「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (444) 「美濃加茂市長事件 弁論を読み解く Part2 『藤井氏の無罪性』」 1/12/2015 

#検察なう (444) 「美濃加茂市長事件 弁論を読み解く Part2 『藤井氏の無罪性』」 1/12/2015

前回ブログでは、美濃加茂市長事件の藤井弁護団の弁論を読み解くとして、最大の鍵である贈賄供述の信用性にフォーカスして述べました。

ここをクリック→ #検察なう (443) 「美濃加茂市長事件 弁論を読み解く Part1 『贈賄供述の信用性』」

今回は「藤井氏の無罪性」と題して、そのほかの論点を拾ってみたいと思います。

この事件が贈収賄事件として非常に特殊であるのは、金銭授受が行われたとされる現場が、ファミリーレストラン(ガスト)や炉端焼き店(山家)といった公共の場であり、しかもその会食に第三者が同席しているという点です。

贈賄者としては勿論、収賄する者も、当然金銭授受の場は人目を避けるのが常識であり、そうした状況を作ることに何ら制約がなかったにもかかわらず、衆人環視の状況を選んだというのは異常であり、それ自体がそもそも無理筋と私は感じます。

2回の金銭授受があったとされた場に同席した、第三者T氏の供述は非常に重要です。彼は公判ではっきりと、金銭授受の現場は見ていないし、会食の間離席もしていないと証言しています。これは藤井氏の無罪性を証明するアリバイのようなものです。

彼の公判における供述は以下の通りです(弁論より)。

① 2回の会食で席を外したことはない。この点については、一貫して「席を外してない」と言ってきている。
② 会食の場で席を外す可能性としては、携帯電話がかかってきたり、トイレに行くであったり、ファミリーレストランであれば、ドリンクバーというのがあったりするが、2回の会食の際、いずれの理由でも席を外したことはない。
③ もともとトイレには余り行かない体質で、トイレに行くのは、平均して1日に2回か3回である。また、一般的に、大事な話の前にトイレに行く癖があることを理解したが、山家ではトイレに行っていない。山家には、5、6回行っているが、山家のトイレの位置を初めて知ったのは、平成26年8月頃のことである。
④ 被告人と一緒にいる時間は、Tにとって貴重な時間であるので、仮に大事な電話がかかってきたとしても、その場で出て、後でかけ直すことを伝えるまでで、電話を持って席を外してまでして、携帯電話での会話を被告人との会話より優先することはない。
⑤ 他人の分までドリンクバーに飲み物を取り に行ったことはない。4月2日に3人でガスト美濃加茂店に行った時も、最初に3人でドリンクバーに取りに行って、その後は取りに行ってない。

これは藤井氏の公判における以下の供述とも一致しています(弁論より)。

ファミレスに行った際に、ドリンクバーの飲み物を誰かに取りに行ってもらうとすれば学生時代の後輩と行ったときぐらいで、それ以外は自分で取りに行く。Tと一緒のときは、私が年上の Tの分を取りに行くことはあっても、Tが私の分を取りに行くということはあり得ない。

T氏は10歳以上年下の藤井氏を「藤井君」と呼んでいました。

これに対し、検察官は、1年以上前の会食に関し記憶と推測が混同されており、T氏が「席を外してない」と述べるのは、記憶でなく推測なのではないかと反論しますが、T氏は、「記憶というものは曖昧であろうとも、論理的にもそれであると、基本的に記憶があるというのは変わっていません」、推測ではなく「記憶に基づいた論理的な説明です」「記憶に基づいて、記憶の裏付けでトイレの場所すらも知らなかったということです」と公判で明確に述べています。

弁論でも、T氏の供述の信用性が高いことを評価しています(弁論より)。

Tとしては、限られた短い時間の中で、特に、山家に関しては、被告人と政策論議等を行うという重要な目的を有しつつ、被告人と会っているのであって、会食の際に Tが席を外していないとするのは、当時の状況からして、客観的にも主観的にも、至極当然の言動である。

公判では、離席したことを明確に否定したT氏でしたが、警察・検察の取り調べ段階では、T氏が「金銭授受の現場を目撃していない」と否認を貫いたことから、そのターゲットは離席したかどうかにシフトし、その可能性があったかのような供述調書を取られています。これに関して、弁論は以下のように述べます。

(以下抜粋引用)
検察官としては、Tの取調べを通じて、T自身より「Tが現金授受の現場を見た」という供述ではなく、「会食の際に、席を外した」という供述を引き出すことが最大の目的であったことは明白である。それ故、6月26日の取調べの際、検察官からTに対し「会食の際に、席を外したことがあるか」といった内容の質問自体がなされていないとは到底考えることはできない。にもかかわらず、同日取られた検察官調書には、これに真正面から回答する記載は存在せず、離席に関する記載としては、誤導紛いの卑劣な聴取方法を用いた結果得られた「仮に、Nが藤井にお金を渡しているとするなら、私がトイレや電話などで席を外した際に渡しているのではないかと思います」との記載のみである。

仮に、同日の取調べにおいて、Tが検察官に対し「席を外した」もしくは「席を外した可能性はあります」といった供述をしていたのであれば、それこそ、検察官がまさに獲得しようとしていた供述そのものであるから、そのままを検察官調書に記載したはずである。しかしながら、同調書にそのような記載が存在しないことからすれば、同取調べにおいて、Tは検察官に対し「席は外していない」と答えていたと考えるのが自然である。
(引用以上)

贈収賄の金銭授受現場に同席した第三者に離席の供述を迫るのは、郷原氏がペンネーム由良秀之で著し、WOWOWでドラマ『トクソウ』として放映された『司法記者』の内容を彷彿とさせるものです。未来を予見していたかのような一致ですが、これはつまり、「金銭授受の現場で、第三者に目撃の供述を得られないのなら、離席していたことにすればいい」という検察マインドにおける常套パターンであることを意味していると思います。

あくまで「可能性」の議論ですが、「困難ではあるが、不可能とまでは言えない」という認定を裁判官にしてもらうためには、とにかくゴール前にパスだけは出すという発想です。パスを出さなければ、いかに検察に肩入れする裁判官であってもゴールできないためです。

そのほかの論点として、私は、藤井氏が請託の対象とされる浄水プラントにそもそも積極的であったことは重要だと考えます。藤井氏が、浄水プラントは市にとって有益であると理解し、その設置を働きかけていたということは、賄賂を渡す必要がないことを意味します。

藤井氏が中林氏と初めて会った時の記憶に関する弁論の記述です。

(以下抜粋引用)
被告人は、Nと最初に会った木曽路錦店でのことを比較的明確に記憶している。それは、大学時代から環境を専門分野とし、防災対策にも強い興味関心を持っていた被告人にとって、Nが提案する浄水プラントの性能や効果は興味を引くもので、高い関心を持ったからである。

そして、N から、浄水プラントがすでに岐阜県で2か所取り入れられていることを知って、当時、教育・地方活性化と並んで防災を市議の活動方針としていた被告人は、美濃加茂市でもこの浄水プラントを取り入れることが十分可能なのではないか、それを検討すべきでは
ないかということを、自身の議員活動として主体的に考えた。
(引用以上)

また、もし中林氏が賄賂を贈っていたのであれば、賄賂を贈りっぱなしということはなく、その見返りを求めて、藤井氏に積極的に働きかけるのがあるべき状況ではないでしょうか。

しかし、中林氏は藤井氏が市長に当選して以降、彼がより権限を持つ立場になったにもかかわらず、全く接触した形跡がありません。

(以下抜粋引用)
結局、Nは、浄水プラントの導入に関して、被告人が美濃加茂市会議員であったころには2回にわたって合計30万円を渡しているが、市長就任後にはほとんど接触すらなかったことになる。

Nがめざしていた美濃加茂市への浄水プラントの導入というのは、同市と水源との間でレンタル契約を締結し、同社が安定的な収入を得ることができるようにすることだったのであり、実験プラントを設置しただけでは、水源は先行投資しただけでほとんどメリットがない。

市議時代に、人に知られないように賄賂として30万円の現金を渡した目的が、市長就任後に浄水プラントの導入について便宜を図ってもらうことにあったのだとすれば、Nとしては、賄賂を受け取っていることの弱みに付け込んで様々な要求を行っていくのが当然であり、特に、市当局から、当面は水源がすべて費用を負担する実証実験しかできない、と言われた際には、何とかしてレンタル契約が締結できるよう被告人に働きかけるはずである。ところが、Nはそのような動きは全く行っていない。
(引用以上)

弁論は以下のように結ばれます。

結語
本件は、すべてが作り上げられた犯罪である。Nが被告人に30万円の賄賂を渡したという事実が作り上げられたことのみならず、N が贈賄を自白した動機について、「ゼロになって社会復帰するためにすべてを話そうと思った」などという話が作り上げられて法廷で涙ながらに語り、贈賄供述の経過については、客観的証拠との辻褄合せではなく、自ら記憶を喚起して供述したかのような話が作り上げられ、贈賄立証の支障になる賄賂授受の現場の同席者については供述の変遷が作り上げられ、被告人が行っていない市議会での議会質問が、検察官調書によって作り上げられたのである。

そして、具体的かつ自然で関係証拠と整合するとの贈賄供述の信用性は、連日朝から晩までの取調べや証人テストという、検察官と Nの異常な関係の中で作り上げられたものなのである。

こうして作り上げられた現職市長の収賄事件である本件に対して、裁判所の公正な判断が下され、被告人に対して無罪の判決が言い渡されることを確信するものである。

1/12/2015






















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category: 美濃加茂市長事件

2015/01/12 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 6

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この記事に対するコメント

この事件で

一番幸運だなと思う事は、第三者のT氏の存在であったと思います。

彼の証言を動画のインタビューで見ましたが、かなり説得力があり一般人であれば信用するレベルです。

彼の証言は贈賄側である中林証言と対立するものですが、どちらが信用できるかどうかは誰の目にも明らかです。一方は詐欺罪で立件されて有罪になる被告で、もう一方はまっとなキャリアのある政策コンサルタント。裁判官に一般常識が備わっていれば、どちらを重視すべきかわかる筈です。彼の証言は言ってみれば無実の証明と言っても過言では無いレベルです(まともなに人権を守っている国であれば普通有罪の証明が成立しない時点で無実なんですが、我が国は必ずしもそうでは無い・・・)

この証言の存在がある以上、はっきり言って起訴すら非常識極まりないです。裏を読むと、検察が起訴した動機は

1)政治案件は検察庁内での評価が高い→人事で評価されたい出世欲
2)警察に逮捕させた以上、後戻りなどできない→役所のメンツ
3)いい加減な証拠でも裁判所が有罪にしてくれるだろう。一審で駄目でも高裁ならば検察シンパの裁判官が多いので逆転有罪判決の可能性も少なく無い。

でしょう。

裁判所が普段からきちんと中立・独立を保って検察に大しても毅然としていれば、こんな裁判所をナメた起訴などできる筈が無いのです。美濃加茂市長がこんないい加減な証拠で起訴された遠因は裁判所にあるといっても過言では無いと思います。

Tri #6Aros7K. | URL | 2015/01/12 Mon. 07:44 * edit *

コメントありがとうございます

「裁判所が普段からきちんと中立・独立を保って検察に大しても毅然としていれば、こんな裁判所をナメた起訴などできる筈が無いのです。」

全くその通りだと思います。そしてその裁判所の体たらくを放置しているのが、メディアであり、そのメディアを批判し切れない責任は、結局のところ刑事司法リテラシーの低い我々国民にあるということを痛感しています。我々は自分の首を図らずも締めているのではないかという危機感を持って、ブログを書き続けています。

八田隆 #- | URL | 2015/01/12 Mon. 08:02 * edit *

リテラシーだけでなく国民性も

要因ではないか、と常々思います。

日本人の国民性として他人に迷惑をかけない、というのがあります。目立たない、騒ぎを起こさない、周りと仲良く。空気読もう。わがままを言わない。長いものに巻かれろ。

一種の同調圧力というか、不文律と言うべきか、上記に挙げた例は子供のしつけでも便利ですので、ある種日本人としての一般常識、不文律といって良いと思います。

日本人の美徳といって良い点だと思いますが、遵法精神の高さはおそらくアジア一、もしかすると世界でトップ3に入るかもと思わせるレベルです。マナーを守る、空気を良く読む、なので海外旅行者としても素行が良いと評判なのは確かですし、長所と言っても良いでしょう。

ルールを守る、守らせる事については確かにみんなしっかりしてます。逆にルールを作る過程(国会)について、ルールをどう運用していくか(行政)、そもそもルール自体が妥当かどうか(司法、違憲審査)については驚くほど無関心というか、他人任せではないでしょうか。

本当に為政者にとってこんな良い国民は他に無いですよね。

八田さんにお伺いしたいのですが、私の想像で恐縮ですが、八田さんが国税・検察との刑事裁判で経験した体験を、お住まいのカナダや隣国アメリカでも法曹関係含め色々とお話されたり議論した事ではないかと思うのですが、日本と比較して司法制度の問題への関心や国民性についてどうお感じになりましたか?

私の想像では日本とは真逆の反応をされる事がほとんどかと思います。私は日本と他の先進国の間でのリテラリー、国民性の違いについては常々興味を持っていましたので、もしその体験の一部をご教授頂けたら幸いです。

Tri #6Aros7K. | URL | 2015/01/13 Tue. 01:30 * edit *

確定申告を利用して還付金詐欺を働くような
藤井を市長にしておく美濃加茂市はレベル低いよなあwww

愛国の士 #3/VKSDZ2 | URL | 2015/01/13 Tue. 14:30 * edit *

カナダの司法の状況

興味があって、カナダ(バンクーバー)での裁判を傍聴したことがあります。まず驚いたのは、法廷のドアが開廷中も開けっぱなしであること。廊下から法廷の中がのぞけました。裁判官も普通に廊下を歩いているし(かつらこそかぶっていませんが、日本と同じく法衣を着ています)。オープンというか、カジュアルというか、秘密主義、厳格主義の日本とは随分違うと感じました。瑣末なことですが、それが少なからずのことを物語っているように思います。カナダでも陪審員制度が取られているので、裁判官がより市民感覚に近いのかもしれません。

弁護士の話を聞きたかったのですが、イエローページに載っている弁護士はほとんど民事専門でした。日本よりも刑事弁護と民事弁護が専門化しているようです。そして刑事弁護の場合、多くが国選弁護士のようです。多分、刑事弁護専門で私選でやっている弁護士は相当チャージが高いのだと思います。サービスに対して対価を払う文化は日本にはないですから。

冤罪に対する取り組みは隣国のアメリカの方が進んでいるようです。イノセンス・プロジェクトのように民間機関が数々の冤罪を立証し、確定判決が覆る実績が出来上がっています。検察内部にも、冤罪を検証する部門ができたと聞いたことがあります。

アメリカでは顕在化した冤罪のケースがとんでもなく多いため、そうした取り組みが進んでいるというのも皮肉な感じです。日本においては、冤罪の報道に関してメディアが極端に及び腰なので、議論が高まらないという問題があると感じています。

八田隆 #- | URL | 2015/01/13 Tue. 15:02 * edit *

ありがとうございます

カナダの状況、大変参考になりました。

日独裁判官物語を視聴した時に思った事ですが、日本の裁判所をもっと開かれた場所にする必要があると思います。今のままでは余りにも国民と裁判所との距離が離れすぎています。

今の日本の裁判所は言ってみれば顔の見えない役人の集団と変わりない存在で、行政組織と大差が有りません。裁判官の思想信条の自由と言論の自由を最高裁が厳しく規制しているのも問題です。色々な書物や映像を見て感じた事は、日本の裁判官は非常に孤独な存在だという事です。

彼らは裁判所という名の「村」の中の世界しか知らず、村の外との交流がほとんどありません(検察とは野球大会等で交流が有るそうですが)。しょっちゅう転勤を命じられるので地元住民とのつながりもほとんど無い(家族はそういう訳も行かないでしょうから、結構単身赴任のケースが多そうですが)。要するに井の中の蛙ならずエリートといった所でしょうか。

よって、彼らのマインドは「村」の掟によって厳しく統制されている訳です。村の掟を守らない者には様々な不利益(任地、人事評価、給料での差別)が起こります。村の意に背く思想・信条は許されず、自分の考えを自由に村の外へ発信したり議論する事もタブーです。村の掟に忠実で村の上層部に覚えめでたい村民が順調に出世していきます。

上記の事情もあわせて、日本の裁判所は事件数に対して担当する裁判官の数が圧倒的に足りて無く、実務的にも一件一件丁寧な仕事ができなくなっているのも、大変問題だと思います。予算的に司法に対して割かれている割合は政府予算のわずか1%以下と聞きますので、お金の問題もありそうです。

とにかく、この孤独な裁判官達を最高裁の統制の頸木から解き放ち、思想信条と言論の自由を補償する必要が有るでしょう。これが裁判所をもっと開かれた場所にする事につながると思います。自分の思想信条に従い、自由に主張でき議論できる様になればカオナシから一人の人間へ変わり、もう少し人間味のある仕事をしてくれる気がします。

Tri #6Aros7K. | URL | 2015/01/15 Thu. 07:15 * edit *

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