「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

02« 2017 / 03 »03
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.

#検察なう (445) 「冤罪被害者=Expendable Casualtiesという考え」 1/14/2015  

#検察なう (445) 「冤罪被害者=Expendable Casualtiesという考え」 1/14/2015

今日1月14日は、名張毒ぶどう酒事件の冤罪被害者奥西勝氏の89歳の誕生日です。彼は今日も、八王子医療刑務所で命の最後の灯を点し冤罪と戦っています。

ここをクリック→ 東京新聞記事「奥西死刑囚 小康状態保つ 特別抗告にうなずく」

先週の第8次再審請求棄却に先立つ第7次再審請求においては、一旦再審開始が決定されながら、検察異議申立により決定が取り消されています(注)。

この国の司法が、人の命と引き換えにしてまで守ろうとするものは何でしょうか。私は司法のインサイダーではないものの、冤罪被害者の端くれとして、その答えを求めてきました。まだまだ深淵の極みまで到達できないものの、現時点における私の理解する端緒をシェアさせて頂ければと思います。

人が裁く以上、冤罪を完全になくすことは不可能ですが、それを減らすことはできるはずです。しかし、我が国の司法制度はその努力を完全に放棄しています。

ここをクリック→ #検察なう (364) 「なぜ冤罪はなくならないか」

なぜこのようなことが起こり得るのか。その鍵は、そうでなければ何が起こり得るか、捜査当局・司法当局は何を怖れているかを考えることにあります。

短絡的には彼らの保身と考えがちですが、私はそんなつまらないものではないと感じています。人一人の命よりも崇高なものがあると信じているからこそ、検察官や裁判官は個人の良心を殺しても組織の論理を貫くのだと思います。

それが何かを一言で表すのは難しいのですが、それは彼らの利益というより、彼らの信ずる我々国民のため、この国のためのものだと思います。「正義」「治安維持」「国益」「法制度の安定」といった大きなものを、自分たちが支えているという意識だと思います。

そこでの冤罪被害者は、戦争におけるExpendable Casualtiesと同じだと彼らは考えているのではないでしょうか。Expendable Casualtiesとは、「戦略のために犠牲に供せられるべき戦死者」のことです。言うなれば冤罪被害者は、国家権力にとっての大義名分のための殉死者です。

冤罪被害者の利益は一旦置き、それは社会にとって有益な必要悪でしょうか。それを考えるために、捜査当局・司法当局の目指すところをもう少し噛み砕いてみます。

卑近な例として「検察の理念」を取り上げます。その第三項に

「無実の者を罰し、あるいは、真犯人を逃して処罰を免れさせることにならないよう、知力を尽くして、事案の真相解明に取り組む」

とあります。

「無実の者を罰することなく、真犯人を逃して処罰を免れさせない」というそもそも矛盾律であり、神でもなければ不可能なことを彼らには可能だと国民に信じさせることが、彼らの目指しているところです。つまり、「正義」「治安維持」「国益」「法制度の安定」といった彼らの大義名分は、捜査当局・司法当局の無謬性を国民が盲信することによって成り立っていると彼らは考えていると思われます。

ここには、自由と権利を自ら勝ち取るのではなく、常に上から与えられてきた日本の文化・国民性が大きく影響しているものです。

この捜査権力・司法権力の無謬性という共同幻想が、冤罪被害者というごく一部の人々の犠牲のもとに成り立っているのが、冤罪の構図です。そしてそれは、自分は冤罪とは無関係だと(愚かにも、自戒を込めて)思っている大多数の人々に安心感を与えるものです。

彼らの無謬性、パーフェクトな司法の共同幻想に一役買っているのが、既存メディアです。彼らにとっては刑事司法、捜査当局・司法当局を正面切って批判することはタブーです。本来、ジャーナリストとして権力には批判的であるべきはずなのに、社会の木鐸としての使命を放棄して、権力の広報になり下がっていることは国民にとっての悲劇です。

この状況が社会にとって有益であり、必要悪であるとは私には到底思えません。それは捜査当局・司法当局が過ちを犯した場合において、彼らがそれを自ら正す機会を奪っているからです。これが「引き返す勇気」の欠如の最大の要因だと思います。

非常に大きいテーマです。じっくり考えてみたいと思っています。

(注)
ここをクリック→ #検察なう (339) 「司法の自殺~名張毒ぶどう酒事件で第7次再審請求棄却」

P.S.
3月7日、愛知県弁護士会の主催で、「『新時代の刑事司法』は?」と題して元特捜検事前田恒彦氏と名古屋でパネルディスカッションをします。お近くの方は是非お越し下さい。

ここをクリック→ 愛知県弁護士会「取調べの可視化市民集会」

1/14/2015








好評発売中!
ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1




ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう 刑事司法の矛盾、冤罪と戦う八田隆と全ての人を支援する会






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 刑事司法改革への道

2015/01/14 Wed. 02:48 [edit]   TB: 0 | CM: 2

go page top

この記事に対するコメント

不作為の罪

人を救える手段があると知りながらそれを放置し手段を尽くさない事は不作為による殺人だと思います。その責任は国会、政府、裁判所、メディアのみならず主権を行使してこの問題を解決に向かう様に促さないや我々国民にもあると思います。

尽くすべき手段を尽くさずに治安維持の為の「Expendable casualities」という考え方を検察・警察・裁判所は自己肯定の為に受け入れているのでしょうが、一主権者として私は全く受け入れられません。日本には死刑制度が存続しており、なおさら冤罪防止の為に取り組み事は重要だと考えていますし、非積極的であるにしても冤罪を生む制度的瑕疵を主権者の一人として許容している事実は非常に不快に感じるからです。感情で言えば「許せない」です。理性で言えば「それは社会正義では無い」。

残念ながら現実を見つめると、私の様な考え方は恐らく少数派でしょう。主権者の側から積極的に政府に対して求めていかない限り、司法改革はかなり難しいと思わざるおえません。主権者として政府に文句を言って法律を変えさせた例としては最近では風営法によるダンス規制の件がありますが、最低でもあそこまでのレベルまで世論喚起の機運を上げなければ政府を動かす事は難しいのでしょう。まして行政側の徹底的な抵抗が予想される司法改革では、もっとハードルが高くなる事は必死です。

>捜査当局・司法当局の無謬性を国民が盲信することによって成り立っている
>ここには、自由と権利を自ら勝ち取るのではなく、常に上から与えられてきた日本の文化・国民性が大きく影響しているものです。

幸か不幸か、戦後の日本には隣国韓国の様な政府が組織的に大規模な人権弾圧に伴う住民虐殺をした歴史が無いので、政府に対する信任はアジアでの一番高いレベルです。

>そしてそれは、自分は冤罪とは無関係だと(愚かにも、自戒を込めて)思って
>いる大多数の人々に安心感を与えるものです。

制度的に瑕疵がある事は判りきっているのですから、被害が出る前に対策すべきだとずっと思っているのですが・・・・非常に歯がゆい思いです。一番まずいと思うのは、みんな裁判所とか刑事事件って自分とは無関係と思っている事です。人権問題なんてなおさらでしょう。日々の仕事や生活に追われて考える余裕が無いというのも、まあ理解できなくも無いのですけど、いざ巻き込まれると自分の事ですからね。

主権者としての権利を行使しないで放置しておいて、その果てに権力を暴走させた時に何が起こるのか一度日本の国民はその結果としての地獄を見た方が良いのではないかとさえ、最近思います。身にしみないと自覚しない様な気すらします。

歴史を見れば、韓国では過去に政府・軍による数々の住民虐殺事件が行われており、悪質な事に隠蔽工作までなされています。主権者が政府をコントロールしきれない事の意味は歴史が多くの例をあげて証明していますが、私は日本の国民は一度実体験として経験しないと学習できなのかも、とすら思っています。

Tri #6Aros7K. | URL | 2015/01/14 Wed. 16:17 * edit *

横スレ失礼します。八田さんのブログを見て私もときどきコメントさせていただいております。しかし、関心が無いのかコメントをする方が少なく少々淋しい思いをしておりましたが、一人、二人とコメントを書かれる方が出てきてうれしい気持ちです。冤罪を少しでもなくそうと頑張ってブログを書いておられる八田さんも多くの国民が現在の司法の有り様を理解し司法改革へ繋がって欲しいと願って
いると思います。経験者でなければなかなか書けないと思いますが私も少しでも多くの国民がこのブログを見て現在の司法の現実を
理解していただけたらと思っています。

#- | URL | 2015/01/15 Thu. 02:36 * edit *

go page top

コメントの投稿

Secret

go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://fugathegameplayer.blog51.fc2.com/tb.php/807-6ecce842
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

go page top