「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (442) 「美濃加茂市長事件の構図」 1/5/2014 

#検察なう (442) 「美濃加茂市長事件の構図」 1/5/2014

前回のブログでは、藤井浩人氏の最終陳述の全文を掲載しました(注1)。次回以降のブログで、最終弁論を読み解こうと思いますが、その前に、美濃加茂市長事件の構図をおさらいします。

贈収賄罪は、贈賄と収賄がセットとなった対向犯ですが、検察の狙いは勿論、収賄側の検挙です。金欲政治家を検挙するということは、通常の犯罪の検挙とは世間の受けに差があると彼らは考えているからです。この、世間から正義の味方と思われたいという欲求は、検察官個人レベルではどこまで意識されているかは分かりませんが、組織の行動原理には宿痾のように染みついているものです。この事件の深層を読み解くには、ロッキード事件の幻影ともいえる、彼らの行動原理をまず理解する必要があります。(注2)

収賄罪の立証は、贈賄側の自供さえ取れればほぼ完成です。裁判官は、自分の罪を認める者の自供は信用するのに対し、自分の罪を否認する者の自供は「自己保身のため嘘をついている」として排除するパターンが出来上がっているからです。

「賄賂を贈った」「いや、受け取っていない」という供述が真っ向から対立しても、前者は自分の罪を認めており、収賄側を敢えて罪に陥れる特段の事情がないと認定されがちであるのに対し、後者は自分の罪を逃れようと反省もせず信用ならんと認定されがちだということです。

美濃加茂市長事件も着手段階では、まさにこのパターンを踏襲していたと思われます。しかし、事件着手後、検察側に誤算というべきことが3つ起こりました。

1) 2回の金銭授受があったとされた現場に、2回とも(同じ)第三者の同席が発覚したこと

2) その第三者同席者の取調べにおいて、彼に「金銭授受を見た」という供述をさせられなかったこと

3) 贈賄供述者の勾留中の隣房者が手紙を藤井市長宛てに送ったこと

→ 1)
事件の取調べ当初には、2回目の金銭授受があったとされる現場(4月25日、炉端焼店『山家』住吉店)に第三者の同席があったことは、贈賄供述者中林氏のメールから確認されていたものの、1回目の金銭授受の現場(4月2日、ファミリーレストラン『ガスト』美濃加茂店)に第三者の同席があったことは確認されていませんでした。

しかし、クレジットカード会社の照会回答で、レストランのレシート記録から、利用人数が2人ではなく3人であったことが分かると、贈賄供述者の供述はそれに合わせて変遷します。

→ 2)
しかし、その段階でも収賄の有罪立証に赤信号というわけではありません。その第三者に、「金銭授受を見た」という供述をさせれば、同席した3人のうち2人までが贈収賄の事実を証言していることになり、その時点で勝負は決します。

その同席者に対する警察・検察の取調べは過酷を極め、取調べ5日目には身体が痙攣を始め、椅子から転げ落ちて意識を失うほどの状況にまで追い込まれたといいます。それでも彼は金銭授受を見たとの供述はしませんでした。捜査当局が彼からかろうじて引き出した供述は、

「仮に、中林が藤井にお金を渡しているとするなら、私がトイレや電話などで席を外した際に渡しているのではないかと思います。」

「1年前のことですから、検事から途中で席を立ったことが絶対に無いかと言われれば、そうははっきりとは言い切れません」

という、立席の「可能性」に言及したものです。検察のストーリーは、同席者の存在が明らかになり、かつ彼が金銭授受目撃を否定し続けた時点で、この同席者が席を立った際に、金銭授受が行われたというものに変わっています。

→ 3)
これはかなり衝撃的なものです。公判が始まってから、贈賄供述者中林氏の詐欺師的なやり方と検察官との関係に憤りを感じた中林氏の勾留中の隣房者が、藤井氏に手紙を書いて、贈賄供述者の中林氏が詐欺師であることや、藤井氏が中林氏にはめられようとしていることなどを美濃加茂市役所宛てに送付したものです。

これらの誤算があっても、検察は結論ありきで突き進んだというのが美濃加茂市長事件の構図です。検察の「引き返す勇気」の欠如が、またもや露呈したと言っていいと思います。

推定無罪原則がことごとく軽視され、現実的には結局のところ、無罪の立証責任が弁護側にあるような日本の刑事司法において、藤井弁護団は、贈賄供述者の中林氏の証言の信用性をつき崩す必要があります。もし彼の供述が虚偽であるならば、なぜ、自ら贈賄罪という罪を着てまで、藤井氏を罪に陥れる必要があったのか。それが弁論の最大のポイントです。

次回以降のブログで藤井弁護団の弁論を読み解いていきたいと思います。

(注1)
ここをクリック→ #検察なう (441) 「美濃加茂市長事件~藤井浩人氏公判結審」

(注2)
ここをクリック→ #検察なう (308) 「吉永祐介元検事総長死去、東京新聞コラム『筆洗』」

1/5/2014













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category: 美濃加茂市長事件

2015/01/05 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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この記事に対するコメント

八田さまへ
美濃加茂市長の贈収賄事件、私も興味深く見守っております。
裁判官がどのような判決を下すかに最も関心があります。
この事件では既に市役所幹部が自殺しており、警察はもちろんのこと
検察も訳の分からない威信とやらをかけて何としても有罪に
持ち込もうとするのでしょうね…仮に無罪判決が出ましたら即刻
控訴ですね。事件の真相は当事者でなければ分かりませんが、
自殺された方は取り調べが余程苦しかったことと思います。
同席者の方も痙攣まで起こし気を失いかけたとか…当時はおそらく
このまま死んだ方が楽になれると思ったことと思います。
全面可視化しなければ、自殺者を出すような取り調べが
日本全国どこでも平気で行われ続けると思います。密室での取り調べは
取り調べる側と取り調べられる側とは圧倒的にハンディが
あります。辛く苦しく少しでも楽になりたいとやってもいない罪を
認めてしまう方の心情が経験者ゆえよくよく理解できます。
この事件が冤罪かどうなのか私には分かりませんが、法曹界でも
疑問視されていると聞いております。渡した、貰って無いの攻防ですので
真実がどちらにあるのか?もしも裁判官が無罪の判決を出したとしたら
自殺された方の家族の思いはどんなものであろうかと…ふと、
思いコメントしました。八田さんのように事件の経緯を冷静に
分析できませんが、取り調べられた側の心情を思い
書き綴りました。八田さんのブログはいつも気になり拝読させて
いただいております。

#- | URL | 2015/01/05 Mon. 03:22 * edit *

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