「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (440) 「冤罪被害のPTSD (Posttraumatic Stress Disorder)」 12/25/2014  

#検察なう (440) 「冤罪被害のPTSD (Posttraumatic Stress Disorder)」 12/25/2014

今回のブログでは恥をさらし、愚痴をこぼすことをお許し下さい。

私の出身高校は、一学年120人のこじんまりした地方の国立進学校です。最近は、県下の公立校、私立校が予備校化するにつれ、「進学校」という看板を下ろさなければいけないほど地盤沈下していると聞いていますが、「学問に王道なし」という不器用な教育方針を貫いているからだと勝手に思っています。

私の高校の大先輩でもある孫崎亨先輩とツイッターでやり取りをさせて頂いた時も、「リベラルな学校だったと記憶しております」とおっしゃっていた、そういう学校です。

同級生は仲もよく、私が嘆願書を依頼した際も、恩師2人を含み数多くの友人が嘆願書を書いてくれました。しかも、恩師2人には私が直接頼んだのではなく、私の窮状を憂えて友人が声を掛けてくれたものです。

普段の同級生のコミュニケーション・ツールはフェイスブックです。フェイスブックの私の高校同級生のグループは、学年全体の4割に相当する50人近くが参加しています。

先日、このようなことがありました。私は高校では文系コースでしたが、理系コースに行く者の少なからずは医学部を志望します。そして同級生の4人に1人が医者です。

フェイスブックのグループのやり取りで、医者の同級生が、やはり医者になった同級生を「~先生」と呼んでいることに私は異議を唱えました。

「なんで高校の同級生なのに、職業が医者だと先生つけんの?そういうのが差別を生むんだよ」

普段何気なしに使っていると、呼称がもつ本来の意味を意識することはないのだと思います。そして、フラットな人間関係にヒエラルキーをコノテーションとする呼称を持ち込むことに違和感があることを説明しても(私の説明が不十分だったこともあるのでしょうが)理解しない友人を、私は半ばキレて口汚くなじってしまいました。

勿論、私の言葉が、全くの言い掛かりだと感じる人も多いと思います。私自身そう思わないでもありません。その友人はほかの者に、「医者は先生付けで呼ばなければならない」と強要したわけではないからです。それでも、そうした呼称が差別・被差別の萌芽になる論理(少なくとも差別されていると感じる人がいるということ)を、仲のよい友人だからこそ理解してほしかったものです。

難癖をつけられた友人もさぞや困ったことだと思います。何も悪いことをしたつもりはないのに、勝手に気分を害されても、と思ったに違いありません。理解されなくても仕方ないかとも思います。私も自分が冤罪被害にあわなければ気付かなかったことです。

普通に生活していれば、自分の名前が新聞やテレビに掲載されることはないと思います。私も普通のサラリーマンでした。報道に自分の名前が出るなどとは想像すらしていませんでした。それがある日突然、新聞、テレビに犯罪者扱いされ、長らく私についた呼称は「被告」でした。

再就職も刑事告発を理由に取り消され、金融業界で刑事被告人を雇うところは勿論ありませんでした。自分で天職と思っていた外資系証券の世界から強制退去させられた自分と、「先生」と呼び合う彼らに格差を嗅ぎとって、感情のままにフェイスブックにコメントしたものです。

実はこうしたことは、初めてのことではありません。この6年間、身近で支援してくれた何人かに、「どうせ俺の気持ちなんて分からないんだよ」といった言葉を投げつけ傷つけたことも一度や二度ではありません。

裁判に勝ったといっても、やはり一旦貼られたレッテルは、べっとりと自分に張り付いているような気がします。それは自臭症のようなものだと頭では理解しているのですが、やはりいまだ拭い去ることはできません。

結局次の日、私はけじめをつけるため、次のメッセージを送り、フェイスブックの同級生のグループを抜けることにしました。

「俺が悪かった。「医者には先生を付けなきゃ」って言われたわけじゃないのにな。リアクションのなさから、結構ドン引かれたっぽいし。

ただ、bullshitしたわけじゃなくて、気になっちゃったわけよ。このビデオ観て考えてもらえればいいんだけど、俺は国税局と検察に無理やり最後列に座らされた。そうしたら見えた景色が違ってたんだな。それで自分は最前列に座ってたって初めて気付いたわけ。裁判に勝っても、まだ一番後ろの席に座らされるようないやな気持ちは残ってて、そうした社会の格差みたいなもんに敏感になってるんだよ。被害妄想以外の何物でもないんだけど。

世の中の多くの人が冤罪に関心がないのも、自分より後ろの列の奴のことは気にしないからなんじゃないかと思ってる。犯罪者って最後列も最後列だからな。

そうしたフラストレーションをぶつけたことを恥じて、けじめをつけるべく、やはりこのグループから身を引くわ。すまんかった、嫌な思いをさせて。」

そして私が添付したビデオのリンクがこれです。

ここをクリック→ 「格差を生み出す「特権」とは何か」

多分、同じ経験をした者でないと、分からないことはあると思います。検察が上告を断念したことを発表した文面に怒りを示したのが堀江貴文氏でした。

ここをクリック→ HORIEMON.COM 『検察が世の中舐めきってることを証明する一つの文書。』

自分が冤罪被害にあったことを忘れようと思ったことはありません。私は、いやなことを忘れようとすることは、結局解決にならないと思っています。一旦は忘れても、思い出せば嫌な気分になるからです。考えても嫌な気分にならなくなるまでとことん考え抜くしかないと思っています。傷がかさぶたになって、それを自分ではがしても、いずれは傷つく前より強くなればいいと思っています。

冤罪被害にあった辛さを忘れることなく、それを昇華して、一人でも同じような境遇に苦しむ人が少なくなればいいといつも考えています。ブログは私にとって浄化作用をもたらす直接療法です。かさぶたがなくなるまで是非お付き合い頂ければ幸いです。

12/25/2014










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category: 刑事事件一般

2014/12/25 Thu. 01:22 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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この記事に対するコメント

八田さま
「愚痴をこぼすことをお許しください」という始まりでしたが、
常に理路整然として現在の日本における司法の現実に厳しい目で
直言されておられる八田さんにも、このような一面があったのか?
そんな思いで拝読させていただきました。
八田さんは裁判に「勝つべくして勝った」方だと思っておりましたし
その強靭な精神力にはただただ敬意を感じておりました。
しかし、ブログを見て心の弱さを感じさせる内容で何と申し上げて
よいか…頭の程度は八田さんと比べると相当に劣る私ですが、
心の弱さは私とさして変わらない人間なのだなぁ…そんな
感情で読ませていただきました。
冤罪被害者には冤罪被害者でなければ分からない思いがあります。裁判で
勝ったとか負けたとか…そんな勝ち負けで解決できない
心の奥に残る複雑な思いが消えない傷として残るものだと思っています。
時間とともに少しづつ傷の痛みは和らいでまいりますが、
心には一生消えない傷として残っていくのだろう…と思っております。
多くの問題を抱えている現在の日本の司法に敢然と戦う八田さんをブログが
続く限り応援させていただきます。このブログが
ひとりでも多くの冤罪被害者を救うことに繋がればよいですね。

#- | URL | 2014/12/28 Sun. 04:27 * edit *

コメントありがとうございます

今回のブログを書くことには躊躇がありました。それで、近い友人二人に話をしたところ、実のところ二人とも「やめておけば」というリアクションでした。一人は「今までのタフなイメージが損なわれるのはもったいない」という理由、もう一人は「自分の非礼の言い訳として冤罪被害を持ち出すのは、ずるいと感じる人もいるのではないか」との意見でした。

それでもやはり書こうと思ったのは、冤罪被害者を代表して(というとおこがましいですが)書きたいと思ったからです。冤罪被害者が裁判で勝てるというのは稀有なことだと理解しています。その私ですら、このように感じるということは、戦わずして諦めた冤罪被害者、あるいは勇気をもって戦って思いを果たせなかった冤罪被害者はどれほど辛く、苦しいのかということを少しでも思い至って頂ければというつもりでした。

ブログでも書いたように、私にとってもブログは一種リハビリのようなもので、読む人がいなくても、書くことで自浄作用があると感じていますが、やはりこうしてコメント頂けると心の支えになります。ありがとうございました。

八田隆 #- | URL | 2014/12/28 Sun. 23:55 * edit *

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