「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (420) 「物語―孤独のなかの「転落」自白 最終回」 9/25/2014 

#検察なう (420) 「物語―孤独のなかの「転落」自白 最終回」 9/25/2014

(これまでの話)

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(最終回)

<3回目の接見―示談のすすめ>

弁護士に開口一番尋ねた。あの夜のこと。友人の携帯に伝言を入れた。コンビニでの買い物をした。その時刻について。弁護士は「君の友人に問い合わせたら、もう携帯に履歴が残っていない。コンビニは1週間ごとにレジを映すビデオは消してしまうのでわからない」と申し訳なさそうにいった。

僕は悲しくなった。「いつになったらここを出られるんですか」弁護士に怒鳴っても、泣きついても、どうしようもないことだ。そんなことはわかっていたが、つい涙が出て声を荒げてしまった。

アクリル板の向こうで「いまのままでは出られないと思う。起訴をされて、起訴後勾留がつく。否認のままでは保釈も認められないのが、今の裁判の現状です」弁護士がすまなさそうな顔で言った。罪を認めたケースで、被害者と示談でもすれば、不起訴がとれるかもしれないし、執行猶予にもなるだろう、とも言いそえた。

<転落自白―逮捕から14日目>

逮捕されて2週間が過ぎた。眠れない日が続いた。夜中に監房の隅で、ぶつぶつ独り言をつぶやいている。看守の注意で我に返ることがたびたびあった。自分のことが自分ではないような、自分の身体がどこにあるのかわからないような感覚に包まれていた。そうやって僕は「ウソの自白」へと転がり落ちた。

やっていないことでも、行ったことがなくても、これまでの取調べでおおよその見当はついた。どんなところで、どんな風にそれが行われたのか。犯人や被害者の姿や服装はどうであったか。そのマンションが古い建物で、玄関とエレベーターホールがどんな位置関係にあるのかも。わからないときには、黙って下を向いていると、刑事がヒントを出したり教えてくれたりした。どうにかつぎはぎだらけの自白供述ができあがった。

僕は泣きながら、申し訳ありませんでしたと頭を下げて、署名し、指印を押した。

刑事は晴れ晴れとした顔で「これからいくらでもやり直しがきく。被害者の人に謝って、弁護士さんに示談をしてもらえ。姉さんや、ご両親に、もうこれ以上迷惑をかけたらいかんぞ」そう僕のことを親身になって心配してくれた。

僕はまた泣いて、申し訳ありませんでしたと、何度か頭を下げた。

<現場引き当て―靴とハンドバック>

若い刑事はうんざりしてしまった。

被疑者は工場を出て現場まで案内することができなかった。その夜、歩いていったはずの道順を車で移動しながら足取りの確認をするだけのこと。その道筋は夜だったとはいえむずかしいことではない。それが右も左もわからないようだった。忘れてしまうような昔のことでもない。仕方なく、現場のマンションが見える角まで連れて行った。現場でも、どこでどんなふうに被害者を引きずり込んで犯行に及んだのか、自分から語ろうとはしなかった。被疑者ははじめからおわりまでなにか隠しているように思えた。

現場引き当ての翌日、犯行時に履いていた運動靴を捨てたという場所に案内させた。そのときも被疑者の説明は要領を得なかった。捨てたという工場の裏の空き地には、捨てたはずの靴はなかった。そこはフェンスで囲まれ雑草のおい繁る空き地だった。犯行の翌朝フェンスに近寄って投げ入れたという。犬がくわえて持ち去ることなど考えられないのだが、草刈りをしても発見できなかった。

被疑者はほんとうに反省しているのだろうか。罪をのがれたいと今もまだ考えているのではないか。不審がつのった。犯人にはほんとうのことを洗いざらい正直に話し、心から反省して償ってもらいたい。でもこの被疑者はそうではない。自ら語らず、こちらが言うことをなぞるだけだ。涙を流して謝ってはいるが、腹の底ではなにも反省していないのではないか、そう思った。

先輩の刑事にその話をした。「やつは公判で否認するかもしれない。これからも気を抜くな。傍聴はかかせないな」先輩も同じ危惧感をもって答えた。

<犯行確認と示談の手続>

弁護士が交代した。僕が犯行を認めたというと、ほんとうにやったのかと聞いた。僕はほんとうはやっていないが、ここから出たいので認めることにしたと言った。君がほんとうはやっていないのなら、被害者に謝罪も示談もできない、そういって弁護をおりた。

あたらしい弁護士が面会にきた。この弁護士にはほんとうはやっていないということをあえて言わなかった。示談をしてもらって、ここから1日でも早く出たかったからだ。あたらしい弁護士は示談を成立させてくれた。でも、被害者は罪を許し寛大な処分を求めるという書面にはサインをしてくれなかったという。この書面がとれれば、不起訴になる、とれなくても示談書があれば執行猶予にはなる、というのがこの弁護士の見立てだった。今後も被害者に接触して、この書面にサインをもらうようにすると言った。

示談金の70万円は姉に出してもらった。

<起訴 被害者の心の傷と被疑者への憎しみ>

「例の案件、君はどう思う」検察官は修習生にきいた。「前科もありませんし、示談が成立しています。実害もさいわい少ないですから、不起訴もあると思います。でも・・・・」「そう、その・・・・でも・・・・が問題だね。君は被疑者が反省していると思いますか。彼の取調べは君が担当しましたね」「私は正直言って、反省しているようには思えませんでした。疑問点を突きつけてもなにも自分から答えようとしませんし、目は終始そらしていました。頭を下げて、涙を浮かべて、謝罪を繰り返していましたが、なんだか人ごとのような、つまり真摯な態度ではないなと感じました」「僕も同じように感じたよ。彼の反省は表面的でしたね。君にそれがわかったところが、僕はうれしいよ。それに被害感情はどうでしたか、被害者の取調べも担当したよね」「被害者は今でもあの夜のことが不意に思い出されて、こわくなり身体が震えるときがある。そう言っていました。ハンドバックは戻り、身体の傷は癒えても、心の傷は深いなと思いました」「僕も同感だな。で・・・・結論はどうなりますか」「やはり・・・・起訴・・・・ですね」検察官は修習生の結論を満足そうに受けとめた。

<両親との面会>

起訴されて接見禁止がとけた。起訴されるまで、弁護士以外の人との面会は禁止されていた。罪証隠滅のおそれがあるということのようだ。これまで姉が差し入れをしてくれていた。それ以外のやりとりは何もできなかった。僕は自分で友人に携帯電話の履歴と伝言の記憶を尋ねたかったし、上司にあの夜別れた時間を確かめたかった。なによりコンビニに行ってあの夜僕が何時何分何秒に飲料水を購入したか問いつめたかった。はじめの弁護士がやってくれたのだろうが、僕自身がなにもできなかったし、姉に頼むこともできなかった。なにより、姉に僕はやっていないということを伝えられなかった。

接見禁止がとかれて、姉と母が面会にきた。姉だけであれば僕は会いたくなかった。会うと考えるだけで身がちぎれそうにつらかった。でも田舎から母がわざわざ出てきたという。母の気持ちを考えると面会を断るわけにはいかなかった。

面会時間はほんの10分だ。その時間の長いこと。僕はアクリル板越しに母と姉の手をじっと見つめていた。きれいに手と手それぞれに、涙が落ち続けた。僕は顔をあげることはできずうつむいたまま泣くだけだった。言葉はなにもでてこなかった。むせぶような嗚咽が3人の口元からそれぞれ大きく小さく流れ出ていた。

<公判―逡巡>

裁判は1回ですんだ。傍聴席には取り調べた刑事たちと、父と母と姉が座っていた。僕はいまさらほんとうはやっていないとは言えなかった。罪状を認め、検察側の証拠すべてに同意をした。

情状証人として姉が法廷に立った。僕はずっとうつむいて涙をこらえていた。姉は涙声で答えていった。僕がまじめな性格であること、今回とんでもないことをしたが、今後はしっかり見守ってゆくこと、被害者に謝って示談が成立したことなどを弁護士の誘導にそって訥々と述べていった。検察官は今回の事件がなぜ起きたと考えるか、その原因について姉に問いただした。姉はどうしてこんな事件を起こしたのかわからない、今でもやったことが信じられないと泣きながら言った。「それでは彼がまた罪を犯すことをとめられないのではないですか」そう問いかけて検察官は質問を終えた。

被告人質問がなされた。弁護士は僕に前科がないこと、まじめに働いていたこと、動機は自らもがよく説明できないほど突発的に生じたこと、計画的ではなく、実害も少ない。示談が成立し、真摯に反省をし、再び罪を犯さないと誓っていること。そんなところを手際よくまとめて聞いた。

検察官は執拗に事件のことを掘り下げて聞いた。僕はなにも知らないので、警察の取調べで作られた自白供述どおりに話した。それでも納得せず、とくに背景や計画性について詳しく聞こうとした。僕は何度か「やっていないからわかりません」と言い出しそうになった。後ろに座っている取調べの刑事からは「わからないことはわからないと言っていい」と言われていたので、後半のほとんどの質問に「わかりません」と答えた。ときに検察官は語気を強めて「自分でやったことだからわからないはずないでしょう。ほんとうに君は反省しているのですか。なぜこんなことをやったかわからないのなら、君は今後も同じことを繰り返すことになりませんか」そんなふうに迫ってきた。僕は何度も心の中で「だからやっていないんだ、僕は」そう叫んだ。

裁判長は2週間後に判決を言い渡しますと言って法壇の背後のドアから向こう側に姿を消した。

<合議―執行猶予は不相当>

「合議しましょう。修習生も一緒にどうぞ」と裁判長は言った。裁判官室の隣りに小部屋がある。そこに3人の裁判官と修習生2人が入った。厳しい合議に修習生が立ち会うことはない。裁判官の合議は最高度の秘密が要求される。修習生が立ち会える合議は合議をするまでもなく結論が決まっているような案件だ。「有罪かどうかについて、まず合議しましょう。いかがですか。修習生からご意見をいただきましょうか」「被告人の自白があり、目撃証言もありますから、有罪だと思います」とひとりの修習生が答えた。「異論がある方は、ご意見ください。このあいだ身代わり事件がありました。ほかに真犯人が現れるという事件がありましたが、いかがですか」「ふたりの目撃証言で犯行が確認されています。問題はないと思います」と左陪席裁判官が答えた。「では有罪でよろしいですね。それでは刑の執行猶予についていかがですか。また修習生からご意見をいただきましょうか」と裁判長が聞いた。「僕は執行猶予でいいと思います。前科はないし、示談が成立しているし、幸いなことに実害も少ない。まじめそうだし、現にまじめに働いてきたようだし、両親も傍聴にきていました。姉もしっかりしています」ともうひとりの修習生が言った。「異論のある方、ご意見をどうぞ」と裁判長が言うと、右陪席が意見を述べた。合議はこの右陪席の意見ですぐにまとまった。

<判決宣告>

「・・・・ヒコクニンハコノホウテイデ ハンコウノオオスジヲミトメ ハンセイノタイドヲイチオウシメイテハイルモノノ ホンケンハンコウハケイカクテキデアルニモカカワラズ ソノショウサイヲノベルニイタッテオラズ ホンケンヲトキニヒニンスルカノヨウナタイドヲシメシテイルノデアッテ ソノハンセイがシンシニナサレ サイハンノオソレガマッタクナイモノトシリョウスルニチュウチョセザルヲエナイトコロデアッテ ヒコクニンヲジッケイニショシ・・・・」

(・・・・被告人は、この法廷で犯行の大筋を認め、反省の態度を一応示してはいるものの、本件犯行は計画的であるにもかかわらず、その詳細を述べるに至っておらず、本件をときに否認するかのような態度を示しているのであって、その反省が真摯になされ、再犯のおそれが全くないものと思料するに躊躇せざるを得ないところであって、被告人を実刑に処し・・・・)

僕の耳にすこしずつ裁判長の言葉が入ってきた。

ふとコンビニのレシートがアパートの部屋にまだあるはずだと考えついた。

しおれた姿で傍聴席に座る両親と姉を見て、僕は控訴するよとつぶやいた。

(了)

転落自白

『転落自白 「日本型えん罪」は、なぜうまれるのか』
内田博文氏、八尋光秀氏、鴨志田祐美氏編著
2012年出版
日本評論社

9/25/2014



















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category: 刑事司法改革への道

2014/09/25 Thu. 01:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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