「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

05« 2017 / 06 »07
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.

#検察なう (443) 「美濃加茂市長事件 弁論を読み解く Part1 『贈賄供述の信用性』」 1/8/2015 

#検察なう (443) 「美濃加茂市長事件 弁論を読み解く Part1 『贈賄供述の信用性』」 1/8/2015

前回のブログ「美濃加茂市長事件の構図」(注1)で、贈賄供述の信用性が最大のポイントであることを述べました。

それを弁論から読み解いてみたいと思います。弁論の全文は、郷原総合コンプライアンス法律事務所のHPに掲載されています。

ここをクリック→ 郷原総合コンプライアンス法律事務所HP <弁論>

もし私が裁判官であれば、是非とも検察にクリアにしてほしい点がありました。それは、贈賄供述者中林氏が、贈賄供述に至るまでの状況、彼の心理に関してです。なぜなら、贈賄供述は非常に特殊な状況でなされていると考えるからです。

通常自白は、嫌疑をかけられた被疑者が、捜査当局の取調べにおいて追及された結果なされるものです。誰しも、嫌疑もかけられていないことを自発的に暴露することは考えにくいものです。

勿論、罪の意識に苛まれ自首するというケースもありますが、それは大概、犯罪行為自体は明らかになっていて、逃亡に疲れたとか、(殺人などの)あまりに重大な罪を犯したことに対する自責の念が背景にあることが普通だと思われます。

贈賄供述者の中林氏は、4億円近い融資詐欺を働いており、その取り調べの過程で、追求されてもいない30万円の贈賄の供述を行ったとされています。この、「取調べ対象の罪状を追求されて自白した」のか、「取調べ対象外の罪状を問われてもいないのに自発的に自白した」のかは、重大な差であると考えます。

公判における中林氏の証言は以下のようなものでした(弁論より)。

「被告人に現金を渡したこと」を警察官の取調べで話した動機について、「本当の反省をするためには全部話さなきゃいけないし、ゼロになって社会復帰ということになるんだったら、やっぱり全てを話さないといけない」と思ったなどと涙ながらに語った。

これは、検察側の証人である中林氏が、検察主尋問で答えたものです。証人テストで検察官が用意したと考えられるこの回答が、どれだけ迫真の様子で語られたのかは傍聴していなかったため不明ですが、内容自体は、いかにも捜査当局が考えそうな、しかも売れないテレビのシナリオライターのような陳腐さがあります(注2)。

そして弁論には、中林氏が「ゼロになって社会復帰」を目指すような人物でないことが公判で露呈したことが書かれています。

中林氏は、勾留時に隣房に収監されていた者とその後文通をしていました。そして、その文通相手が、手紙の内容を藤井氏に宛てた手紙に書き綴り、弁護団の知るところとなったものです。

(以下、弁論より抜粋引用)
「ゼロになって社会復帰する」ために、被告人に対する贈賄の自白をしたと供述したことに関して、当時から考えていた仕事の内容について質問され、N は、「実家に帰って訪問介護の仕事を手伝って給料を得て、返済に回そうと考えていた」などと、正業に就くことを考えていた旨述べたが、それも全くの嘘であることが明らかになる。

Nは、中村警察署在監時に隣房に在監していた O(以下、「O」)が名古屋拘置所移監になった後も、Oと文通を続けていたものであるが、O宛の手紙で、勾留中の身でありながら、「人材派遣の仕事」と称して「韓国のプロモーターと店との間で、毎月の給料から上りをはねる仕事」をしようと考え、そのための資金管理をOの内妻に手伝わせることを、再
三にわたって、手紙でOに依頼をしていた。

N の考えていたことは、証言していた、「ゼロになって社会復帰するため、罪を償った後に正業に就いて真面目に働く」といったことを真剣に考えている人間とは凡そかけ離れたものである。

本件とは全く無関係であり、自らには何の利益にもならないOが、Nの詐欺師的なやり方と検察官との関係に憤りを感じ、美濃加茂市長の被告人に手紙を書いて、Nが詐欺師であることや被告人がNにはめられようとしていることなどを美濃加茂市役所宛てに送付した。

Nは、弁護人から、前記Oの手紙の中で書いていたことに関連して質問を受けたのに対して、次のような供述を行った。
① 検事とはほとんど毎日のように朝から晩まで打合せをしている。
② 藤井市長の公判では相当なことを言われるが、(Nの公判では)検察官は批判めいたことは言わず、すんなり終わらせると検察官から言ってもらっているということを手紙に書いた。
③ 検事から、「絶対に負けないから一緒に頑張ろう」と言われた。
④ 検事から、「絶対藤井には負けないから、Nさん最後まで一緒に闘ってくださいね」というようなことを言われた。
⑤ 告発の件も今後どうするか検察庁で協議中だということを、弁護人から聞かされた。
⑥ 藤井市長の弁護人から告発が出たことを受けて弁護人と話したら、服役だと言われたので、O宛の手紙の中で「どういうことですかぁぁぁ??執行猶予はぁぁぁ??」と書いた。
⑦ O宛の手紙に、「藤井弁護団から、私の事を悪く言えば言う程、検察は私を守りに入ります。もちろんこれが公判では私に有利に働くでしょうし、検察側からの情状も出てくることになります」と書いた。
⑧ O宛の手紙に「10月1日、2日の証人尋問が終わるまでは必至にやっていかなければならないから大変です。失敗は許されないので」と書いた。「弁護団から聞かれることに対して私が答えられないこと」が失敗だと思っていた。
(引用以上)

この手紙の内容(しかもそれは中林氏本人が公判で証言)だけで、「アウト!」という感じですが、弁論では、更に贈賄供述の不合理性を指摘します。

検察のストーリーでは、金銭授受は2回に亘って行われたとしていますが、初めて賄賂を渡したガストでの会合に第三者の同席があったことを中林氏は失念していました。それはあまりにも不合理です。

(以下、弁論より抜粋引用)
被告人に現金を渡す目的だったのであれば、Tの同席に有無によって状況は全く異なったものになるのであり、そのいずれであったのか、記憶が曖昧であることは考えられない。3月27日の警察官調書作成時にT同席の有無についての記憶が曖昧であったのは、被告人に現金を渡そうという目的で会おうとしたのではなく、実際に渡した事実もないからにほかならない。
(引用以上)

しかも、その第三者の同席者は中林氏が声をかけて同席することになったものです。これまた極めて不合理です。

(以下、弁論より抜粋引用)
被告人に現金を渡す目的で会おうとしているのに、なぜ、それを知られたくない T に知らせたのかという点について、同調書では、「私は、Tさんには知らせずに藤井さんと 2 人で会おうかと思いましたが、2人で会ったことをTさんが後で知れば何か言われるかもしれないと考え、藤井さんと会うことはTさんに伝えておくことにしました。」

4月2日に N が被告人に会うことをTに事前に知らせ同行させたNの行動を、その日被告人に会おうとした目的が賄賂を渡す目的だったの前提で合理的に説明することは困難である。その場で被告人に賄賂を渡したとのNの供述自体の信用性に重大な疑問を持たざるを得ない。
(引用以上)

また現金授受の場所にガストを選択することも、ほとんどありえない状況です。

(以下、弁論より抜粋引用)
ガスト美濃加茂店は、国道41号線名濃バイパスと同41号線美濃加茂バイパスとの接続地点である美濃加茂インターチェンジを降りた場所で、美濃加茂市役所から約500~600メートル程度の距離にあるファミリーレストランである。そのような位置関係から、平日のランチタイムには美濃加茂市民はもちろん、美濃加茂市役所職員が利用することも十分に考えられる。当時、美濃加茂市議会議員であり、市役所関係者等多くの人に顔を知られている被告人にとって周囲の目が気になる場所で、被告人に現金を渡そうと考えること自体が極めて不合理である。

しかも、被告人らが着席したとされる席は、客が近づくことが多いドリンクバー付近であり、さらに店員が頻繁に利用する客席と厨房との出入口の真横の席である。このような席で市議会議員である被告人が、見知らぬ人間と同席して大きな封筒のやり取りをしているというだけで、周囲の客から見られたら怪しまれるのは当然であり、このような場所で、被告人に現金封筒を見せて確認させて渡したとのNの供述は明らかに不合理であり、信用できないものである。
(引用以上)

即ち、中林氏と藤井氏の会合は、賄賂の授受のためといったものではなく、単なるビジネス・ミーティングのためだったということです。それであれば、共通の知り合いである第三者の同席も、藤井氏の利便を考慮して市役所近くのガストを会合場所に選ぶことも何ら不自然ではありません。

中林氏の贈賄供述が不合理であり、信用性が全くないとするならば、なぜ彼は自ら贈賄の罪を着てまで何の恨みもないはずの藤井氏を罪に陥れようとするのでしょうか。

(以下、弁論より抜粋引用)
Nと検察官との間に、融資詐欺の起訴を最小限にとどめることの見返りに、贈賄自白を維持し藤井公判での検察官立証に協力するとの明示又は黙示の約束があり、弁護人の告発によって、4000万円の告発事実についての起訴は行なわざるを得なかったものの、さらに5700万円の追起訴を行えば、量刑が、N が許容できる限度を超え、N が当初の約束を覆し、検察官立証に協力しなくなることを恐れたものとしか考えられない。
(引用以上)

中林氏が合計3億7850万円の融資詐欺を働きながら、検察が当初立件したのは2100万円分だけでした。藤井弁護団の告発を受け、4000万円分は追起訴したものの、その後の5700万円分の告発に関しては、検察は追起訴を見送っています。

弁論の主張する「闇取引」は、不合理な贈賄供述がなされた背景を論理的に説明するものです。またそれ以外の状況では、中林氏の贈賄供述のメリットを説明することは難しいと考えられます。

この弁論での中林氏の贈賄供述の信用性をつき崩す論調は、容疑者を訴追する検察官そのものであり、さすが主任弁護人郷原信郎氏の自家薬籠中の物という印象を受けました。

次回はPart2として、弁論から「藤井氏の無罪性」を読み解きたいと思います。

(注1)
ここをクリック→ #検察なう (442) 「美濃加茂市長事件の構図」

(注2)
この検察主尋問の台本を作成した検察官は、かなりの確率で「隠れホリエモン・ファン」だと見ました。
ここをクリック→ ブック・レビュー 『ゼロ』 堀江貴文著

1/8/2015

















好評発売中!
ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1




ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 美濃加茂市長事件

2015/01/08 Thu. 02:32 [edit]   TB: 0 | CM: 6

go page top

この記事に対するコメント

一般人の心証から言えば

まず有罪などあり得ないのが今回の事件だと思います。

良心に従って判断できる裁判官であれば、これは無罪以外の選択肢は無い筈です。

私が懸念しているのは、検察に対しての配慮と自己保身(最高裁事務局の人事評価への影響)が働き、無理くり有罪ありきで無茶な理屈で有罪へ導かれる可能性が無いとは言い切れない点です。三鷹痴漢冤罪事件の一審の様なトンデモ理論で有罪認定する裁判官がかなりの数で存在しており、今回の裁判も裁判官次第では有罪になる可能性が少なく無いでしょう。

仮に有罪となった場合、後日控訴審で無罪になるとしても被告人である市長に対する政治的、社会的ダメージは計り知れないものになります。今の制度では冤罪被害に対する賠償責任も極めて限定的にしか認められませんから、有罪で失職した事に対する償いもおざなりにされるでしょう。

いい加減、行政機関が刑事司法で生じさせた被害に対する償いについては国会で再度考え直すべきだと思います。また、損害を生じさせた原因を作った公務員に対しても、最低でも人事で左遷されるなり解雇されるなりのペナルティを強化すべきです。

このアンフェアすぎる状況に関しては抜本的に是正されるべきです。

Tri #6Aros7K. | URL | 2015/01/09 Fri. 00:42 * edit *

全く、おっしゃる通りだと思います。私も三鷹バス痴漢冤罪事件のことを考えていました。ご指摘の通り、裁判官次第で、一般人の感覚からするとあり得ない判決が出るのが刑事裁判の怖さです。

一人でも多くの人が刑事司法の現状を理解し、正しい批判精神を持って監視すること。それが我々のできることであり、「情けは人のためならず」だとも考えています。

八田隆 #- | URL | 2015/01/09 Fri. 01:09 * edit *

返信ありがとうございます

裁判官におかしな判決をさせない為には、実際に八田さんが実践された様に様々な手段で裁判自体を衆目に晒す事が大変有効だと思います。

今の裁判制度の問題点の一つとして、裁判所と検察がともに裁判所を密室のままにしたがっている事、公開されているといいつつも実際の傍聴にあたって制限が多い事から、実態が本来の理念からかけはなれている事があると思います。

情報を公開する事でおかしな判決を出したらネットで名前が残ってしまう、というのはやはり不名誉と考える裁判官は少なくないでしょうから、八田さんや郷原先生が実践されている方法は彼らの保身マインドを牽制する意味では効果は期待できると思います。

もう一つ私が最近思うのは、再審問題にも通ずるのですが、裁判官自体の問題です。再審が通らない、国賠での圧倒的な不利はジャッジが最初から政府寄りである事が一番の原因です。この圧倒的不利な前提条件から崩していかなければフェアな裁判などおぼつきません。

これについての一番の処方箋は、本当の意味で裁判官を独立した存在にし、その身分を保証する事だと思います。最高裁事務総局を廃止するか、もしくは人事評価システムを透明化する等、やり様は色々あると思います。今の裁判所は余りにも官僚的、閉鎖的であり、密室のブラックボックスと化しています。この点についてはもっと批判されてしかるべき点だと考えています(残念ながら大手マスコミでそういう論評を見た事がありませんが・・・)

これがいきなりできないとしても、もっと裁判官と国民の交流ができる様に環境整備したり、裁判官の思想、信条、主張の自由をもっと認めるとか、色々できる事はあると思います。

彼らが本当の意味で自己の良心に従って判断し判決を書ける環境が必要です。

Tri #6Aros7K. | URL | 2015/01/10 Sat. 07:09 * edit *

八田さまへ
このスレを見て私も意見を書きたくなりました!このスレ主さんも
裁判に関わったことがあるのでしょうね…日本における刑事裁判の
実態などについて提言されておりますが裁判官だけで解決できないくらい
司法は歪んでいると思っています。
警察・検察の取り調べ段階から問題山積だと思っています。
「疑わしきは罰せず」・「推定は無罪」…こんな言葉もありますが現実は
「疑わしきは罰し」・「推定は有罪」でしょうね…?警察では参考人として
任意で呼ばれた段階から犯人同様の扱いを受けますし、検察に至っては
更に厳しく拷問と感じるくらいの取り調べをします。ストーリー有きで
何が何でも有罪にしようと云う魂胆が丸見えの取り調べです。
そこには真実を探るとか被疑者の言葉に耳を傾けるとか微塵も感じさせない
実態があります。調書さえ取ってしまえば一丁上がりなのでしょうね…
否認なんぞしようものなら制度を旨く利用して長く勾留して保釈も認めず
閉じ込めて諦めさせる。その間にはマスコミを使い世間を誘導し悪人に
仕立てあげる!普通の人間には仮に何もしていなくともそんなに
長く耐えられないですよ!その上に裁判官がおり調書優先で流れ作業のように
有罪決定を下す訳ですから刑事事件に於ける有罪率99.9%と言う数字になって表われてくるのだろうと思っております。取り調べを受ける中で苦しくて
自殺される方も結構いますよね…日本の司法は中世と言う国際的な批判も
ありますが運用する人間の問題もあるでしょうが、組織そのものの
弊害が出ているのだと感じています。厳罰は罪を犯した者に対して
当然行われるべきですが、密室でどのような取り調べを行っているかなど
チェックする機関も必要なのでは…「正義の法の番人」が
取り調べの中で平気で法を犯してる現実にもっと目を向ける必要が
あるのではないでしょうか?裁判官だけの問題では無いような気がして
コメントしました。八田さんはどう思われますか?

#- | URL | 2015/01/12 Mon. 03:46 * edit *

「裁判官だけの問題ではない」

ご批判はごもっともだと思います。

捜査当局がもっと人権に配慮し、公正な取り調べを行えば、捜査当局の訴追を追認するだけの今日の裁判所でも十分機能するというのが、一つの考え方としてあると思います。しかし、これだけ検察批判がされても、彼らが全くと言っていいほど変わらないのは、やはり変わる必要が本当の意味でないと感じているからだと思います。

彼らを変えるために、裁判所が変わらなければならないというのが私の基本的な考え方です。裁判所が変われば、我々が捜査当局を変えようとしなくても、彼らは自らより高い基準に律すると思われるからです。

そうした趣旨で書いた記事が、「時代が判決を導き、判決が実務を変える」です。ご一読頂ければと思います。
http://fugathegameplayer.blog51.fc2.com/blog-entry-520.html

ご意見ありがとうございます。引き続きご注目、ご支援頂ければ幸いです。

八田隆 #- | URL | 2015/01/12 Mon. 04:58 * edit *

同感です

>彼らを変えるために、裁判所が変わらなければならないというのが私の基本的な考え方です。

全く同感です。

人質司法問題、刑事司法の問題については問題点が沢山有り過ぎて時として焦点を絞るのが難しく感じる事もあるかと思いますが、俯瞰して見ると一番に手をつけなければならない山は裁判所なんですよね。

取調べの可視化は別として、証拠開示にしても再審判断にしても、勾留の必要性の判断についても、裁判所の運用次第で改善する余地は十分あるんです。

裁判所を変えるためには、本当の意味で裁判官の独立と中立を確保する取り組みが必要です。任地、人事評価、給料で彼らを統制する今の最高裁事務総局のやり方は即刻廃止しないといけないです。また、裁判官がどの様に登用されるかに注目し、もっとバランスの取れた集団にしなければならないと思います。社会経験の無いまま司法試験に合格してそのまま任用されたケースがほとんどですから・・・・

裁判官をもっと自由にする事(思想、信条、主張の自由)、良心に従って判決を下せる環境を整備する事(最高裁事務総局の廃止か権限の大幅縮小)、ドイツの様に裁判所をもっと開かれた場所へ変える事(国民と交流し議論できる様に)。

これらが実現できたら今の状況も劇的に良くなると思いますが、変化を嫌う裁判所に変化を促していくためにはもっと変革を求める世論が高まらないと難しいですね。

Tri #6Aros7K. | URL | 2015/01/12 Mon. 08:04 * edit *

go page top

コメントの投稿

Secret

go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://fugathegameplayer.blog51.fc2.com/tb.php/804-14f1a993
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

go page top