「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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冤罪ファイル その13 「恵庭OL殺人事件」 

冤罪ファイル その13 「恵庭OL殺人事件」

この事件は、当時29歳の普通のOLが、三角関係を動機とした殺人犯とされ、彼女が相手女性にかけた無言電話をその殺意の証拠として懲役16年の刑を受け、2000年5月の逮捕以来現在も収監中のあまりに不運な冤罪事件です。

被告人自ら、いくつかの重要な事実を公判直前まで弁護人にも隠していたことが裁判官の心証を悪くし、杜撰な事実認定を招きます(そしてその杜撰さは常識外れです)。更に由々しいことは、警察の初動ミスと検察による悪質な証拠隠しが冤罪の重大な原因となっていることです。

警察の初動ミスは、被告人を決め打ちにして捜査対象を早くに絞り過ぎたため、真犯人を探す努力を当初から放棄したことです。有罪判決となった一審において検察によって隠蔽された証拠のいくつかは、その後控訴審あるいは再審請求審で開示されたものの時すでに遅く、控訴審でも有罪が覆ることなく、再審請求審も棄却されてしまいました。それら証拠は被告人のアリバイを証明するものであるため、一審段階で開示されていれば、無罪の可能性は非常に高かったと感じます。

判決における事実認定は、次の通りです。

「片手でどんぶりも持てない小柄で非力な女性が、被害者に怪しまれることなく車の運転席から後部座席にいつの間にか移動し、自分より体格、体力のまさった被害者を、後方から、ヘッドレスト等に妨げられることもなく、やすやすと、また、一切の痕跡を残さず絞殺し、自分より重い死体を間髪容れずに抱えて車両外に下ろし、きわめて短時間のうちに、そしてわずか10Lの灯油で、内臓が炭化するまで焼き尽くし、さらに街路灯もない凍結した夜道を時速100kmで走ってアリバイ作りをした」(瀬木比呂志『ニッポンの裁判』より)

その事実認定を評して、元裁判官の法学者瀬木比呂志氏は以下のように述べています。
「再審請求棄却決定の後、報道をみると、種々不審な点があり、学者の同僚たちからも同様の意見を聴いたので、つてを頼って決定のコピーを至急取り寄せ、関連の書物や記事等についても読んでみた。その結果は、唖然とするようなものだった。

民事系の裁判官であった私の民事訴訟における感覚からしても、検察が証明責任を果たしているとは思えない。まして、これは、民事よりも証明度のハードルが高い刑事訴訟なのである。しかし、この事件に携わってきたすべての裁判官たちは、そのような不十分な立証によって有罪を認めてきたのだ。

「本当にこの証拠で有罪にしたのか?また、再審開始もできないというのか?刑事裁判というのは、一体どういうことになっているのだろうか?」

それが私の正直な感想であった。」
(瀬木比呂志『ニッポンの裁判』より)

この事件の一審からの主任弁護人である伊東秀子弁護士は、上告棄却により刑が確定後、6年を経て『恵庭OL殺人事件 こうして「犯人」は作られた』を上梓しています。

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ここをクリック→ Amazon 『恵庭OL殺人事件 こうして「犯人」は作られた』

<事件経緯>
2000年3月17日午前8時過ぎ、北海道恵庭市郊外の人気のない農道で、幼稚園の送迎バス運転手が、走行中に路肩に黒っぽいものがあるのを見つけた。運転手の女性は園児を出迎えた主婦に確認を依頼し、主婦が車で現場を見に行くと、それは人間の焼死体であることがわかった。

仰向けの遺体は、タオルのようなもので目隠しされており、右腕は「くの字」に曲げ背中の下にあった。全身の表面から内臓まで完全に炭化しており、特に頸部と陰部の炭化がひどかった。男女の区別も難しい無残な状態だったが、胸部周辺にブラジャーのワイヤーのような残焼物が確認され、女性だと推測された。股関節は左右に開脚した状態だった。死因は頸部圧迫による窒息死。絞殺後に焼かれたものと見られた。

まもなく遺体は、前夜に同僚と一緒に退社したまま行方がわからなくなっていた千歳市のキリンビール工場敷地内にある日本通運事業所に勤務するOL橋向香さん(当時24歳)とわかった。橋向さんは当時、自宅から勤務先まで約30分の道のりを車(三菱パジェロ・ジュニア)で通勤していたが、職場の同僚たちによると、行方が途絶えた16日は夜9時30分頃に残業を終え、事業所をあとにしていた。

一方、事業所から約20km離れた遺体発見現場周辺の捜査では、この日の夜11時過ぎに炎が上がっていたと複数の住民が証言。つまり被害者は夜9時30分頃に会社を出た後、2時間もしないうちに殺害され、死体に火を放たれていたのである。

死体の身元判明後、橋向さんの周辺への捜査が慌ただしく進められる中、ほどなく警察の疑いの目は一人の女性に集約される。それが、同じ事業所で橋向さんと一緒に働いていた先輩OLの大越美奈子さん(当時29歳)だった。彼女が浮上したのは、同僚の証言から、橋向さんと同じ会社に勤める男性との間の三角関係が明らかにされたからだった。

4月に入って、道警は大越さんを任意聴取。否認を続ける大越さんに対する警察での取調べは過酷を極め、大越さんは取調べ中に失神し、医師の診断で入院を余儀なくされるほどだった。1ヵ月の入院の退院翌日、大越さんは殺人と死体損壊、遺棄の容疑で逮捕された。

ここをクリック→ 犯行現場(「恵庭市北島39番地(先市道南8号路上)」逮捕状より)のGoogle Mapsストリートビュー

<裁判経緯>
2000年10月  逮捕から5カ月後、札幌地方裁判所にて初公判(佐藤学裁判長)
2001年2月   接見禁止が一部解除され、約9ヶ月ぶりに家族と面会が許される 
2002年4月   第35回公判 遠藤和正裁判長に代わり、更新手続きが行われた
2002年9月   約2年4ヵ月ぶりに接見禁止が解除される
2003年3月   第46回公判において有罪判決、遠藤裁判長は懲役16年を言い渡す
2004年5月   控訴審初公判(長島孝太郎裁判長) 
2005年9月   控訴審第13回公判において、長島裁判長は控訴棄却
2006年9月   最高裁(島田仁郎裁判長)は上告を棄却
2006年10月  弁護側異議申立が棄却され、一審判決の懲役16年が確定
2012年10月  再審請求    
2014年4月   札幌地裁(加藤学裁判長)は再審請求を棄却

一審、控訴審での公判には毎回多数の支援者が傍聴し、その模様をブログで克明に報告したことに検察は相当神経質になっていたようです。被告人となった大越さんを必死で支えようとする支援者の思いが痛烈に伝わってくる毎公判の傍聴記です。検察も、仕事とはいえ冤罪製造犯とされ複雑な思いだったことだと思います。

<争点>
この事件においては、要証事実を直接立証する証拠はありませんが、間接事実を証明する間接証拠(情況証拠)は多々あるとされます。逮捕後、マスコミのリーク報道が過熱する中で、道警本部の捜査課長は「証拠は山ほどある。どの証拠も彼女の方を向いている。すべての証拠は真っ黒けのけだ」と言ってのけました。

しかし、その「真っ黒けのけ」の間接証拠は、公判がすすむにつれ、「被告人が犯人でなくても合理的に説明できるものであり、それだけでは犯人の可能性があると言えるに留まる」ものであると明らかにされていきます。しかし、偏見を持った裁判官の心証を変えることはできず、推論に推論を重ねた上での有罪判決がなされ、それが上級審で覆ることはありませんでした。

冒頭に「被告人自ら、いくつかの重要な事実を公判直前まで弁護人にも隠していた」と述べましたが、多くの間接証拠の中でも、特に重要と思われるものが、被告人が隠していたとされる、被害者に無言電話をかけていた事実と事件前日に購入した10Lの灯油を巡る経緯です。

その前に、動機とされた大越さんと被害者橋向さんそして会社同僚の男性の「三角関係」を述べると、それは以下のようなものでした。

大越さんは会社同僚の男性と1998年の9月頃から交際を始め、週末は大体二人で過ごすほどの仲でした。ところが、交際を始めて一年余り経った1999年暮れ頃から二人の気持ちに微妙なズレが出始め、デートの度に大越さんの仕事の仕方に男性が文句を言うことが多くなりました。そして2000年2月27日、大越さんの言葉に激昂した男性が、口論の末に「あんたとは結婚する妥協点が見つからないんだよね」と別れ話めいた言葉を投げつけました。そのような状況の中、男性は3月4日に橋向さんと用事があって二人で会ったことをきっかけに好意を抱き、3月11日に橋向さんに交際を申し入れ、彼女からイエスの即答を得ています。事件はその5日後に起きました。

捜査当局が、事業所の同僚に犯人を絞り込んだ理由は、被害者の携帯電話が彼女の死後の時間においても数回発信され、それが事件翌日に会社の女子休憩室の被害者ロッカー内の上着の胸ポケットから発見されたことによります。そして、道警が電話会社の被害者の通話記録を捜査した結果、着信記録に大越さんからの携帯電話から多数回着信している事実が判明しました。

その回数は、12日21回、13日128回、14日54回、15日13回、16日4回の合計220回、そして16日の事件のあった時間以降は途絶えていました。検察の主張は、この無言電話こそが大越さんの殺意を立証する証拠だというものでした。

更に大越さんは、社宅を明け渡さなければならなかったため、荷物の片づけの際の暖房用に10Lポリタンク入り灯油を事件の前日に購入していました。しかし、事件後の3月末に職場のドライバーから「警察がお前の写真を持って灯油を買ったガソリンスタンドを探し歩いている。お前が犯人なのか?」と言われ、動転して、事件の前夜に購入し車のトランクに入れっぱなしにしていた10Lの灯油をとっさに捨てようと思い立ち、会社の帰り道道路脇の草むらにタンクごと捨てました。その後冷静になってから10Lの灯油があることは自分の無実を証明することに気づき、4月1日頃、別の店で10Lの灯油を買い直し、それを社宅に置いていました。

なぜ彼女はそもそも、灯油を使っていないことが無実の証拠であると最初から思わなかったのか。また買い換えるのではなく、なぜ捨てたそのポリタンクの灯油を探そうとしなかったのか。そうした疑問に合理的に答えられないのは、最初に買った10Lの灯油が遺体の焼却に用いられたからだ、というのが検察の主張でした。

このように積極証拠だけ見ると、確かに怪しいと思えるものです。しかし、これらの事実関係ですら無実の証拠であるとさえ言えると私は考えます。

まず無言電話に関して。無言電話の220回という回数は、実際には大越さんの発信の回数であり、回線がつながった、あるいはその後橋向さんが電話を取った回数はずっと少ないものでした。着信記録を精査すると220回のうち、コールされる前に切ったのが100回、コールされたけれども相手が受話器を取る前に切ったのが82回で、橋向さんが実際に取った回数は38回でした。もし無言電話が、検察の主張するように殺意につながったという嫌がらせ目的であるならば、相手が受話器を取らなければその目的は達成できないはずです。一見異常な回数とも思えた無言電話も、恋人を失うかもしれないという女性の不安がさせたものであり相手を傷つける意図はなかったと考えることができます(大越さん本人も一審の被告人質問で「自分でも説明しようがない不安定な精神状態だった」と説明しています)。そして更に重要なことは、これだけの無言電話を受信した携帯電話を犯行後に、わざわざ女子休憩室の橋向さんの上着ポケットに戻すということは、大越さんが犯人であれば不合理極まりないと言えます。

10Lの灯油に関しては更に明快です。検察の主張は、10Lの灯油をざばざばっとかけて火をつけ、直ちにその場を立ち去ったとなっています。私は、冬の間は灯油ストーブを使っており、その灯油ストーブのタンク容量が9Lであるため、10Lがどれくらいの量かのイメージははっきりあります。その程度の量の灯油をざばざばっとかけて(相当量がこぼれると思われます)火をつけたところで、内臓まで炭化するほど遺体が燃焼するというのはあまりにも常識外れだと言えます。

豚を人体に近い状態にして灯油で燃やした燃焼実験の報告書と鑑定意見書は、再審請求の際の弁護側「新証拠」の大きな目玉でした。実験を行ったのは、弘前大学大学院理工学研究科熱工学の伊藤昭彦教授でした。再審開始決定の出た東住吉放火殺人事件が本当は火災事故だったことを実験で裏付け、再審開始に寄与した鑑定人です。その鑑定結果は、「灯油で被害者の遺体のように内臓が炭化するまで燃焼させるのに必要な灯油の量は54Lであり、しかも、その量の灯油を何度も何度もひしゃくなどでかけながら2時間かけて燃やさないと不可能」というものでした。再審請求棄却は、この科学的事実を裁判所が無視したものです。

そのほかの証拠の中で、最も重要なものは大越さんのアリバイに関するものです。大越さんにはアリバイがありましたが、その証拠が最終的に揃ったのは再審請求審での開示によるものです。一審、控訴審においては、検察はそれら重要な証拠を隠蔽していました。

大越さんの事件当時のアリバイを検証します。

事件当日、退社時からの大越さんの行動は以下の通りです。

「午後9時30分過ぎに、橋向さんと連れだって退社し、駐車場の前で別れた。車で10分の大型書店で、本の立ち読みをしたり、文房具を見たりした後、何も買わずに店を出た。11時半頃、ガソリンスタンドに寄り1000円分給油して帰宅。冷蔵庫に刺身があったのでビールが飲みたくなり、自宅向かいのローソンへ買物に行った。2時から3時の間に就寝。」

大型書店では彼女は(不運にも)何も買い物をしなかったため、彼女が犯行時間にそこにいたことを立証することはできませんでした。弁護団は目撃者を捜しましたが、数ヶ月前のある特定の日のただの買い物客を知り合いでもない他人が覚えているわけもありません。

犯行当日、遺体を焼却する炎を近隣住人が目撃していました。それが午後11時「過ぎ」。ガソリンスタンドで大越さんが給油したのは11時「半頃」。この30分内外に移動できるかどうかが大越さんのアリバイにつながります。

まず、現場からガソリンスタンドまでの道のりをNavitimeで検索してみると、距離は13.8km、時間は25分となります。この時間は弁護団による走行テスト(23~25分)と一致するものです。Navitimeは法定速度を目安にしています。3月の北海道の街灯もない農道を、しかも事故や違反に注意して慎重に走行したことを考えれば、法定速度を大幅に上回る速度で走ることは現実的ではないと考えられます。つまり、犯行時間が11時であり、大越さんがガソリンスタンドで給油したのが11時30分であれば、アリバイは成立しないことになります。

ここをクリック→ Navitime 犯行現場~ ガソリンキング恵庭店(恵庭市住吉町2-15-15)

犯行時間及び大越さんがガソリンスタンドで給油した時間を精査します。

5月21日付の逮捕状には、犯人が死体に火を放った時間は「午後11時15分頃」と明記されていました。ところが、6月13日付の起訴状では、「午後11時頃」と突然15分早まっていました。この15分の変遷の結果、大越さんにはアリバイがないと判決では認定されました。捜査段階からの犯行時間の変遷経緯を見ていきます。

道警は事件の翌日の3月17日、事件の犯行時間を特定する炎を目撃したとする証言を近隣住人の少なくとも3人から得ていました。しかし、その中の一人の供述は、検察官ストーリーに合わない事実(後述)を含んでいたため闇に葬られました。逮捕状段階では二人の証言を基に犯行時間を「午後11時15分頃」としました。

その二人の調書で一審において当初開示されたのは、証人Aに関しては4月6日付の員面調書(警察官調書)と5月4日付の検面調書(検察官調書)、証人Bに関して起訴二日前の6月11日付の検面調書のみでした。必ずあるはずの彼ら両名の事件直後の員面調書、及び証人Bの4月6日ないし5月4日頃の検面調書は、検察の強硬な反対により開示されることはありませんでした。

この3通の調書の犯行時間に関する記述を抜き出すと、4月6日付証人A調書「午後11時00分頃から午後11時15分頃までの間」、5月4日付証人A調書「午後11時か少し過ぎた午後11時15分までの間」、6月11日付証人B調書「午後11時10分ないし15分頃」です。

開示された証人Aの調書における証言では、炎の目撃時間に15分の幅を持たせてありますが、この調書は警察のガソリンスタンド捜索(後述)の後に作られたものであるため、開示されていない3月17日頃の事件直後の員面調書では、証人Bと同じくもっと幅が狭く、しかも11時15分により近いという可能性は十分にあると疑われます。

逮捕状記載の「午後11時15分頃」という犯行時間はこの二人の証言の合致している時間帯を取ったものです。

その後の捜査で明らかになったのは、大越さんのガソリンスタンドでの給油時間でした。道警は大越さんの車両を差し押さえ、その車内から「ガソリンキング恵庭店」の「午後11時36分」と刻印された伝票を見つけ、ガソリンキング恵庭店を捜査しました。その際、大越さんの車が店内に入った時の映像がビデオにあることが判り、そのビデオにより大越さんが入店した正確な時刻は「午後11時30分43秒」であることが判明しました。

しかし、現場からガソリンキングまでは25分程度かかることから、11時15分頃火をはなったとしたら、大越さんのアリバイが成立してしまいます。そこで検察は「午後11時頃」と犯行時間を早めざるを得なくなったものです。

正確な時刻の記載されたビデオテープとその押収経過及び正確な時刻の割出しを記載した捜査報告書の存在は検察官により隠され、控訴審まで開示されることはありませんでした。検察官はこうした証拠隠しをする一方で、起訴状の犯行時間を「午後11時頃」に変更し、変更後の犯行時間を立証させるために証人Aを公判に証人として出頭させ、捜査段階の供述を変えさせました。

事件直後の記憶がより鮮明な時期の「11時を少し過ぎていたが11時15分頃までの時間」という証言が、公判では「取調べ段階では流動的な幅があった方が間違いないだろうと考えて幅を持たせて供述した」という言葉に変わり、結局、「11時から11時05分まで」に変わったものです。

一審で認定された犯行時間は、この証人Aの公判での証言に基づき「午後11時頃」とされました。大越さん及び弁護団にとって不幸であったのは、ガソリンスタンド入店時間の「午後11時30分43秒」という証拠が隠蔽されたため、その15分の変遷が一審段階ではアリバイの成立に決定的だと知り得なかったことです(入店が午後11時36分であれば、午後11時15分からでも間に合う可能性はあると考えられる)。伊東秀子主任弁護人の著書においても、「今となっては証人Aに対する反対尋問でつっ込みが足りなかったことが悔やまれる」と書かれています。

そして再審請求審で開示された証拠により、犯行時間はやはり11時15分頃であったことが裏付けられました。その開示された証拠とは証人Bの事件直後(3月17日付)の調書でした。一審の段階で開示されていた調書(6月11日付)では、炎を見た時間を「午後11時10分ないし15分頃」としながらも、「時計が若干進んでいたので、定かではありません」という信用性を削ぐ言葉が挿入されていました。

3月17日付証人B調書より
「3月16日午後11時15分頃、焼死体が発見された付近で炎が上がっているのを見たわけです。この時間をなぜ覚えているかというと、私は午後11時から犬の散歩を行うのを日課としており、昨夜も午後11時頃の天気予報のテレビを見て、雪の状態を確認し、さらに、家から出る時、家の壁時計により時間を確認しているためです。」

検察の証拠隠しはこれに留まりません。近隣住人の3人目の証言があることが分かったのは、一審公判も20回を越えた頃でした。伊東弁護士の事務所に一本の電話が入りました。電話の内容は、事件現場近隣に住む女性が事件の夜、現場近くに停車していた2台の車を見ており、そのことを警察にも話して調書も取ったのに、裁判で若い女性一人が犯人にされているのはおかしいというものでした。

この証拠価値としては最大級の事実を公判で証言してもらうよう、弁護団はその3人目の証人を説得します。彼女は真犯人の報復を怖れるあまり、証言を相当の間拒んでいました(即ちこの証人は、ほかに真犯人がいることを確信していたことを意味します)。またこの証人が事件直後に供述した員面調書の開示に検察は猛烈に反対しましたが、裁判官の決定により証拠採用されることとなりました。

3月17日付証人C調書より
「私の娘が札幌市内の新札幌にある会社に勤務している関係で、毎日の朝夕、私は毎日北広島駅まで車で送り迎えをしています。昨日も娘が仕事を終えてから「午後11時04分の電車に乗るから」と午後10時45分頃電話が入ったのでした。新札幌駅から北広島駅までは約8分かかり、私の自宅から北広島駅までは車で10分弱で行けるので、午後11時04分頃の時計の時刻を確認し、戸締りをして、私は家から車を運転して北広島駅に向かいました。いつも、自宅を出て南八号線を直進して最初の交差点を右折して西八線通りを走るのですが、交差点を右折する時南八号線通り上に2台の車が停車していたのが目に入ったのです。こんな時間に車が停まっている場所でないので私は交通事故か何かかなと思いました。」

駅に行く時点で2台の車を目撃していますが、その時間は午後11時5分頃であり、この時点では炎は見ていません。この女性が炎を見るのは帰りの道すがらでした。

証人Cの公判供述より
「娘の乗った汽車は午後11時13分にJR北広島駅に到着したため、私は娘を車に乗せて北広島駅から自宅に向かったが、自宅の直ぐ近くの交差点を左折するため右方を確認した時、2台の車は以前の場所より200m位前に進んだ位置にまだ止まっており、普通車の方(注:証人Cが見た2台は「1台が乗用車、もう1台がワゴン車」と供述していた)の屋根越しにパトカーのような「赤い光」が見えた。時間は午後11時20分過ぎと思う。」

この「赤い光」とは炎以外の何ものでもなく、そして火が放たれた時間は11時05分頃ではなく11時15分以降でなければならないことになります。大越さんにはやはりアリバイが成立することになり、更に複数の犯人像が浮かび上がります。

もし証人Cの存在を弁護団が知らないままであったなら、事件当夜2台の車が現場近くに停車していた事実は闇に葬られたままとなり、検察官の証拠隠しは完遂したと思われます。ガソリンキングのビデオテープと同じように「2台の車を見た」という証言は、大越さんによる単独犯行説に立つ検察にとって最も邪魔な証拠でした。

検察はこの証言の信用性を否定しましたが、一審裁判体はさすがに「2台の車を見た」という証言の信用性自体を否定しなかったものの、奇妙奇天烈な理由を述べて有罪判決を下しました。それは証人Cが炎を見たのは、往路と復路を混同しており、「2台の車」に関しては「犯人が着火後、その場に留まることは不自然で、犯人は速やかに逃亡したが、その後第三者がゴミ焼き等による炎上として単に傍観していたものと推認できる」としました。どこの酔狂が3月の北海道の寒空で、ゴミが焼かれているのを20分も見ているというのでしょうか。しかも、その見物人は死体が焼かれていることを気付かずにいたというのです。そしてもし傍観者であったのなら、大々的に事件が報道される中で通報してもよさそうなものです。「どうしてここまで無理を重ねて有罪判決を下す必要があったのか、全く不可解である」と伊東弁護士は著書で書いていますが、全くその通りだと思います。

また大越さん以外の人物が真犯人であると私が考える証拠は、ほかにも存在しています。それは大越さんの任意同行の4月14日の翌日、大越さんの自宅から3.6km離れた地点で、被害者の遺品(車のキー、眼鏡ケース、財布等)の残焼物が見つかったことです。

検察の主張は、これも大越さんの証拠隠滅工作だというものでした。検察は公判で警察官4人を証人申請し、彼らに「一晩中駐車場付近に車を停車させて一時間毎に大越の車を見に行っただけで、他の出入り口を見てはいないから、住宅の出入り口は3ヶ所あって一時間毎の見張りの合間に大越が警察官のいない別の出入り口から出て遺品を焼きに行くことは可能であった」と証言させています。

事件後から昼夜を問わず警察官による尾行、張込みやマスメディアの取材陣もいる衆人環視の中で、もし彼女が真犯人だとすれば見つかれば犯人であることがばれるというリスクを冒して、どうすれば遺品を焼きに行けるというのでしょうか。3.6kmの距離を、灯油を運んでの往復を取調べで疲れ切った大越さんが夜中に成し得たとは到底思えないものです。

<論評>
伊東秀子弁護士著『恵庭OL殺人事件 こうして「犯人」は作られた』に収録された白取祐司北海道大学教授の「いびつな証拠構造」と題する寄稿から引用します。

(以下引用)
恵庭事件判決もそうだが、情況証拠のみによる事実認定の危険性については、これまでもしばしば指摘されてきた。1973年12月13日の最高裁判決は、情況証拠による事実認定をする際の注意則として、もっぱら情況証拠による間接事実から推論して事実認定を行う場合、「反対事実の存在の可能性を許さないほどの確実性を志向したうえでの『犯罪の証明は十分』であるという革新的な判断に基づくものでなければならない」と判示していた。下級審判例でも、本来多面性をもつ情況証拠を、「有罪認定に都合の良い可能性を持つ一例でも、本来多面性を持つ一面を選り出して、これらを重層的に重ね合わせ、その上で、これだけ多くの事実がすべて集まるのは偶然ではない」との主張には説得力がない、なぜなら、「有罪認定をするには都合の悪い、いわば消極的可能性を持つ他の一面や、有罪認定とは矛盾する可能性が高い情況証拠をも正当に評価する視点」が十分ではないからである、とされてきた。

恵庭事件の二審有罪判決が最高裁によって棄却され確定したのは、2006年9月のことだが、その後現在までの間に、情況証拠による事実認定に関して、2007年と2010年に二つの最高裁判例がだされている。2007年の最高裁決定は、「刑事裁判における有罪の認定に当たっては、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要である。ここに合理的な疑いを差し挟む余地がないというのは、反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく、抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても、健全な社会常識に照らして、その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には、有罪認定を可能とする趣旨である。そして、このことは、直接証拠によって事実認定をすべき場合と、情況証拠によって事実認定をすべき場合とで、何ら異なるところはないというべきである。」と判示するにいたり、情況証拠による事実認定だからといって証明の程度に差異はないことを明らかにした。さらに、2010年最高裁判例は、2007年決定を引用しつつ、「情況証拠によって認められる間接事実中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要する」との注目すべき判示をした。最高裁も、証拠価値の乏しい情況証拠を束ねて安易に有罪を導くことに警鐘を鳴らしているのである。
(引用以上)

つまり、「情況証拠からすれば、被告人が犯人であることは合理的である」だけでは立証たりえず、「情況証拠からすれば、被告人が犯人でなければ不合理である」ことが言えないといけないということです。被告人以外の犯行(あるいは、このケースではありませんが、事件そのものが事故であり犯人はいない)という可能性があれば、合理的な疑いを入れる余地があり、無罪を言い渡さなければならないと最高裁は判じています。

この事件で弁護側の取った訴訟戦略は、アナザ―ストーリーの提示でした。「犯行時間の犯行現場における2台の車の目撃証言」「開脚した状態で陰部の焼失が激しい遺体の状況」などの情況証拠から、犯人は複数の男性による性犯罪だと公判で主張しました。

検察の主張する大越さん単独犯説と弁護側の主張する男性複数犯説は二者択一的関係にはなく、後者が否定されたからといって前者が認定されることにはなりません。弁護側の主張の目的は、ほかの可能性もありうるというグレーの領域に持ち込むことであり、それは有効だと言えます。

この事件を俯瞰して、一番ひっかかるのは「なぜ死体を焼かなければならなかったか」ということです。しかも、人気のない広大な農地の真っただ中とはいえ、民家から数百メートルの場所で実際に(少なくとも)3人の目撃者がいたような場所です。

当然、一番高い可能性は「証拠の隠滅」ですが、顔の損傷は比較的ひどくなかったことから、いわゆる被害者の身元を隠すわけでもなく、犯罪そのものを隠蔽するならもっと人が踏み込まない場所に遺棄する方がはるかに簡単です。それは何か特定の事柄を隠蔽しようとしたと考えられ、やはり弁護側の主張する性犯罪という説はかなり説得力がある主張と私は感じました。精液及び酸性フォスファターゼが検出されなかったことをもって、科捜研は姦淫の形跡はなかったと結論づけていますが、なぜコンドームの使用の可能性を排除しているのか、非常に恣意的な鑑定だと感じます。

この事件においては、あるべき証拠が全く存在していません。それらは、犯行現場における大越さんの足跡、大越さんの車のタイヤ痕、殺害が行われたとされた大越さんの車の中から橋向さんの指紋、血痕、尿、毛髪といった残留物、橋向さんの携帯電話に残された大越さんの指紋といったものです。まさに証拠は「ないない尽くし」と言えます。

そしてそうした物証が著しく乏しい事件において、警察の後日の家宅捜査で重要と思われる物証が突如見つかることはこれまでも繰り返されてきました。袴田事件のズボンの端切れしかり、狭山事件の鴨居の万年筆しかり。

この事件においても、4月14日の大越さんの任意同行時に彼女の車(日産マーチ)が押収されていますが、そのグローブボックスの中から、橋向さんの会社ロッカーキーが見つかっています。検察の主張は、大越さんが橋向さんを殺害前ないし殺害後にグローブボックスの中に橋向さんのバッグをグローブボックスに入れ、その中からなぜかロッカーキーだけが落ちた(残りの物は自宅近くで焼いた)というものです。

弁護団はこれを警察の捏造であると主張しました。捜査当局の捏造を立証するのはハードルが高いので、敢えてここではそれを評価しませんが、このロッカーキーもむしろ大越さんが犯人でない証拠と考えられると思っています。

まず検察の主張は、橋向さんのバッグが大越さんの車のグローブボックスに入りきるサイズではなかったという時点で既に破綻しています。そして会社の女子職員は(また一部の男性職員も)、みんな誰もロッカーに鍵をかけないことを知っていました。橋向さんのロッカーキーは、彼女のロッカーの中の扉の受け皿に置かれていたことも証言されています。

三角関係にあったとされる会社同僚男性の控訴審公判における証言です。
弁護人 「橋向さんのロッカーには鍵がかかっていましたか」
男性  「いや、掛っていません」
検察官 「異議。これは正式な異議です。要はロッカーの関係のことを正に弁護人はお尋ねしようとしているわけでしょう、質問は」
裁判長 「もうロッカーの点はやめてください。いずれにしてもロッカーはやめてください。どうぞ」
弁護人 「残業時間をカレンダーに書いて貼ってあると、それをあなたは残業手当を付けるのに参考までに見に行ったとういことですか」
男性  「はい、そうです。係長から依頼されて見に行って、開けてということですね」
弁護人 「他人のロッカーをそういうふうに開けられたということですね」
男性  「私は開けました」
弁護人 「そのときに、何か見ましたか、ほかに」
男性  「開けて鏡の下にカレンダーがついていたんですね。その鏡の受け皿のところにロッカーの鍵とかがありましたけど」
弁護人 「ロッカーの鍵があったんですか」
男性  「はい」
検察官 「異議。もう明らかに、あまりにもひどいですよ」
裁判長 「最後のロッカーの鍵の点は削除します」

そのロッカーキーには、前任者のお守りの鈴がついていました。私も実家に帰って家の車を運転するのですが、その鍵に鈴がついていて、いつも持ち歩く時に鬱陶しいなと思っているので、女性が他人のつけたお守りの鈴をそのままつけたまま持ち歩くというのは、私には到底考えられません。つまりこのロッカーキーは、女子職員がロッカーに鍵をかけないことを知らない外部の人間が大越さんに罪を着せようと、ロッカーの中から取り出して、大越さんの車のグローブボックスに入れたと考えた方がより合理的に思えます(それを難なくできるのが警察であるというのが弁護側の主張です)。

さらにアナザ―ストーリーを補強する事実を提示します。そして、それは警察の捜査の杜撰さを表すものです。

警察は、被害者の携帯電話が会社のロッカーから発見されたことから、会社内部の犯行だと見込みました。その端緒は無理のないものですが、更に無言電話の事実から大越さんに犯人を絞り込むという事件二日後に組み立てたストーリーに固執したところが大きなミスだったと言えます。

会社内部の人間で大越さん以外に犯人の可能性がないかというアリバイ調査を実施したのは、事件から80日以上経過した、大越さんが起訴される直前の6月9日のことでした。

警察が捜査対象にした従業員は51人。検察官はこの取ってつけたようなアリバイ捜査の結果、「51人全員にアリバイがあった」と証明されたと主張しますが、4人は本人の証言だけでアリバイを認めており、刑事訴訟法上アリバイが成立するとは見なされない家族の証言だけの者が24人もいました。事業所の所長に至っては当時重病により入院中の妻が「夫は事件当日、自宅にいた」と証言していました。検察はそれを「単純ミス」だと弁明しますが、その弁明のために公判に呼んだs所長本人は、アリバイ捜査が捏造であるとするに等しい証言をしました。

「私は事件の日、午後7時半頃に退社し、家に帰って11時頃に就寝しました。妻は入院中で家にいませんでしたが、警察の事情聴取では、事件の夜のことは聞かれませんでした」

このようにして「犯人」は作られたというのがこの事件の全容です。無実の罪を着せられ、現在も監獄に閉じ込められた大越さんや彼女のご家族の方は勿論、真犯人が捕まらずに野放しにされていることで、被害者の橋向さんやそのご家族の方も冤罪の被害者です。

橋向香さんのご冥福をお祈りします。

参考文献
『恵庭OL殺人事件 こうして「犯人」は作られた』 伊東秀子

『ニッポンの裁判』 瀬木比呂志

雑誌『冤罪File』No.20 「恵庭OL殺人事件 隠された「アリバイ」と「真犯人」が明るみに!」 片岡健

ここをクリック→ 『ビジネス・ジャーナル』「恵庭OL殺人事件に冤罪疑惑 有罪ありきのずさんな捜査と裁判に、元裁判官も唖然」 瀬木比呂志












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category: 冤罪ファイル

2015/04/16 Thu. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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この記事に対するコメント

これは死体の処理を
他人に頼んだんだ
それを皆わかってるんだけど
もちろん誰かを言わないので
本人の罪にしてるんだわ

#- | URL | 2017/01/23 Mon. 16:28 * edit *

今日、支援者の講演?の紙をもらった
道民だけど知らなかったよ…
事件名は知ってるけどこんな冤罪事件なんて知らなかった…恵庭なんて車ですぐそこなのに…
こんな酷い事件、もっとテレビでやって周知させないと

#- | URL | 2017/03/05 Sun. 00:11 * edit *

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