「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (446) 「森炎氏著『教養としての冤罪論』解題 (6) ~冤罪ライン⑤ 「自白したから犯人と言えるか」」 1/22/2015 

#検察なう (446) 「森炎氏著『教養としての冤罪論』解題 (6) ~冤罪ライン⑤ 「自白したから犯人と言えるか」」 1/22/2015

犯罪の立証には、「誰が、いつ、どこで誰に対して、どのような行為をしたのか」ということを証拠で裏付ける必要があることはこれまでも述べました。しかし、これらを裏付ける証拠を完全に揃えることは容易ではありません。犯行の一部始終を映した防犯ビデオでもあればよいのですが、そんなものがおいそれと存在するはずもありません。

ところが、いかなる事件においても、捜査のやり方次第で得られる、立証すべき事実のすべてを一挙に証明する証拠があります。それが自白です。

それが「自白は証拠の女王(Confessio est regina probationum.)」と言われるゆえんです。

しかし、周知されているように、自白には大きな弊害があります。自白は全立証対象を一挙に、直接証明することができるほとんど唯一の証拠であるために、何が何でも自白を取ろうということになりがちだからです。

そして森氏は「すべての自白は強要である」と指摘します。以下、抜粋引用します。

「実際問題、社会生活上の儀礼のような丁重なやり取りをしていたのでは、自白する者など出るはずもない。取り調べで容疑者を追い込まなければ、自白など得られない。その意味では、自白には必ず強要の要素が入っている。

日本国憲法は、「強制、拷問・・・・による自白・・・・は、これを証拠とすることができない」と定めている。が、逆に、それ以外の自白は証拠とすることができると読める。つまり、「強制、拷問」に至らなければ、少々厳しい取り調べであっても何ら差し支えないことになる。

そのような理解のもとに、裁判実務では、理詰めで容疑者を追い込んでいくことはもちろん、家族の立場などに言及して精神的・心理的に揺さぶりをかけることなども適法とされている。

さらに、日本国憲法に言う「強制」とは、事実概念ではなく評価概念とされていて、裁判所は、多少の強要の要素ぐらいでは、最終的に「強制」と評価することはない。こうして相当に厳しい取り調べまでが容認される。

逆に言えば、ここから自白のすべての問題が生ずる。自白内容をそのまま容疑者が真情を吐露したものとみなすことはできないのである。それは、多かれ少なかれ、強要の要素のもとに、不本意にも供述させられたものとみなければならない。」

そして森氏は、「自白の冤罪性を減少させるものとして「秘密の暴露」が必要である」と指摘します。抜粋引用します。

「自白の第一性質は、強要の要素と不本意供述性である―にもかかわらず自白を有罪の資料とするのであれば、当人が不本意に述べたものであっても、また、多少の強要によるものであっても、それに影響されずに認め得るような不動の根拠がなければならない。

たとえば次のような事柄である。

容疑者が死体を埋めた場所を自白し、その通りの場所から死体が発見されたとなると、どうか。当人が犯人であることがほとんど確実となる。犯人以外の者が死体の埋められた場所を言い当てられるとは思えない。この場合、当人が殺人犯でない可能性は何かあるだろうか。考えられる他の可能性としては、死体を捨てた死体遺棄の犯人にすぎないことぐらいである。それも、背後関係を調べれば、別の殺人犯人に頼まれて死体を捨てに行った単なる死体遺棄の犯人か、それとも他ならぬ殺人犯それ自身であるかは、自ずと判明し得る。

以上は何を意味しているかと言うと、直接的には、死体遺棄場所についての自白が真実だったことを示しているが、それにとどまらず、犯人としての体験を客観的にたどることができたことをも意味する。

そのため、以上の証明力は、後になって容疑者が「やはり、あの供述はちがう」と言い出したとしても揺るがない。そのとおりの場所から死体が発見されたことは事実であり、犯人としての体験を客観的にたどることができたことは、自白の撤回によっても何ら変わらない。また、たとえ不本意に供述したものであっても、その効果(犯人としての体験を客観的にたどれたこと)は影響を受けない。

上記の点に関する限りは、自白も裁判上極めて重要である。あらためて物証との関係から考察する。発見された死体、凶器、被害品などは物的証拠と言われるが、証拠物そのものとしては、それほど大きな意味を持つわけではない。犯人が誰かという最も肝心な点については、何も語るものではない。

ところが、これが容疑者の自白と結びつくと、前述のような大きな効果を生ずる。容疑者が死体を埋めた場所、凶器を捨てた場所、被害品を隠した場所を自白し、そのとおりの場所から死体や凶器や被害品が発見されたとなると、当人が犯人であることが大きな確実性をもって示されることになる。

このようにして、自白によって物証が生きてくる。自白があることによって、それまで物証だけでは到達できなかった「犯人性」まで立証の効果が伸びてくるのである。

以上のような効果に着眼して、死体、凶器、被害品などの在りかを明かすことは、「秘密の暴露」と呼ばれる。

自白の中の「秘密の暴露」とは、大まかには「犯人しか知らない事柄の暴露」であり、より厳密には「被疑者が供述したことが、捜査官があらかじめ知らなかった事項に属し、それによって真実が判明した場合を指す」と定義されている。

こうして、秘密の暴露は冤罪性を減少させるということができる。」

更に森氏は、「秘密の暴露」にも証明力の違いによって強弱が生じるとします。端的に言えば、捜査側の作為の余地が全くなければ「強い秘密の暴露」と言えるのに対し、捜査側の作為の余地があれば「弱い秘密の暴露」となります。更に、その捜査側の作為が、弁護側の立証活動によって明らかとされた場合、それは「見せかけの秘密の暴露」となり、捜査全体についての不当捜査の推定が働きます。したがって、「見せかけの秘密の暴露」があった場合、犯罪立証は大きく崩れ、冤罪性の減少ではなく、逆に増加の局面になります。

そしてこの章の一番重要なことが最後に述べられています。

「市民裁判論としては、虚偽自白かどうかにこだわるのではなくて、秘密の暴露があるかどうかに着眼し、「弱い秘密の暴露」すらない場合は、自白をすっぱりと捨てるべきなのである。そうしなければ、冤罪性はいつまで経っても解決されない。」

つまり表題の「自白したから犯人と言えるか」に森氏はノーといい、自白に「秘密の暴露」がなければ一切採用しないことが、自白が冤罪につながることを防ぐ方法だと述べています。至言だと思います。

教養としての冤罪論


1/22/2015












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category: 冤罪事件に関して

2015/01/22 Thu. 00:02 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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この記事に対するコメント

「自白」に対する評価

真実追求の姿勢から言えばご意見の通りだと思います。

残念ながら実務の現場では裁判所と検察も、事実と自白の間の整合性が取れている限り、問題視しないのが現実ではないでしょうか。

人の人生を左右する刑事裁判ですので、もっと丁寧にやって欲しい所ですが、事件数に対する裁判官の数が足りていないので事件処理で一杯一杯、そういう突っ込みを入れる裁判官は全体の中で少数の様です。

被疑者が後に自白を撤回したケース等は控訴審で救済されるべきだと思うのですが、ご存知の様に一回自白してしまうと裁判所はその任意性を支持するケースがほとんどで、自白強要があったとしても通らない事が多い。こういう裁判所の運用方針や姿勢も大いに問題ですね。

現状で実現可能性の高い選択肢として思い浮かぶのは、裁判員裁判の対象範囲を拡大して被疑者が裁判員による裁判か裁判官による裁判かを選択できる様にするくらいでしょうかね。(裁判所自体の改革は相当困難が伴うと思われるので・・・)市井の人たちの方が、役人根性に染まった裁判官よりまだいくらか柔軟な判断を期待できると思います。

Tri #6Aros7K. | URL | 2015/01/22 Thu. 04:01 * edit *

警察の言う取調べにおける任意性の正体

自白のトピックついでに、少し思った事をいくつか。

・大阪府警警部補脅迫事件 ICレコーダーで録音された取調べの様子
https://www.youtube.com/watch?v=ubwCEMjKdqY

数年前の事件ですが、これを聞いた時に背筋の凍る思いをしました。こういう取調べが常態化していると知って驚愕の思いでした。

この事件は録音という強力な証拠もあったので特別公務員暴行陵虐罪で告訴されましたが、検察は不起訴にして脅迫事件として格下げした罪状で起訴し罰金刑で終結。普通一般の社会では、こんな不祥事をやったら懲戒免職ものですが、警察は身内にとことん甘いので免職にもならず交通課で勤務を続けているとの事。

この刑事がやった事を実社会で一般人が実践したら立派な脅迫・強要罪ですし、公務という事であっても適法の範囲を明らかに逸脱しています。今現在でも警察の取調べの実態はこれに近い物が少なく無い割合で行われていると思います。

こんな取調べで任意性が有ると言われても・・・・と私などは思いますが、刑事裁判官達は実態を知っているのか知らないのか、仮に被告人が自白の強要を訴えても碌に聞き入れません。

自白は裁判で有利ですから、こういう手法を封じられる事になる可視化には警察は当然反対する訳です。それ以前に自白を強要する行為自体違法なんですが、余程の証拠が無いとこういうケースの様に発覚しないものですから、あまり問題視されない。

今年は法制審が内閣に上げてきた可視化と証拠開示(リスト)の法案が審議されますから、立法の府で不十分に終わった法案の中身に突っ込みを入れて徹底的に修正して欲しいものです。

Tri #6Aros7K. | URL | 2015/01/25 Sun. 01:03 * edit *

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