「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (362) 「検察「証人テスト」の問題点と対抗策」 1/13/2014 

#検察なう (362) 「検察「証人テスト」の問題点と対抗策」 1/13/2014

(強制捜査から1854日、控訴審判決まで18日)

1月5日付朝日新聞の1面に掲載された『検事、公判前に証言誘導か』と題された記事掲載以降、巷で盛り上がっている「証人テスト」の話題です。

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この記事の内容は、ある裁判員裁判の一審で死刑判決となった事件で、その一審で証言をした証人が控訴審で「検察の証人テストで被告人の犯行が計画的であったと証言するよう強要された」と告白したというものです

「証人テスト」とは、公判に出廷する証人と、証人請求した検察官ないし弁護人が行う事前打ち合わせのことです。一般人であるほとんどの証人は裁判に出た経験のない人ですから、スムーズに審理を進めるため、事前にそれなりの準備をすることは必要不可欠です。

なぜ検察の行う証人テストに問題があるのか。検討したいと思います。

まず公判における証言の背景から考えてみます。

検察作成の調書(これを「検面調書」と言います)が彼らの作文であると批判されることは少なくありません。勿論、それは許されるべきことではありませんが、現行刑事司法の建て付けではそうなっても仕方ない事情もあると思います。

公判ともなれば最重要証拠となる調書を、ほかの誰も見ていない密室で検察官自身の言葉で書いていいとされており、被告人をいかに有罪に追い込むかが組織の目標であれば、自分たちに都合よく作文するのも「それも仕事だ」と考えるのが人間だと思います。

起訴前の被疑者の取調べにおける取調官の考えるところは、「起訴の判断はこの調書だけではなく、全ての証拠を総合判断して上司が決定するのだから、現場の兵隊の自分がするべきことは『公判になれば最大限有効な武器を今から仕込むこと』だ」といったものでしょう。そして、起訴決定後、再逮捕されたような場合の被告人の取調べともなれば、彼らからすれば容赦の必要はありません。

検察に(有罪にできなければ起訴猶予という概念はあっても)「疑わしきは罰せず」という概念はなく、「自分たちがある程度無理をしてもシロになるものだけが本物のシロだ」という感覚なのではないでしょうか。

検面調書が「盛られている」ことは裁判官も重々承知のことだと思います。それは調書をいくつも読めば自ずと明らかだからです。

私が巻き込まれた事件でも、クレディ・スイス証券の同僚の調書の中には、「私は彼を直接知りませんが、絶対やったと思います。会社の誰もが、会社は源泉徴収していないことを知っていたからです。ちなみに私はうっかり申告漏れでした」という、かなり素っ頓狂なものまでありました。検察作文を伺わせるものとして、こちらが喜んで証拠調請求したい程「盛られた」不利益供述でした。

第三者の心証による証明力は非常に低いものですが、いかに印象点を稼ぐだけのものであったにしても、「私は彼がやったとしても不思議はないと思います。多くの人がそうであったと聞いていますから。ちなみに私はうっかり申告漏れでした」程度に抑えておいた方がよほど説得力のある作文です。

そういった「やり過ぎ感」のある作文をいつも目にしていれば、裁判官も検面調書を割り引いて読むのではないかと(私ならそうであると)考えます。

そうは言っても最重要証拠の検面調書ですから、彼らの作文に対する何らかの対抗策が必要となります。それが書証の「同意」「不同意」です。

検面調書は伝聞証拠として、原則的には弁護側「同意」がある場合しか証拠採用されないことになっています(注1)。

そして不同意とされた供述内容を公判期日で再現する試みが証人尋問であり、その事前準備が「証人テスト」というわけです。

検察請求の証人ですから、期待される証言は「被告人に不利となる」ものです。そうした証言をさせるインセンティブを一方当事者である検察が持っていることはお分かりかと思います。

証人といえば、弁護側証人もいて、そこでも弁護人と証人テストは行われます。しかし、想像してもらえば、その状況は著しく異なることが分かってもらえると思います。

片や、逮捕権、起訴権をもった権力です。もし自分のすねに傷がなくても(あれば勿論)、彼らとの押し問答を1時間以上耐えられる人は稀有だと思われます。

裁判ではよく「被告人と利害関係のない証人が、敢えて嘘をついてまで被告人に不利な証言をするはずがない」と言われますが、「被告人と利害関係がないからこそ被告人にとって有利な証言をするはずがなく、事実とは異なる不利な証言をさせられかねない」と考えるべきです。

弁護人がどれだけ事実と(ニュアンスだけでも)異なる供述を依願しても、「え、でも事実と異なる証言すると偽証罪になりますよね」というのが普通の感覚だと思われます。検察側証人がいくら事実と異なる証言をしても偽証罪に問われないのとは大違いです(テクニカルには検察側証人の偽証罪もあり得ますが、その告発を受けて検察が起訴するわけがありません。「記憶の混同」で終わりです)。

権力を背景とした検察が、自分に有利な証言を引き出そうと、意識的にあるいは無意識のうちに偽証を教唆する可能性があることが、検察「証人テスト」の大きな問題点です。

日本では司法取引は法的に認められていませんが、期待を抱かせる証言の誘導はよく行われているのではないかと思われます(注2)

この検察「証人テスト」を是正化するにはどうすればいいでしょうか。

ここでも全面可視化が謳われることが多いようですが、私にはあまりしっくりきません。取調べはそれ自体が証拠ですから、証拠の保全という意味で可視化には非常に重要な意味があると思います。しかし証人との打ち合わせ自体は証拠ではないため、それを全面可視化するというのもあまりにも検察を馬鹿にしているような気がします(彼らが証人テストのスキルアップの資料として録音・録画し、その中で行き過ぎたことがあれば内部でブレーキをかけるということはありえますが)。

現時点で考えられるのは、やはり弁護人の反対尋問の能力に依存するしかないのではないでしょうか。

「あなたは事前に検察官に会いになりましたか(これに「ノー」であればかなり楽しめます。いきなり嘘をついている可能性が高いですから)」
「その時、書面で質問内容を渡されましたか」
「そこには既に答えは書いてありましたか」
「読み合わせは何度くらいしましたか」
「あなたは被告人と共犯関係ですが、事前打ち合わせの際、検察官はそれを示唆しましたか」
といったような質問をして、いかにも証言が検察官の教唆によるものだという心証を取ることです。

更にハイリスクな戦略として、その証人を相互申請して、弁護側でも証人テストするという手も考えられます。証人が証人テストに応じる義務はありませんし、証人テストでの尋問内容が検察に筒抜けになることも考えられますが、一考の価値ありです。

私の公判でも、クレディ・スイス証券の法務・コンプライアンス本部長が検察請求により証人申請された際、私の弁護人が相互申請をして、証人テストを行いました。高度な戦略です。

検察は組織で公判のノウハウを高めることができるのに対し、弁護士は個人でスキルアップを図る必要があります。弁護士会も、検察「証人テスト」対策を組織で考えてもいいのではないでしょうか。

(注1)
実際には第三者の検面調書が不同意となった場合でも、刑事訴訟法第321条第1項第2号の規定により、供述者が公判期日で供述できない供述不能の場合、あるいは、公判期日での異なる供述よりも検面調書の内容の方が信用できるという「特信状況」がある場合は、不同意とされた検面調書が証拠採用されます。これがいわゆる「二号書面」です。

私の公判でも、弁護側不同意とした株式報酬担当者のシンガポール人の検面調書が供述不能として二号書面となりました。

しかし、私の印象では、被告人の検面調書が刑事訴訟法第322条第1項の不利益供述の事由により証拠採用されるよりは、よほど「二号書面」化に対して検察は抑制的なものです。

特に、第三者の供述が公判の証言と調書で異なる場合、調書の方がより重視されるというのは一般人の感覚からするとかなりずれているため、特に裁判員裁判の場合は、検察は二号書面化にはそれほどこだわらないと思われます。

そのため、今回の報道でもあった、裁判員裁判においては、より「証人テスト」の問題が顕在化しやすいのだと思います。

功罪合わせ持つ裁判員裁判制度ではありますが、思いがけない功績と言えそうです。

(注2)
証人テストのケースではありませんが、私の国税局査察部の取調べにおいて、修正申告の数字に関して次のようなことがありました。

修正申告となった時に、私は担当税理士と一緒に査察部に行きました。そこで提示された数字が税理士の考えていた数字と著しく異なっていたため、税理士は計算根拠を求めました。

査察官は「計算根拠を示すことはできない」の一点張り。それでも計算根拠を求める税理士と私に査察官が言った言葉は、「この数字に従った方が、八田さんの身のためです」でした。

その数字に従わなければ告発するし、従えばこれで手打ちだと「誤解」した私は、「先生、これでいいですよ。彼らの数字のまま払います」と言いました。

結局、その後告発されることになったため、今では「身のため」という言葉は単なる脅しであったとしか思えません。

権力を背景にすれば、こんなことも簡単に起こり得ます。

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件でも「お前も告発されたいか」と一言言えば、会社同僚からいかなる調書を取ることも可能だったと思います。

1/13/2014



















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category: 刑事司法改革への道

2014/01/13 Mon. 06:51 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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