「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (364) 「なぜ冤罪はなくならないか」 1/20/2014 

#検察なう (364) 「なぜ冤罪はなくならないか」 1/20/2014

(強制捜査から1861日、控訴審判決まで11日)

木谷明氏をして「冤罪は本当に数限りなくある」、一部の冤罪の無罪判決は「あれはあくまで氷山の一角」と言わしめながら、なぜ冤罪はなくならないのでしょうか。

その問題を考える前に、飛行機事故を例にとって、どのようにして飛行機事故の再発防止が図られるかを検討してみます。

飛行機事故が起こった場合、真っ先になされなければならないのは被害者救済です。生存者の確認を急ぎ、存在者がいればただちに負傷の手当てが必要です。

次に行われるべきことは、事故の原因究明です。再発防止策を講じるためには、なぜその事故が起こったかの原因が分からなければ対処できないからです。そしてその事故調査は航空会社自らではなく、第三者が行うことが重要です。例えば飛行機事故の場合には、国土交通省管轄の運輸安全委員会がその任に当たります。第三者が行う理由は、当事者が事故調査を行った場合、責任逃れの隠蔽や事故原因の矮小化につながり易いからです。

そして事故原因が明らかとなって初めて、効果的な防止策を講じることが可能になります。事故が全く悪意なく引き起こされたものであったとしても、当事者である航空会社の真摯な反省と善処が求められ、彼らはその責任に誠実に対応するものと思われます。

このように事故の再発を防止するためには、「被害者救済」→「原因究明」→「再発防止」というステップのプロセスが必要になります。

刑事司法における事故とも言うべき冤罪にこのプロセスを当てはめると、再発防止の対策がどのステップにおいても全く講じられていないことがよく分かります。それは憂慮すべき状況を通り越して暗澹とならざるを得ない程のものです。

順を追って説明します。

まず被害者救済ですが、加害者が捜査当局の場合、救済者は裁判所です。冤罪被害者が一審無罪となれば、裁判所が救済者として機能したことを意味します。しかし、その救済者は往々にして加害者にもなります。冤罪であるにもかかわらず、一審有罪となった場合です。その場合には、三審制及び再審制度により上級裁判所(再審の場合は確定判決裁判所)がその救済者として機能されることが期待されます。しかし、99.98%という刑事裁判の有罪率は、上級審が救済者として機能せず、裁判所すらその冤罪の加害者となっていることを物語っています。

国家権力に比して、個人の力は非常に非力です。被告人という弱い立場の者を救済するために上訴というシステムがあり、そのために三審制が採られていると考えたいところですが、日本の刑事訴訟法の建て付けはそうではないように思えます。それは検察にも上訴が認められているからです。上訴制度は、被告人保護というよりは、法令解釈の統一を図るためのものといえます。一審無罪判決の実に7割から8割が高裁で逆転有罪となっていること、最高裁で被告人上告が逆転無罪となることはほとんどないことから、三審制での上級審が冤罪救済に機能しているとは残念ながら言い難いものです。

確定判決をひっくり返す再審となると更にハードルは高くなります。その大きな理由は、再審が確定判決を出した裁判所でなされるためだと思われます。最高裁まで審理された事案の誤判認定の責任を下級審が負うというのでは、再審制度がうまく機能しないのもむべなるかなという印象です。再審は裁判所の権限の外に置かれた第三者機関がその任に当たるべきであるのは至極当然のことのように思えます。

被害者救済ですらその状況であるのに、次のステップの冤罪の原因究明となるとそれは一層悲惨な状況です。

裁判所の無罪判決により捜査当局の過ちが明らかになっても、その原因究明がなされたという話は寡聞にして聞いたことがありません。それは彼らにペナルティーが科されることはないからです。捜査当局は無罪判決に対しても、対外的には裁判所が理不尽であるかのような態度を取り、反省するという態度は微塵も見られないのが通例です。

私の控訴審判決が今月31日にあり、検察控訴は棄却されると信じていますが、その後の検察特捜部及び国税局査察部の動向に是非ご注目下さい。彼らは黙殺するだけであることを私は確約します。これでは、反則のホイッスルを鳴らされても「次はもっと巧妙にやればいい」と言っている反則常習犯のようなものです。

そして裁判所の過ちを裁判所自らが正す三審制及び再審制度には、そもそも原因究明の機能はありません。彼らは判決を出して終わりです。

再審において無罪判決となればどこに出しても間違いがない程オフィシャルに冤罪であることが認定されたことを意味しますが、裁判所はただ冤罪被害者に無罪を言い渡すだけで、何がその誤判の原因であったかの追求は全くしません。現行制度において彼らにその機能は求められていないからです。

冤罪の原因は結局のところ、闇に葬られて終わりということがほとんどです。メディアに社会の木鐸としての責務を求めたいところですが、そのメディアですら原因を追求するどころか、事件の矮小化に加担するケースも見られます。東電OL殺人事件のような超ド級冤罪でも、ゴビンダ氏を冤罪被害者とした最大の原因は検察による悪質な証拠隠し(被害者体表に残留していた唾液の血液型久保田鑑定)であるにも関わらず、「事件当初にDNA鑑定がなされなかった悪意のないミスのため」と国民の多くが報道で刷り込まれているケースが典型です。(注1)

冤罪の原因究明には、国家賠償審に訴えるしかないというのが現状であり(国家賠償審の審理過程で、捜査当局の不当な行為が認定された場合のみ賠償が認められるため)、非常にちぐはぐな印象を受けます。布川事件の冤罪被害者桜井昌司氏は、現在国家賠償請求訴訟を起こしていますが、彼は経済的補償を求めてその請求を起こしているのではありません。国家賠償審の審理において、警察・検察の不当な捜査が行われたことの究明をしたいだけです。

冤罪の原因究明を行う第三者機関が存在せず、原因究明の努力が全く行われていないということが冤罪を巡る実情です。そして原因究明がなされなければ、有効な防止策が講じられないことは言うまでもないことです。

数限りない冤罪が造り出され、そのほとんどが闇に葬り去られ、ごくごく一部が救済されても、原因究明すら行われていないという現状を多くの人に知って頂きたいと思います。

制度的な問題も大きいのですが、加害者ともいうべき当事者(捜査当局及び司法当局)が全く反省しないことが冤罪のなくならない根本原因だとも思います。組織の論理に塗れて思考停止した「凡庸な悪」は反省すらできないということでしょうか。この状況を正すのは我々国民の理解しかありません。そしてあなた自身やあなたの愛する人が冤罪被害者となることが非常に現実味を帯びた問題であることを知るべきです。是非考えてみて下さい。

参考文献
指宿信 『“えん罪原因究明第三者機関”を考える―その必要性と要件をめぐって』
木谷明 『「無罪」を見抜く 裁判官・木谷明の生き方』

(注1)
ここをクリック→ #検察なう (294) 「犯人血液型当てクイズ」

P.S.
先日、「取調べの可視化を求める市民団体連絡会」主催の市民集会『可視化を止めるな!~全事件・例外なき取調べの録画を~』が開催されました。適正な捜査取調べを担保する手段の一つでしかない取調べの可視化は、捜査当局が頑迷に拒否することで国民の不信感を煽っているという世界に類を見ない異常な状況です。

パネリストとして参加されていた三鷹バス痴漢冤罪事件(注2)の冤罪被害者津山正義氏の訴えは、まさに冤罪被害者の心の叫びでした。

また、検察在り方検討会議のメンバーであった江川紹子氏と法制審議会のメンバーである周防正行氏のパネルディスカッションは、刑事司法の問題点の現在位置を知るために有益なかなりディープな内容だったと思います。

(注)三鷹バス痴漢冤罪事件
2011年末の夜、吉祥寺駅から仙川に向かうバスの中で起こった中学校教諭の津山正義氏が冤罪被害者となった痴漢冤罪事件。バス内の車載カメラには、津山氏が右手で携帯電話を操作しこれから会う恋人にメールをしながら、左手で吊革につかまっている映像が撮影されていました。両手がふさがった状態での痴漢行為を一審判決は「容易ではないが、不可能とか著しく困難とまではいえない」と認定し、有罪判決。現在、控訴審係争中。

ここをクリック→ 「三鷹バス痴漢冤罪事件」控訴審初公判傍聴ツイートのトゥギャッタ―

1/20/2014













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category: 刑事司法改革への道

2014/01/20 Mon. 03:05 [edit]   TB: 0 | CM: 3

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この記事に対するコメント

当事者が勇気を持って闘うしか…

これはもう、冤罪被害に遭った当事者が声を上げていくしかないと思います。
大部分の人は「冤罪なんか関係ない」と思ってるんですから、
当事者が立ち上がらなければ、
社会を動かすことは永遠にできないでしょう。

さすがに国賠を起こすのは大変かもしれませんが、
不当な捜査や起訴を行った警察官や検察官を刑事告訴するなり、
ツイッター、フェイスブックなどのツールを駆使して彼等の悪行を拡散するなり、
できることはいろいろあると思います。
国家権力に歯向かうわけですから、
報復を恐れてなかなかできないのかもしれませんが、
それでも勇気を持って闘う以外にないのでは…。
布川の桜井昌司さんに続く方が出ますよう、期待します。

以上、支援者の勝手な想いでした。

S.Nagahama #dZ2c3wmQ | URL | 2014/01/21 Tue. 11:50 * edit *

ついでに…

度々失礼します!!
あと、やはり「刑事司法の全面可視化」でしょうね。
現在は「取り調べの可視化」だけがクローズアップされていますが、
どんな捜査、起訴、裁判が行われたのか、
プロセスの全てを透明化する仕組みが必要かと思います。
判決後、裁判官に記者会見を義務付けるぐらいしてもいいでしょうね。

S.Nagahama #dZ2c3wmQ | URL | 2014/01/21 Tue. 12:38 * edit *

コメントありがとうございます

やはり無罪判決を受けた者が言わないと説得力に欠けることは残念ながらあると思います。しかし、無罪判決を受けるまでの苦難から疲弊して、なかなか桜井さんのように、国家権力に過ちを認めさせようとまではならないと思います。桜井さんは随分とゴビンダさんを担ぎ出したいと共闘を呼び掛けていると聞いていますが、ゴビンダさんがもう二度と日本に戻りたくない、今の家族との時間を大切にしたいという気持ちも当たり前のことだと思います。また世間から注目された事件でないと、無罪と言ってもインパクトに欠けるということもあります。桜井さんに続くというのは非常におこがましいのですが、私もできる限りのことは続けていきたいと思っています。ご支援頂けると幸いです。とにもかくにも1月31日です。今回は勝ちに行っています。ご注目下さい。

八田

八田隆 #- | URL | 2014/01/21 Tue. 14:36 * edit *

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