「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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「死刑制度について考える(2)~日本における終身刑」 

「死刑制度について考える(2)~日本における終身刑」

罪を犯した者に対して科せられる刑罰の意義として、将来の犯罪を抑止する性格を持つということが挙げられます。これは、過去の犯罪行為に対する応報として刑罰を捉える「応報刑論」に対して「目的刑論」と呼ばれます。

刑罰をただ単に罪に対するカウンターアクションとして考え、刑罰によって犯罪を相殺しようとする「絶対的応報刑論」は、現代においては廃れた考え方です(これを主張したのは18世紀の哲学者カント)。現代において主流なのは、刑罰が応報であることを認めつつも、刑罰は同時に犯罪防止にとって必要かつ有効でなくてはならないとする「相対的応報刑論」です。

犯罪に対する抑止力を期待する目的刑論は、「一般予防論」と「特別予防論」に分けることができます。一言で言えば、一般予防とは一般市民に対する抑止効果、特別予防とは犯罪者自身に対する抑止効果を期待するものです。刑罰には、その両方の側面の意義を認めることができます。

一般予防論では、刑罰は、犯罪を計画する一般市民に直接的な威嚇をなし、その抑止効果をもって法への信頼を形成する効果を認めるものです。特別予防論は、犯罪者を教育して再犯をさせないようにする教育的効果と、犯罪傾向の強い者を社会から一定期間隔離して一般社会に悪影響が生じないようにする無力化効果に分類されます。

死刑における特別予防とは、死刑が犯罪者の命を奪う刑罰であるため、更生を目的とした教育効果について考えることは、死刑の本来的な性質上意味を持たず、一般社会から犯罪者を永久に隔離するための無力化効果を指すことになります。

この犯罪者を一般社会から永久に隔離する方法には、死刑以外に終身刑がありますが、法制度として日本に終身刑はなく、死刑の存置・廃止を議論する際、そのことが重要な前提となります。

しかし、実際の運用では日本においても終身刑がありえることを最近知りました。死刑制度を考察する前提の知識として知っておくべきだと思い、ここに掲載します。

森炎著『なぜ日本人は世界の中で死刑を是とするのか』(幻冬舎新書、2011年刊)第四章「死刑判決と正義」より

(以下引用)
日本の刑法では、死刑の次に重いのは無期懲役で、終身刑は存在しません。

日本の無期懲役には仮釈放が認められていて、統計上は、二十数年で仮釈放となっています(仮釈放者の在所年数平均)。「死ぬまで刑務所」となる終身刑とは大きく異なるわけです。

終身刑があるかないかは、死刑をめぐる議論に大きな影響を与えます。

死刑か無期懲役かという二者択一で考えなければならないとすれば、終身刑がある場合と比べて、いきおい、死刑にしなければならない範囲は広がるでしょう。

たとえば、死刑の次に重い刑が無期懲役ということになると、死刑にしないことは、同時に社会復帰の可能性を意味することになります。これは、どのような社会であるべきかという観点に大きく影響します。法制度として終身刑を持たず、いずれ社会に出てくる無期懲役しかないということになると、あるべき社会を実現させるために、重罪人の扱いとして死刑を用いざるを得ないということが考えられます。再び殺人を犯すかもしれない重罪人が無期懲役で将来社会に出てきてもよいと割り切ることは、とてもできないでしょう。

こうして、わが国の法制上も終身刑が必要ではないかということが大議論となるわけです。

たった今、わが国では終身刑は存在しないと述べたばかりですが、実は、実際の日本の司法は、これとはかなりニュアンスの違う形で動いています。

これまで、わが国の裁判実務には、事実上の終身刑とも言うべき特殊な判決の仕方がありました。それは、仮釈放を許すべきではないという条件を付けて無期懲役の判決を下すものです。仮釈放がない無期懲役というのは、結局、終身刑と同じことになります。

これは、もう少し厳密に言うと、次のようなことです。

日本の裁判実務では、例外的な取り扱いとして、無期懲役の判決を言い渡す際に、判決文の中で、仮釈放を許すべきではないという注文をつけることがあります。このような場合、仮釈放はどうなるかというと、この「仮釈放なし」の条件付き判決も、厳密に法的には、普通の無期懲役の判決と同じで、「仮釈放なし」の部分には勧告的意味しかないということになっています。しかし、実際上は、その趣旨は仮釈放の決定を行う行刑(ぎょうけい)当局によって例外なく尊重されています。

つまり、結局のところ、この「仮釈放なし」の条件付き判決の場合には、その法的性質にもかかわらず、仮釈放は事実上なくなり、その刑は終身刑と同じなるのです。

このような無期懲役判決の実例としては、オウム真理教事件の元教団幹部の一人に対する判決があります(東京高裁平成一五年九月二五日判決)。オウム真理教をめぐっては、地下鉄サリン事件などで教団幹部一四名に死刑が求刑されましたが、これは、そのうち唯一死刑にならなかったもので、その判決では「仮釈放を認めない終身に近い無期懲役、事実上の終身刑が相当」と述べられています。

もともと、日本の刑法には、条文上、終身刑の規定はなく、法制度としては、正規の刑罰は、死刑、無期懲役ということになっています。ところが、現状は違うのです。わが国では、ここ二〇年来の裁判の実務を通して、本来の刑罰体系に事実上の変更を加え、法律ではなく裁判で一種の終身刑を作り出しているわけです。
(引用以上)

なぜ日本人は

森炎氏
東京地裁、大阪地裁などの裁判官を経て、現在、弁護士(東京弁護士会所属)。著書に『教養としての冤罪論』『司法権力の内幕』『司法殺人』『死刑と正義』『量刑相場』『裁く技術』『裁判員のためのかみくだき刑法』など。
私の国賠審代理人ドリームチームの一人です。








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category: 死刑制度について考える

2014/08/18 Mon. 02:34 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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