」だとする保証があるのでしょうか。判例主義である日本の司法制度で、今後、「推定有罪」というこれまでの禁じ手を検察が多用し、裁判所もそれを追認するということが恐ろしくて仕方ありません。「推定無罪」「疑わしきは被告人の利益に」の原則は法治国家である以上、最低限の要件だと思います。政治の問題と司法の問題を切り離して考えるリテラシーが求められています。

告発以来、1年8ヶ月、人事を尽くしたと思っています。あとは日本の捜査権力に正義があるかどうかにかかっています。検察が結局、「起訴ありきの組織であり、郵便不正事件でも何も学習していない」かどうかの見極めをしたいと思っています。

引き続き応援お願いします。

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10/13/2011



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category: クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

2011/10/12 Wed. 19:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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