「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (392) 「国家賠償訴訟に関して(1)~国家賠償訴訟に懸ける思い」 5/8/2014 

#検察なう (392) 「国家賠償訴訟に関して(1)~国家賠償訴訟に懸ける思い」 5/8/2014

私個人の冤罪との戦いは、検察上告断念で終結しましたが、それはあくまで局地戦です。刑事司法の矛盾、冤罪との全面戦争は攻守を入れ替えて、これから始まるものです。その最前線が私の国家賠償訴訟(国賠審)です。

憲法第17条では以下のように定められています。

「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる」

私は、取調べを行った査察部査察官も特捜部検察官も私の無実を分かっていたと、取調べを受けた当事者として実感しています。

それを理解するのは、それほど困難なことではないと思います。国税局、検察は強制捜査から初公判まで3年以上もの時間をかけて膨大な証拠を収集し、検察はその中から有罪立証に有利なものだけを抽出して公判に請求しています。その検察が考える「疑わしい」「黒っぽい」証拠だけでも、裁判官は一審、控訴審ともに無罪を判じています。同じく事実認定を生業とする法律家である検察官は、公判に提出したそれ以外の膨大な無罪方向の証拠を評価することで、裁判官以上に無罪の心証は得ていたはずです。

それは、これまで何度も繰り返し言ってきたことです。公判検事が私の第一審の被告人質問で暴露したように、彼らは「結論ありき」の捜査をし、着手した段階で、「告発するのが仕事」「起訴をするのが仕事」と真実の追求を放棄していたものです。

ここをクリック→ #検察なう (189) 「第六回公判報告 検事自ら公訴権濫用暴露」

これが「公務員の不法行為」に当たることは火を見るより明らかですが、そうした一般人の感覚に基づく常識が通用しないのが刑事司法の世界です。

袴田事件で、再審請求開始決定に対し、検察が何としてもそれを阻止しようと即時抗告しているように、彼らにとっては人の命よりも重要なものがあるように思えます。それは何であるのか。「彼らの信ずるところの正義」なのか「虚構の社会秩序」なのか、はたまた「役所のメンツ」なのか。

私のケースや袴田事件の再審開始決定では、裁判所は本来の機能を果たしたと言えますが、そうでないケースも多々あります。

ここをクリック→ #検察なう (342) 「「人一人の命は地球より重い」~名張毒ぶどう酒事件・最高裁不当決定抗議集会に参加して」

確定判決をくつがえす再審は、そのハードルの高さから「針の穴にラクダを通す」程だと言われますが、国賠審はさらにそれよりもハードルは高いとされています。裁判所は、そうそう易々と同じ役人の不法行為を認定することはないからです。

それゆえ多くの冤罪被害者がオフィシャルに冤罪が認定された後でも、国賠審を諦めています。足利事件の菅谷利和氏しかり、東電OL殺人事件のゴビンダ・マイナリ氏しかり。

布川事件の冤罪被害者、杉山卓男氏の著書『冤罪放浪記』から、彼の国賠審に関する考えを記した部分を引用します。

「二〇一二年十一月十二日、布川事件元被告・桜井昌司は、国と茨城県に対して冤罪の責任を追及するため、東京地裁に国家賠償請求訴訟を起こしました。「杉山さんは、なぜ国賠をやらないんですか?」と、いろいろな人から聞かれます。国との闘いは、残された自分の人生の全てを懸けて挑まなければならない「十年戦争」です。妻や息子と過ごす時間を犠牲にしてまで、いつ終わるかもわからない、長い長い裁判を、私は闘う気持ちにはなれないのです。」

無実の罪で29年も投獄され、逮捕から無罪を得るまで44年も費やした杉山氏の判断を、私はリスペクトします。そして、同じ布川事件の冤罪被害者の桜井昌司氏が国賠審を戦う決意をしたことにも同じだけの敬意を払うものです。

冤罪被害者が国賠審を諦めてしまえば、国家権力は過ちを犯し、反則の笛を吹かれても全くペナルティを受けずに、「今度はもっとうまく反則すればいいや」という反則常習を看過することになります。それゆえ、私はこの「十年戦争」に挑む決意をしたものです。

更に、国賠審に関する文献に当たり、国賠審にはより積極的な意義が認められるべきと私が共感するところを記します。

それは、国家機関の違法な行為に対する抑止効果が期待できるということです。国賠審によって、損害賠償請求という形をとって、個人に国家行為の合法性を争う法的手段が一つ与えられることになります。そのような機会が増すことで、国家機関の側は、自らの行為の違法行為に慎重ならざるを得ないと考えられます。

この点において、訴訟の目的は、むしろ将来志向的であり、過去の損害に対する補てんの意味は、むしろ背後に退くものです。

そして更に重要なことは、金銭賠償が、国の違法な行為について国民の認識を促す効果を持つことです。

国賠審の請求金は税金によって賄われます。それは一時の国庫負担となりますが、そのような司法判断を通じて、国家行為の合法性統制に対する国民の意識の覚醒に寄与するならば、それは重要な付随的機能と言うべきものです。

金銭賠償というサンクションを通じて、「国家行為の違法を抑止し、またその違法の重大性を国民に認識せしめる効果をもつ」。それらは、間接的・付随的なものとはいえ、なお国家賠償制度の一つの目的たり得ると考えます。憲法の定める制度は、決して、ただ一つの目的にのみ仕えるものではありません。金銭賠償を越えた国賠手続きの意義を認め、その利用可能性について、一層の積極的評価がなされるべきだと考えています。

少し難しかったですね。とにかく、国が個人の人権を踏みにじることに「好き勝手させてなるものか」という、最初の気持ちをキープし続けているということがこの国賠審につながっています。是非ご理解頂き、引き続きご支援をお願いします。

5/8/2014













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category: 国家賠償請求訴訟

2014/05/08 Thu. 01:24 [edit]   TB: 0 | CM: 3

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この記事に対するコメント

歪んでいる司法にメスを入れようと奮闘されておられる八田さんに心より敬意を表します。刑事事件裁判の経験者としてブログに書かれておられる言葉の意味がよく理解できます。
反面、経験されたことの無い方はどのように感じておられるのだろうか?
国が個人の人権を無視してこのような行為を行うだろうか?などなど、
現実の刑事司法の在りようは経験して実感した私ですが、残念ながら個人的な
事情により最後まで戦うことが私にはできませんでした。
がしかし、いつの日にか私も経験を基に2005ブログを書きたいと思っています。
国家賠償請求訴訟を起こされる八田さんには心折れることなく
最後まで頑張り抜いてください。応援しております。

名無し #- | URL | 2014/05/08 Thu. 20:50 * edit *

名無しさんへ

横レス失礼いたします。
名無しさん、たくさんのご苦労や葛藤、お気持ちお察しいたします。
私も同じ冤罪被害者です。
八田さんに出会うことで救われました。
戦い方はそれぞれです。
でも当事者でなければ伝えられないことは多々あります。
いつか名無しさんの経験が、冤罪に苦しむ人の救いになる日がきっと来ると思います。
頑張ってください。

永末康子 #- | URL | 2014/05/08 Thu. 23:28 * edit *

諸悪の根源

今の日本の刑事司法制度が狂っている要因は多々有りますので容易に絞りづらいですが、あえて絞るとしたら裁判所の堕落が一番だと思います。検察寄りのバイアスで検察官の言う事はほぼ丸呑みするのに、弁護側の主張にはろくに耳を傾けない。逮捕状や勾留許可も検察・警察の言うままに認めてしまう。否認してるとほぼ保釈が通らない等、疑わしきは被告の利益という原則が完全にひっくり返っているのが実態です。

それだけに八田さんの事件で無罪判決が出て、それがストレートに確定したというのは、少しだけ裁判所も意識が変わってきたのかなと思いたい所ですが、残念ながら多分運の良さも相当手伝っての事だと思います。タチの悪いヒラメ裁判官が担当していたらどうなったかと思うと・・・・・・・

検察改革、司法改革も重要ですが、私としては真っ先に最高裁判所とその傘下の高裁、地裁の裁判官達をどうにかしないといけないと思っています。自民党が最高裁に圧力をかけて青法協所属の裁判所を排斥してから、人権を顧みない金太郎飴みたいなヒラメ裁判官ばかりになってしまったのがそもそもの間違いだったのではないでしょうか。

仮に10年経っても裁判所の自浄作用は期待できないと思うので、多少強引でも立法府主導で裁判所改革に乗り出す必要が有るように思えますが、自民党政権が続くうちは難しいかもしれませんね(とはいえ民主党は既に死に体ですし、うんざりですが)

裁判官の意識が変われば国賠訴訟にももっと可能性が開ける筈なんですがね・・・

Tri #2AuWRls6 | URL | 2014/05/10 Sat. 03:27 * edit *

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