「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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経過報告 (68) 「検察取調べ第十九回 (最終回)」 12/06/2011 

経過報告 (68) 「検察取調べ第十九回 (最終回)」 12/06/2011

相場の予想や勝負事で予想が当たることはうれしいのですが、今回の予想的中は残念な結果です。

どうやらやはり起訴ということになりそうです。今日は午前10時からの呼び出しでしたが、ものの10分もしないうちに終了。起訴状の送付先の確認だけで終わりました。昨日、人定質問がされたとお伝えしましたが、その際、日本での住居が鎌倉が主たるものであるものの(住所地はカナダバンクーバー)、郵便物が全て金沢の実家に転送されるため、受け取りが困難であると判断されたようです。そして、今日は「この時点では仮にですが、起訴状が発送される場合、受け取りを裁判所留めにして取りに行くことはできますか」「はい、できます」で終わりでした。ただその確認のために呼び出されたものです。そして、「これで取調べは全て終了です。これから先に関しては、弁護士の方に連絡が上の者から行くと思います」とのことでした。

起訴の論拠としては以前にご説明したストックオプション行使の指示書に関してだと思います。

ここをクリック→経過報告 (62) 「検察取調べ第十七回 ストック・オプション行使指示書」

私が身の潔白を証明しようと要求したポリグラフテストは、「機械がない」という全くナンセンスな理由で行われない模様です。最近の冤罪と思われる重大事件の再審請求での証拠開示請求に「必要なし」と切って捨てるのと同じ論理なのでしょう。これに関しては不当であると主張するつもりです。

昨日もわずか1時間半で終了したにもかかわらず、なぜ今日その確認のためだけに呼び出されなければならなかったのかと私の問いに、検事の答えは「手続き上必要だったからです」とのことでした。私はその意味を解さなかったのですが、弁護士の理解では、昨日逮捕令状を用意する必要があったのだろう、とのことでした。そして、今日私が起訴状の日本国内での受け取りを忌避するようなことがあれば(彼らは海外への送付や、弁護士といった代理人への送付はしないとのことです)、その場で逮捕ということだったのだと思います。広義の「逃亡の懼れあり」という人質司法の発現です。これに関しては、全く予期していませんでしたが、逮捕除けのお守りとして毎回持参していたお袋の座布団の効果があったのだと思っています。

まだこの段階では、「起訴する」と明言されているわけではありませんが、不起訴であれば起訴状の送付先の確認の必要があるわけもなく、起訴と考えるのが順当でしょう。非常に残念ですが。

言葉にすると軽く聞こえるかもしれませんが、本当にがっかりしています(「それくらい分かるよ」だったら申し訳ありません)。がっかりしている理由の一つは、私は本当に検察が正しくなければ日本の司法は機能しないと思っているからです。そしてそれがあっさりと否定されたということによります。正直「やっぱりそうなのか」という気持ちの反面、「検察改革が謳われる中、変わったと思ったのに」と期待を裏切られたということが大きいと言えます。彼らは本当に優秀です。そしてその優秀な組織が、強大な権力を持っているがゆえに、誤った目的意識を持った時程我々にとって恐ろしいことはありません。

またそれと同じくらいがっかりしているのは、私ですら冤罪のシステムの歯止めになることができなかったということです。検察の引く勇気を喚起する努力はしてきたつもりですが、力及ばずといったところです。捨て石になる覚悟はありましたが、それでももう少し結果を出したかった。諦めずに努力すれば冤罪を防ぐことができるということが言えなくなったというのは誠に残念です。国家権力には、どんな真実も捻じ曲げられてしまうという前例を一つ増やしてしまっただけということには忸怩たる思いです。

ここまで時間がかかったというのは、やはり検察にも無辜の人間を無実の罪に陥れていいのかという逡巡があったのだと思います。そしてそれは皆さまの嘆願書が大きな力になっていると思います。それを生かし切れなかったことは本当に申し訳ありません。

郵便不正事件では、担当検事やその上司の元特捜部長・副部長の「とかげのしっぽ切り」による事件の矮小化で検察組織の保身が図られていますが、実際起こっていることはむしろ逆なのだと思います。今回事件を担当した担当検事や事務官、あるいはその上司の主任検事も、組織の論理の犠牲になったのだと思っています。良心を殺して生きていくのは辛いことです。少なくとも私は、良心に従って生きていくことができ幸せだと思っています。もし最終的に犯罪者のレッテルを貼られても顔を上げて歩いて行きます。

この後公判となり、かなり厳しい戦いですが、勿論チャンスはあります。最終的な決着が付くのはあと2年くらいなものでしょうか。今後も伴走お願いします。

12/06/2011



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category: 地検特捜部との死闘実況

2011/12/06 Tue. 07:22 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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