「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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「死刑制度について考える (11) ~ 死刑は身体刑の例外となりえるのか」 

「死刑制度について考える (11) ~ 死刑は身体刑の例外となりえるのか」

法学の世界では、基本的な刑罰観は応報刑論です。そこでは、刑罰は罪の報いであるという「応報」の考え方が基本になっています。犯した罪の報いとして害悪を与える、それが刑罰であるという考え方です。

その応報刑論は二つの系統に分かれます。一つはカントに代表される絶対的応報刑論で、もう一方はアリストテレスの「配分的正義」の考えから発した、フォイエルバッハが提唱した相対的応報刑論です。

絶対的応報刑論は、「目には目を歯には歯を」というハンムラビ法典におけるタリオ(同害報復)を高く評価するものです。そこでは、「刑罰は悪に対する悪反動であり、動と反動は均衡していなければならず、いわば刑罰によって犯罪を相殺しようとする考え方です。

これに対して相対的応報刑論とは、刑罰が応報であることを認めつつも、刑罰は同時に犯罪防止にとって必要かつ有効でなくてはならないとする考え方です。そこでは、罪の大きさと罰の重さは比例関係でとらえられます。絶対的な均衡は要求されず、罪の重さと刑の重さが正しい対応関係で表されればよいとされます。要するにそこで要求されるのは、「より重い罪にはより重い罰を」という定式のみです。

この二つの系統のうち、前者の絶対的応報刑は近現代の刑法ではもはや成り立ちません。同害報復の考え方は、「人に傷を負わせたものは自分もそうされなければならない」ですが、傷害の罪に対しても、すべて自由刑(自由を剥奪する懲役刑や禁固刑など)をもって罰とするのが現代国家のならいです。

人に傷を負わせることと自由を制限することとは異質ですが、傷害の罪のみならず、偽造、放火、レイプ、強盗、窃盗、横領、詐欺、恐喝、器物破損、強制わいせつ、賭博、公務執行妨害、住居侵入、業務上過失致死傷など、さまざまな罪が自由刑で処断されます。経済犯であっても、経済的に補填するだけではなく、懲役刑を科されるというのは典型的な異質性と言えます。

つまり、「人を殺した者は死ななければならない」として、殺人についてだけ罪と罰の同質性を確保しようとするのは一貫性がないと言えます。殺人が究極の犯罪であれば、その刑罰は自由刑の究極である、未来永劫自由を剥奪する終身刑が相対的応報論的にはより整合性が高いと考えられます。

また、近代化の流れの中で、応報刑論は相対的応報に収束しましたが、それは同時に身体刑の廃止の歴史でもあります。近代先進国においては(イスラム国家の一部を除き)、四肢の切断や入れ墨、あるいは鞭打ちなどは行われなくなっています。

日本においては、身体刑は残酷な刑罰として憲法で禁止されています。

「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」(憲法第36条)

身体刑が禁止されていることは、「残酷である」ということ以上に、私は社会的コストが大きいためであり、また刑罰が人間的尊厳を損なわせることは前近代的であるという考え方によるものだと考えます。

身体を傷つけることで、生産力のない社会的負担を増やすことよりは、自由を制限しつつ使役を科し、安い労働力として活用することの方が社会における制度としてはよほど効率的です。そして、刑罰以外で身体が毀損している方への差別の問題も非常に重要なポイントとなります。

私は、刑罰の教育刑的な側面を評価する立場ですが、それは犯罪者であろうとも、最低限の人間的尊厳が保たれて初めて実現するものだと思います。盗みを犯した罪で手首を切り落とされた人が更生するでしょうか?私は大きな疑問を感じます。

死刑は、体を傷つけることなく執行することは不可能であるため、間違いなく身体刑です。日本では絞首刑が死刑の方法として採用されていますが、死刑が残酷でないというのは詭弁以外の何物でもありません。

身体刑を憲法で禁止していながら、なぜ死刑が同じ憲法で適法とされているのか。死刑存置派は、その論理的な理由付けを考える必要がありそうです。

参考資料
森炎氏著『死刑肯定論』(ちくま新書)












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category: 死刑制度について考える

2015/04/27 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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