「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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フィルム・レビュー 『私の男』 熊切和嘉監督 

フィルム・レビュー 『私の男』 熊切和嘉監督

私の男

映画『私の男』鑑賞。

基本女性作家ものの小説は読まないので直木賞作品『私の男』は未読でした。また監督の熊切和嘉は、大学卒業制作の『鬼畜大宴会』が「ぴあフィルムフェスティバル」で準グランプリを取って話題になった時(1998年)、その映画を観てあまりの悪趣味さに、以来敬遠していた監督でした。

その映画を観ようと思ったのは、とにもかくにも二階堂ふみの映画だから。この映画は彼女でなくては演じられなかったのではないかと思います。

映画では始まりからセリフが極端に少なく、状況の多くも明示的には説明されないため、観ている者の想像力をかきたてます。

奥尻島の津波で家族を失った幼少の花を、遠縁であり女性に放蕩な海上保安官の淳悟が引き取るところから映画は始まります。レモン・インセスト物だということは知っていたので、「なんかヤバいなあ」と感じた後の淳悟のセリフに引き込まれました「これから俺はお前のもんだ」。

その後、養女・養父でありながら、そして実は本当の親子であることが分かってながら関係を持つ二人。これだけだと単なるインモラルなのですが、淳悟が度々涙を流しながら言う「自分は家族がほしいんだ」という言葉に、肉欲を伴った恋愛と親子の愛の境界の融解を感じさせられます。

殺人と近親相姦という最大のタブーを越える愛。それは淳悟にとっては「全てを与える」であり、花にとっては「相手は自分の一部」。そのピュアな愛情のあり方に、愛とは何かを考えさせられます。

結局、花は淳悟から離れます。「子供の頃は相手の全てが分かると思ったのに。お互い子供だったってこと」という言葉に、女性としての成長が見て取れますが、婚約者と3人で食事をするラスト・シーンは実に意味深。

制服の下にジャージをはいて、メガネにクマのイヤーマフをしながら男を知っているという女子高生のエロスを演じた二階堂ふみと、女性に奔放ながら常に恋愛以上のものを求めて結局孤独に苛まれキレギレになるダメンズを演じた浅野忠信の演技は最高レベルのものでした。

あと、藤竜也のおじいちゃんがとてもよかったです。大島渚の『愛のコリーダ』ではあれだけ(文字通り)むき出しの性を演じながら、ここではすっかりまるくなっちゃって、タブーを否定する良心みたいな役。それをぶち壊す二階堂ふみのパワーがそれと対比してまたすごい。流氷の海に飛び込むシーンは鮮烈。

音楽にジム・オルークを採用した監督のセンスも秀逸。「読んでから観るか」「観てから読むか」では圧倒的に「観てから読む」派ですが、園子温バージョンの『ヒミズ』が原作を越えているように、熊切バージョンの『私の男』も原作を越えている予感。あ、あれも二階堂ふみ主演でした。

ということでインモラルな恋愛にアレルギーがなければ、愛とは何かを再考する極上の作品だと推しておきます。

ここをクリック→ 『私の男』予告編

(Facebook 7/11/2014より転載)












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表紙1










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category: フィルム・レビュー

2014/07/13 Sun. 08:48 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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