「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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冤罪ファイル その12 「鶴見事件」 

冤罪ファイル その12 「鶴見事件」

もしあなたが殺されている人を発見したら、どのような行動に出るでしょうか。勿論、ほとんどの人が警察にただちに通報すると思います。しかし、人によっては、巻き添えになることが怖くなって立ち去ることもあるかもしれません。そのタイミングが、被害者が殺害されたとされる時間に近接していた場合、もし後になってあなたがその場に居合わせたことが分かったとしたら、あなたが犯人と疑われることは間違いなく、身の潔白を示すことは容易ではないかもしれません。

その場合でも「巻き添えになることが怖くなって立ち去った」ということはある程度、納得できる言い分だと思われます。しかし、もし現場にあった相当額の現金を持ち去っていたことが分かったならば、「殺人に関して自分は関与していない。お金は自分が盗ったが、殺したのはほかの者だ」という言い分が通ることは絶望的だと思われます。

これは森炎氏の『教養としての冤罪論』の中で、冤罪ラインの一つの類型として挙げられているものです。

ここをクリック→ #検察なう (421) 「森炎氏著『教養としての冤罪論』解題 (2) ~冤罪ライン① 「犯人と第一発見者はどうやって区別するか」」

それが実際に起こったのが、ここで紹介する鶴見事件です。被告人の高橋和利氏の死刑判決は確定し、現在収監され再審請求中です。

この事件で特徴的なのは、高橋和利氏と主任弁護人の大河内秀明氏がいずれもこの事件に関する本を出版し、高橋氏の無実を訴えていることです。

高橋和利氏著『「鶴見事件」抹殺された真実 私は冤罪で死刑判決を受けた』

高橋和利

大河内秀明氏著『無実でも死刑、真犯人はどこに』

大河内秀明

<事件経緯>
1988年6月20日午後2時半頃、神奈川県横浜市鶴見区で、金融業と不動産業を営む朴氏(仮名、当時65歳)と妻(当時60歳)が、事務所奥の和室で頭から血を流して殺害されているのを、訪ねてきた知人のタクシー運転手が発見し警察に通報した。

通報を受けた鶴見署が現場検証を開始すると、現場には争った跡や物色した跡がなかった。また夫婦の遺体は、鈍器で頭部を殴打され、刺し傷も50ヶ所もあったことから、怨恨による犯行を視野に入れて捜査を始めた。

その後警察は、当日に夫が銀行から引き出した現金1200万円を入れていた黒鞄と、通帳及び印鑑を入れていつも押し入れに保管していた布袋が無くなっていることをつきとめた。そこで怨恨と強盗の両面で捜査を行うとともに、夫の仕事関係や交友関係の身辺調査を始めた。

すると、犯行当日の午前中に電気工事業の高橋和利氏(当時54歳)が夫の事務所に訪ねてくる予定だったことが判明。警察は、高橋氏に事情聴取すると、「午前11時前に、資金融資の件で事務所を訪ねたところ、夫婦が血を流して死んでいた。傍らに、現金が入っていた袋があったので出来心で奪って逃げた。当時、事業が芳しくなかったので、つい魔がさした」と供述した。このため警察は7月1日に高橋氏を逮捕。だが、高橋氏は殺害に関しては当初否認していた。

高橋氏本人の言葉で描いた当日の模様を、彼の著書から抜き出してみます。

(以下『「鶴見事件」抹殺された真実』より引用)
当日私は、被害者である梅田商事社長の朴さんから融資を受ける予定になっていました。午前10時30分頃確認の電話を入れ、約25分後に事務所を訪れた時には、社長と奥さんは既に死んでいたのです。

約30分前に電話を入れ、私が来ることは分かっている筈だし、外にも、不意に訪れる客もあろうかと思われるのに、いつも一緒にいる二人の姿が見えない。おかしいな?と思いつつ、座敷に向かって「社長。こんにちは」と声を掛けてみたが応答がありません。急用でもできて二人とも外出したのだろうか。それにしては鍵も掛けずに無用心な、と思いながらも、とにかく待たせてもらおうと思いソファーに座ろうとしたとき、奥の六畳間から、出かかった咳を途中で止めたような、何かにむせたようなくぐもった感じの音(声か)がしたのです。

誰かいるのか?そんな感じがして耳を澄まし、少しのあいだ奥の様子を窺っていたのですがそれっきり何の物音もしません。不審に思い、「社長!」と再度呼んでみたけれど応答はなく、静まりかえったままです。

私は思いきって、事務所と奥の六畳間の仕切りになっているカーテンの裾を少しだけ上げてみると、いきなり人の足の裏が目にとびこんできたのです。びっくりしてカーテンを放しました。

しかし、間もなく私が来ることが分かっていたし、ほかにも来客があるかもしれないこの時間に、まさか昼寝はないだろうと思い、今度はカーテンを上の方まで上げてみました。するとそこには、二人が仰向けの状態で横たわっていたのです。

社長は私がいる方に足を向けて大の字に、その奥に社長とは逆に頭をこちらに向けて奥さんが横たわっていました。

この時点では、異常は感じたもののまさか死んでいるとは思えず、もう一度、「社長!奥さん!」と呼んでみましたが、二人ともまったく反応がないのです。

この時、社長の足を持って揺すったような気がしているのですが定かな記憶ではありません。

とにかく、これは只事ではない!そう感じて靴を脱ぐのも忘れて、咄嗟に一段高くなっている六畳間へ膝から飛び上がり、そのまま四つん這いの格好で社長に近づき、体を揺すったり頬を叩いたりしてみましたが、いくらか体温は残っているものの呼吸は完全に停止していました。

それでも、社長の耳元に口を近づけて大きな声で呼んでみたけれど、びくりとも反応はなかったのです。ただ口の端から細く血が一筋出ているのを見ました。それを見て一瞬、服毒の二文字が頭の隅をかすめました。

これは大変な事だ!と思い奥さんの所に這っていき体を揺すったり頬を叩いたりすることを続けましたが、まったく反応がありません。それでも死んでいることが信じられなくて、更に社長の方へいき、また奥さんのところに戻り、同じことを繰り返したけれど、やはりふたりとも息はしていませんでした。

ふたりとも死んでいる!そう分かった途端、体が硬直し、パニックで頭の中が真っ白になって何がなんだか訳が分からなくなって、這った状態のままふたりを交互に見ながら、なんだか気が抜けてしまった感じでした。

人が二人も死んでいる場所に足を踏み入れてしまったのです。人生で初めての経験に驚きが大きすぎて、ふたりがなぜ一緒に死んでいるのかなどと考える気持ちの余裕などまったくありませんでした。

どうしたらいいのだ・・・・少しの間、呆然自失の状態でしたが、はっと我にかえり、とにかく110番しなければと思い立ちあがったのですが、足腰が萎えてしまった感じで力が入らず、一歩踏みだすと足がもつれて、つんのめるようにパタッと四つん這いの格好で倒れ込んだとき、シャツの胸ポケットからタバコとライターが前方へとびだしました。私は這いずるようにしてタバコを拾い、その先のライターをつかんだとき、目の前の事務机の脚下の少し奥の内側の所に、半透明のビニール袋(当時スーパーなどで使っていた手提げ式のレジ袋)に入っている札束らしき物が目にとまりました(このとき、もしも私が倒れることなく立っていたとしたら、おそらくビニール袋は目に入らず、したがって札束に気付くことはなかったと思います)。這い寄って袋の口を開いて確かめると、それはかなりの量の札束でした。それを見て、夢の中から現実に引き戻されたような感じになり、体がふるえました。その時、社長と奥さんのことは頭から消えていたのかもしれません。

資金繰りに困り、この日、融資を受けることになっていた私は、その札束に目が眩み、110番しようとしていた気持ちはどこかへ飛んでしまい、前後のことも考えずに結果として、そのお金を持ち逃げしてしまったのです。

<裁判経緯>
1988年7月 強盗殺人罪の容疑により起訴
1988年11月 横浜地裁で初公判(杉山忠雄裁判長)
1992年12月 第31回公判以降、杉山裁判長から上田誠治裁判長に交代
1995年6月 第57回公判、結審、上田裁判長の定年退官が8月に迫っていたため、論告求刑と最終弁論が同日に行われた
1995年9月 第58回公判、7年に及ぶ審理を経て判決、死刑宣告(中西武夫裁判長代読)
死刑が言い渡されるときだけは、主文は判決朗読の最後に宣告されるのがならわしだが、本件ではそれを破って主文の朗読が冒頭に行われた、弁護側控訴
1999年6月 4年を経て東京高裁で審理開始(荒木友雄裁判長)
2001年3月 第12回公判以降、裁判長は一審判決を代読した中西武夫裁判長に交代
2002年10月 第24回公判にて控訴棄却(中西武夫裁判長)、弁護側上告
2006年3月 最高裁は上告棄却 死刑判決が確定
現在再審請求中

この事件の裁判で特異なことは、弁護団は弁論で、ほかの二人の人間を名指しで真犯人とし、高橋氏の無罪主張をしていることです。ここではその内容には触れませんが、上記の高橋氏、大河内氏の2冊の著書でも、その二人の真犯人に関する記述に相当量を割いています。

夫婦殺害が高橋氏の犯行であるとすれば矛盾があるというだけではなく、ほかの者にも犯行の可能性があるとなれば、推定無罪原則により無罪が主張できることは当然です。しかしながら、真犯人と考えられる人物を名指しで主張することに、裁判官がどのように感じたかは非常に興味深いところです。

<争点>
主たる争点には2点あります。それは二人の殺害の順序(二人同時なのか、別々なのか、別々とすればその順序)と、凶器です。

高橋氏は逮捕後に、犯行の自供をしています。しかし、その自供で述べられた二人の殺害の順序と凶器は、共に公判で事実とは異なることが明らかにされました。警察の見立て通り(しかし事実とは異なる)自白が強要されたことは言うまでもありません。そして自白が事実とは異なるということを裁判所自身認めながらも、死刑判決を下したのがこの事件です。

犯行現場は、座卓、茶箪笥ほかの什器備品が所せましとあった事務所の奥の狭い六畳間でした。それらが整然としており、争った形跡がなかったため、顔見知りの犯行と推定されました。それでも、もし二人同時に部屋にいるところを襲う場合、部屋を全く荒らすことなく単独犯が二人同時に殺害することは不可能です。

つまり可能性としては、「単独犯の犯行であれば、二人が別々に殺され(これを弁護団は「異時殺」と呼んでいます)、一人が外出している時に一人が殺され、その後、戻ってきたもう一人が殺される」というケースか、「複数の犯人が夫婦それぞれを制圧しながら殺害する二人の同時殺」というケースになります。

警察の見立ては当初、複数犯であり、そのように報道もされましたが、高橋氏が捜査線上に浮かび、共犯の可能性がなかったことから、警察の見立ても単独犯に変わりました。

犯行時間の特定は以下の通りです。

単独犯による二人が別々に殺された「異時殺」となると、夫婦のどちらかが外出をしていることが必要になります。

夫は、事件当日の午前中に、事務所から自転車で10分弱の銀行に行き、1200万円を引き出しています。銀行には10時15分ないし20分頃から5分程度いました。つまり夫は10時5分頃から10時35分頃までの間事務所を空けていました。

しかし、検察はこの間に妻が殺されたという主張はしていません。なぜなら、高橋氏にはその間のアリバイがあるからです(複数の人間と電話で会話)。

夫が最後に目撃されたのは10時40分前後、事務所前の路上で隣人と顔を合わせ、挨拶をしています。

午前11時過ぎ、事務所に書留郵便を届けに郵便配達人が訪れていますが、声がなかったため不在と思い引き返しています。

この約30分前後の間に、夫婦は殺されたとみられています。検察の主張は、夫が事務所に戻った時には妻が外出しており、まず夫が殺され、その後、妻が殺されたとするものです。

この検察主張は、妻が外出していたことを前提にしていますが、妻は脚が悪く、外出も控え気味で、歩く速度も人の半分程度でした。そして近所では顔見知りが多い妻が外出していたとする目撃者はおらず、訪れる可能性のあるところに聞き込みをしても彼女の外出の事実は確認できませんでした。裏付けのない検察の主張に反して、妻は外出していなかった可能性が高いと思われます。

弁護団は、一審においては主に、妻が先に殺害された異時殺の可能性を主張していました。遺体発見時には、妻の遺体は夫と共に部屋の畳上にありましたが、部屋に隣接する便所内に多量の血だまりがあったため、「異時殺の場合、犯人は先に殺された妻を便所内に隠した」としたものです。そして妻が殺害された夫の外出時には、高橋氏のアリバイがあるため、それを無罪主張の理由としたものです。

しかし、高橋氏の説明にもあるように、1200万円は部屋の机の下にあり、夫が銀行から帰った後に居間に上がったことを物語っています。それでいながら、その居間でわずかの時間の前に妻が血みどろで殺害され、便所に隠されていたことに夫が全く気付かないというのも不自然です(弁護団は、その場合、犯人はまだ事務所にいて「奥さんは外出した」と言い繕ったと考えました)。

弁護団は、控訴審においては、異時殺の妻先行殺害説を捨て、夫婦が一緒にいるときに殺害された同時殺しか考えられないという主張に変えました。その上で、単独犯による同時殺は、現場の状況に照らして考えられない、ゆえに高橋氏は無罪であると主張しました。

一審裁判体は検察主張の夫先行殺害説を認定しましたが、控訴審裁判体は、異時殺は想定し難く、想定しうる殺害様態は同時殺であると認定しました。しかし、高橋氏の無罪を意味する複数犯の犯行ではなく、妻が便所に入った隙を狙って夫を攻撃したとしたら、「本件犯行が単独犯でも遂行不可能であるとまでは認められない」と判示して、高橋氏を犯人であると判決を下しました。この控訴審の判決は、推定有罪の論理以外の何物でもないことは論を待たないと思います。

凶器に関して、高橋氏は自白時に「バールとドライバーを用いて殺害した」としています。しかし、これは検死段階で検視医が鈍器による打撲はバールによる可能性が高いとしたため、警察はその検死結果に沿うよう自白を強要したものです。また高橋氏が電気工事業だったことから、刺し傷を業務で使うドライバーとしました。

自白の内容は、まさにそうした警察の当初の見立てに沿ったものでした。

しかし、一審が始まり、弁護団の依頼した現場法医学の権威である鑑定医は、凶器がバール及びドライバーであることを否定する鑑定をし、その鑑定が証拠採用されました。判決においても「すべての傷を明快に説明しているとは到底いえない」と、供述とは別の凶器による犯行の可能性を指摘しました。それでいながらも裁判所の判決は、高橋氏の死刑でした。

裁判所が、高橋氏を強盗殺人犯と断定した最大の根拠は、高橋氏が虚偽の融資話を持ち掛けていた点にあります。犯行当日に引き出された1200万円は、その虚偽の融資話のために用意されていたものです。

裁判所の認定は、「初めから大金を奪うつもりで虚偽の融資話をもちかけ、相手に融資金を用意させ、預金を下ろしたところを見計らって襲い、当初の目論見どおり、まんまと大金を現金で手に入れた」というものです。

高橋氏の「融資を受ける予定で訪ねたところ、夫婦が殺害されているのを発見し、融資金として用意されていた現金をとっさに取って逃げてしまった」という供述を、その融資話に虚偽が混じっていることをもって全て虚偽であると裁判所は判断しました。しかしここでの問題は、「融資話に虚偽が混じっていたことをもって、その供述全体が虚偽であり、強盗殺人犯と言えるか」という点にあります。

<論評>
あらためて事件を俯瞰すると、強盗殺人と、強盗と殺人が別々に行われたという認定の差は非常に微妙です。

妻の数多くの刺し傷は、確かに怨恨を思わせるものですが、現場から大金がなくなっている以上、事件の引き金はやはりその現金奪取にあったと考えられます。高橋氏は、当日多額の現金を被害者が持っていたことを知っており、しかもその現金は彼が虚偽の融資話をもって被害者に用意させたものです。つまり動機から言えば、当時事業に行き詰まり資金難であった高橋氏は、事件に一番近いところにいたと言えます。

そして彼が、犯行があったと思われる時間と非常に近接したタイミングで被害者と接触があったことは疑いようのない事実です。状況証拠が揃っており、高橋氏を有罪とする積極証拠だけを評価すれば有罪の可能性は高くなります。しかし私は、それは誤った事実認定だと考えます。

裁判官はいかにして誤った事実認定に陥ったか。

まず、高橋氏は自白をしていますが、その自白に「秘密の暴露」はありません。

「秘密の暴露」とは、自白に含まれる真犯人しか知り得ない事実です。そして、それを裏付ける捜査の結果、事実に間違いない確証が得られれば、自白の信憑性の証しとなる重要な要素です。

事件の犯行現場からは、夫が銀行からお金を入れて戻った黒い鞄と、重要書類や通帳を入れた布袋がなくなっていました。特に、布袋は六畳間の押し入れにいつも納められていましたが、事情に精通していなければ、その布袋の存在や置き場所は知りようがありません。高橋氏は被害者夫婦とは知り合ってわずか1ヵ月程度であり、そうした事情は知ることはなかったものです。

検察による高橋氏の取り調べでは、この黒い鞄と布袋に関して集中し尋問されました。その供述があれば、「秘密の暴露」として高橋氏が犯人であることを立証できるからです。高橋氏は、警察の強要により殺人は認めてしまったものの、この黒い鞄と布袋に関しては一貫して全く知らないと主張し続けました。

もし高橋氏が犯人であれば、核心の殺人に関しては認めているのに、瑣末な事柄である黒鞄・布袋を徹底して知らないと押し通すことは実に不自然です。

また、自白の中の殺害の順序や凶器が事実と異なると認定されたことは、「無知の暴露」に当たります。実際に現場にいなかった捜査官が想像で作ったストーリーは結局のところ現実の状況とは合わず、矛盾する部分が生じます。自白の中にこうした矛盾が含まれていれば、その自白は捜査官の誘導に基づくもので、犯行の現実を知らないという「無知」性が暴露されてしまうものです。これが「無知の暴露」です。

「秘密の暴露」がないことにより、自白の信用性が著しく低下するのみならず、「無知の暴露」により、その自白は高橋氏が犯人ではないという裏付けにすらなります。

そして最大の事実誤認は、犯行様態を、一審では単独犯の異時殺、控訴審では同時殺ながら依然単独犯としたことです。この事件は複数犯の同時殺でしかありえないものでした。

控訴審では、単独犯と同時殺という本来両立しないことを認定するため、「妻が便所に入った隙を狙って夫を攻撃したとしたら」という無理やりな仮定をしなければならず、それが推定無罪原則の無視であることは明らかです。

弁護団は、「妻が便所に入った」という可能性を打ち消すため、上告の際、妻の検死解剖における残尿量を証拠として提出しました。妻の遺体に残された残尿量は50ccで、それは排尿後とすれば多過ぎ(排尿後の平均残尿量は5-10cc)、排尿前とすれば少な過ぎ(尿意を催す「最小尿意」は 100-150cc)です。しかも遺体のズボンのウェスト部のボタン、前ファスナーは完全に閉まっていました。それは、ドアのすぐ向こうで夫が殴打されている異常を感じた気配が全くないものでした。しかし、最高裁は、弁護団の上告は上告理由に当たらないとして、実質的な証拠調べをすることなく上告を棄却しました。

弁護団が主張したほかの真犯人とは、高橋氏以外に、当日現金がその場にあることを知ることができ、動機があり、アリバイはなく、現場から持ち去られたと思われる重要書類や通帳を入れた布袋の存在や置き場所を知っていた人物でした。しかし、高橋氏が現金を持ち去ったことが明らかとなり、強盗殺人犯と目されて以降、彼らに捜査が及ぶことはありませんでした。

無実の罪で死刑宣告を受けた人間の精神状態は、我々の想像を絶するものだと思われます。そして高橋氏は、今も獄中で雪冤を期して臥薪嘗胆の日々を送っています。

彼の著書の末尾に書かれた、彼の魂の叫びをお読み下さい。

(以下『「鶴見事件」抹殺された真実』より引用)
始めに有罪ありきで、裁判では地裁から最高裁までが一貫して、真実を見極めようとする機運もなかった。

権力を握る者には無類の残忍さと狡猾さがある。保身と栄達のためとあれば何人でも死刑にする。最近の死刑執行の事実がそれを証明している。その異様な自己保身への執着が、法と正義をねじ曲げるのだ。

「権力はつねに悪を生み、権力のあるところにはつねに腐敗がある」と言った人がいる。その通りだと思う。

歪んだ正義を振りかざして無辜を断罪し、自らを法の守護神と公言してはばからない司法権力者らのどこに正義があり法の精神があるのか。正義などというものは国家権力の中には存在しないのだと思う。

警察にも、検察にも、裁判所にも、そこにはそれなりの機構というものがある。そうしなければ崩壊しかねないという危惧があるからだろう。

下級審の判断がまちがっていると判っても、それを積極的に正そうとする裁判官が果たして上級審に何人いるだろうか。

検察と裁判。この一つ穴に棲息する権力者たちは、ひとりの人間の魂の叫びなどには洟もひっかけはしない。挫折を知らず、人の心の弱さがわからない裁判官は、「ウソの自白をするはずがない」と単純に考え、目の前で必死に訴える被告人よりも、取調官が、「密室」で作った自白調書を安易に信じてしまう。その方が仕事が楽だからだ。

真実は裁判官が明らかにしてくれるなどというのは幻想なんだということを、この18年間の裁判を通して思い知らされた。

最高裁が棄却し圧殺したのは、「鶴見事件」ではなく、実は司法の正義と独立であり、法曹の良心ではなかったのか。

政治の怠慢と司法の傲慢が、人間と人権を殺し続けている。それがこの国の現実なのだ。

無辜を殺して誰が責任をとるのか。死刑を止めよ!

参考文献
高橋和利氏著『「鶴見事件」抹殺された真実 私は冤罪で死刑判決を受けた』
大河内秀明氏著『無実でも死刑、真犯人はどこに』
森炎氏著『教養としての冤罪論』












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category: 冤罪ファイル

2015/01/28 Wed. 11:19 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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この記事に対するコメント

合理的疑い

概要を読んで高橋氏を犯人とするにあたり論理的にいくつか納得の行かない点が有ります。

1)当日訪問のアポイントメントを取った人物が、その場所で2人も殺害するのは理解しがたい。警察の捜査が入ればすぐに関係者として浮かび上がる事は容易に推察できた筈。
2)仮に訪問中に何らかの理由で激高し衝動的犯行に及んだとして、アポントメントの時にドライバーやらバールを携帯していたとするには違和感を覚える(普通1000万もの融資をお願いする時に工具など会談場所に持ち込まないでしょう。スーツかジャケット+ビジネスバッグの軽装が常識だと思う)
3)ご指摘の通り秘密の暴露が無い。彼以外の人間でも犯行は可能な状況だった
4)消えた鞄と布袋 ー 被害者は金融業を営んでいるという事で、債権に関わる金銭的トラブルが存在していた可能性を考えると、動機として金銭トラブルによる計画的殺人は十分に考えられる。鞄と布袋が持ち去られたという事は、借用書がそこに保管されていると考えて持ち去られた、という仮説も成立する。
5)当日被害者が多額の現金を所持していた情報が被害者と高橋氏の他に居た、という事はその現金目的の強盗殺人という仮説も成立する。

全て直接的証拠では有りませんが、死刑判決に対する合理的疑いを持たせるには十分だと思います。

しかしながら、この裁判で高橋氏にとって非常に不利な点がいくつか存在します。

1)高橋氏が事件現場を目撃しておきながら、通報を怠った事
2)高橋氏が現場から現金を持ち去ってしまった事
3)後に撤回はしたが、いったん自白をしてしまった事

この3点は、もの凄く裁判官の印象を悪くした事は疑いないでしょう。特に2)と3)が致命的で、殺人の罪を逃れるために窃盗しただけにして言い逃れよう、という風に考えられたのではないでしょうか。自分で犯行に及んだのだから1)の様に通報などする筈が無い、とか。

この3点が無くても無罪になる確立は正直五分五分という所で、3点が加わった事でほぼ完全に裁判官の心証がクロに染まったと想像します。

とはいえ、後に自白を撤回して無罪を訴えていますからね・・白鳥決定の基準で見ればこの事件は十分再審に値すると思うのですが・・・

・再審報道の度に思うのですが、再審の判断を同じ裁判所に訴えるこの制度は設計的に無理があると思います。あの『村』社会で同僚裁判官の背中を刺す様な事は誰もやりたがらないでしょう。運良く左よりか、もう退官するから先のキャリアなど全く気にしない、という裁判官に運良く当たらない限りは厳しいと思います。今の制度では判断に迷う様な案件でも、そも中に一部でも再審にしなくても良い理由があれば、彼らは積極的にそれを採用して再審を却下すると思います。

いっそのこと検察審査会の様に一般から選別した国民で構成する再審審査会をつくり、そこで判断させる方が良いと思います。

Tri #6Aros7K. | URL | 2015/01/29 Thu. 04:38 * edit *

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