「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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「死刑制度について考える (15) ~ 「憂鬱な儀式」青木理氏著『絞首刑』より (3)」 

「死刑制度について考える (15) ~ 「憂鬱な儀式」青木理氏著『絞首刑』より (3)」

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絞首刑

両脇を刑務官に抱えられた男が執行台へと近づいてくる。それを執行台の脇で待ち構えていた二人のベテラン刑務官のうちの一人は、つくづくと思った。

何度関わっても、本当に嫌な仕事だ・・・・。

連行されてきた死刑囚が1メートル四方の縁取りの中に立たされると、一人の刑務官がその両足を白い布で縛り、今度は自分が首に素早くロープをかけねばならない。

天井から垂れ下がった白いロープの太さは約2センチ。丸い輪になった部分には皮革が巻かれ、輪の根元には鉄製の鐶が取り付けられている。死刑囚の首にロープをかけ、鉄の鐶を首の後ろ側にきっちりとあて、ギュッと押し締めねばならない。落下の衝撃でロープが外れてしまうような失敗は、万が一にもあってはならない。

執行器具の点検と準備は、前日から入念に行った。絶対に失敗の許されぬ執行に不安を感じたのか、着任して間もない拘置所長の命令で、執行の手順をいちいち確認するリハーサルも行った。しかし、死刑囚が突然抵抗して暴れ出すこともある。不測の事態が起きることもある。だから自分のようなベテランが任務に当たる。それでも緊張で脚が少し震えている。

この刑務官がこれまで何度か関わった執行の際、暴れ出すような死刑囚は一人もいなかった。むしろ怯え切ったような表情で、抵抗する気配すらなく執行台に立ち、轟音とともに落下していった。

今回の死刑囚もやはり、静かに執行台の上に立たされた。ただ身体全体がガタガタとひどく震えている。それでも別の刑務官が両足首を縛るのとほぼ同時に、首にロープをかけ、鉄の鐶をしっかりと首の後ろで締めた。すべては定められた手順通りだった。アコーディオン・カーテンが開かれて男が刑場に足を踏み入れてきてから、ここまでに数分とかかっていないだろう。

すべての準備は整った。刑務官は、男の立たされた執行台から素早く離れ、1メートル四方の縁取りの中央に立つ男の姿をもう一度確認すると、執行ボタンのある部屋に向けて合図を送った。

「なむ・・・・あみだ・・・・ぶつ」

その瞬間、刑務官の耳には小さく、乾いた声が確かに聞こえた。男がこの世で最後に発した言葉―。教誨師の僧侶が懸命に唱える読経の声も、ひと際大きく刑場内に響いていた。

「押せっ!」

指揮官役の刑務官の低く鋭い指示が、薄暗い小部屋の静寂を破った。執行を告げるランプも、鮮やかな赤色に変わっている。壁に向かって屹立していた刑務官たちは、一斉に目の前の赤いボタンを押した。緊張が頂点に達していた若き刑務官も、無我夢中でボタンを押す。もう頭の中は真っ白だった。

プシューッ。

瞬間、空気の抜けるような音が耳に響いた。油圧装置の作動音だったのだろうか、刑場では同時に執行台の床が「バタンッ!!」という激しい音とともに開き、男は真っすぐ下へと落下していった。滑車が激しく回転し、白いロープが軋む。最後の経を大きな声で唱えていた僧侶の耳にも、男の足下の床が開く「バタンッ!!」という激しい音が届いた。

最後まで静かだったのは、検事の立会い席だった。男が首にロープをかけられている間も、男の身体が「舞台の下」へと落ちていく瞬間も、すべてが現実感のない流れ作業を見ているかのようだった。

「彼には今日の朝、直前に執行を言い渡したんですが、特に動揺した様子はありませんでした」
「そうですか」
「落下してからも、30分ほどは吊るしたままにしておかなければいけない決まりになっているのです」
「なるほど」
「検事さんは、初めての立ち会いですか」
「ええ」
「実は、私も所長としての立ち会いは初めてなんです」
「そうなんですか・・・・」

沈黙が堪え難かったのか、それとも気を遣っていたのか、拘置所長は検事と会話を交わし続けようとした。だが、所長の説明に相づちを打つ検事の目は、分厚いガラス越しの「舞台」の中央にポッカリ開いた四角い穴に吸い寄せられていた。その中心を貫くように白いロープが真っすぐ下へと伸びている。かすかに揺れ続けるロープの先を目で追うと、男の身体がダラリとぶら下がっていた。死刑の執行は、あっという間に終わっていた。

刑場の階下にあるコンクリート敷きの薄暗い部屋には、首に深々とロープを食い込ませた男の身体が宙に浮いていた。白衣姿の医務官が、それをじっと見上げている。

男の首にロープをかけたベテラン刑務官も、目の前のボタンを無我夢中で押した若き刑務官も、自分に与えられた任務を終えて階下の部屋に降りてきた時、男の身体をはっきりと見た。宙に浮かび、わずかに揺れる身体。しかし、若き刑務官はそれを正視し続けることができず、すぐに目をそらした。

強烈な力で一気に首が絞め付けられ、舌骨が圧迫されたためだろう。男の口からは舌の先端が飛び出し、全身は細かく痙攣を繰り返していた。伸び切った首は、異様なほど長く見えた。よだれなのか吐瀉物なのか、口元からは少量の液体が顎の辺りまでツーッと伝い落ちていた。

階下の部屋には、執行の瞬間に男の身体を受け止める役の刑務官もいた。男の身体を落下するままにまかせれば、反動で身体が跳ね上がり、上下左右に大きくバウンドしてしまう。だから、タイミングを見て抱きとめ、身体の揺れを止めねばならない。

「執行に携わる任務の中でも、もっとも嫌な役回りだ」
若き刑務官は、そんな話も先輩から聞かされていた。執行の前、受け止め役を命じられたベテラン刑務官が「勘弁して下さい。もう孫のできる齢なんです!」と幹部に懇願していたこともあったという。

男の身体はまだ痙攣しているが、次第にそれが収束していく。場合によっては、下半身から糞尿が漏れ出ているだろう。足元の排水溝は、その処理のためにある。

空中にぶらさがったままの男の足先から、決して届くことのない床までの距離は約30センチ。これもベテラン刑務官たちが事前に男の身長なども勘案してロープの長さを調整していた結果だった。すべては計算通りだった。

時の流れが、異様に遅く感じる。
1分。2分。3分・・・・。

医務官が空中にぶらさがる男の脈を取り始めた。その時、立ち合い席で執行を見守っていた拘置所長と検事も階下の部屋に姿を見せた。

所長に促されながら地階に降りてきた検事にも、宙に浮かぶ男の姿がはっきりと見えた。それは、もうほとんど痙攣も止まってダラリとぶら下がっているだけの屍体だった。

「おそらくは瞬間的に意識を失うはずです」
立ち会い席で拘置所長は、検事にそう強調していた。

数メートルもの急落下による加速度と男自身の体重。そのすべてが一瞬にして首に集中する。通常の首吊り自殺でも折れることのあるという甲状軟骨や舌骨は瞬間的に砕け、首を支える筋肉がぶち切れ、7つの頸部脊椎が離断する。同時に脳と身体の神経をつなぐ頸髄も断裂してしまう。だから、おそらくは瞬時に意識を失ってしまうはずだ―と。

しかし、真実など誰にも分からない。誰にも確かめようがない。

医務官は、まだ男の手首を取って脈をみていた。死刑囚が落下してから最終的に心臓が停止するまでの「平均時間」は、おおよそ13~15分。すでに痙攣はほとんど収まっている。だが、階下の部屋に集まった誰もが一言も発しようとしない。医務官が今度は男の胸に聴診器をあてて時計を睨む。首に深々とロープの食い込んだ男の身体を、刑務官も拘置所長も検事も、息を詰めて凝視し続けるしかない。

「心臓停止っ」

そんな医務官の一言が「絶命宣告」だった。しかし、それでもあと5分はこのままの状態にしておかなければならない。法の定めは、どこまでも冷酷に「確実なる死」を求めている。

5分が経過すると、医務官に促された刑務官たちが男の身体を降ろし、首のロープを外し、服を脱がせた。直ちに検視が始まった。

仰向け。横向き。うつ伏せ。医務官が身体の隅々までチェックするのを検事が黙ってじっと目視する。それが終われば、検事と拘置所長らは引き揚げていってしまう。身体はきれいだったが、首に太い索条痕がくっきりと残っていたのが、検事の脳裏にはいまも鮮やかに焼き付いている。

だが、刑務官たちの仕事はまだ残されている。男の身体をきれいに湯灌し、白装束を着せ、白木の寝棺に納めるのも刑務官たちの役目だからである。そうした作業がすべて終わると、若き刑務官は、あらかじめ準備してあったわずかばかりの花を棺の中に入れてやった。

これでようやく、すべてが終わる。死刑執行という“厳粛”な、しかし、限りなく“憂鬱”な作業のすべてが―。

執行後、任務にあたった刑務官たちがいつも使っている待機部屋に戻ると、仕出し屋から取り寄せたらしき弁当が置かれていた。執行に携わった刑務官の人数分が用意されているようだった。肉や魚が使われていない精進料理だったが、随分と高級な弁当なのは一目で分かった。

他の刑務官たちが椅子に座って弁当を食べ始めたのを見て、若き刑務官も箸を手に取って弁当を開けた。腹などまったく空いていなかったが、これを食べるのも任務の一つのように思え、一つ一つの食材を口の中に押し込むようにして顎を動かした。いつもは剽軽なことを言って笑わせてくれる先輩刑務官も、お喋りなことで知られる同輩の刑務官も、誰もが押し黙ったままだった。高級なはずの弁当なのに、いくら顎を動かしても味などせず、まるで砂でも噛んでいるようだった。

死刑執行に携わった刑務官には、わずかだが特別の手当が支払われる。現在はもう少し金額も増えているが、この時に若き刑務官が受け取ったのは数千円だった。弁当を食べ終わると、そのまま帰宅を許され、拘置所の近くにある官舎に戻ったものの、何も知らない妻や子供と顔を合わせているのが辛かった。

かといってじっとしている気分にもなれず、刑務官は黙って再び自宅を出ると、普段はやらないパチンコ屋に入った。数千円の手当は、あっという間に消えてなくなった。それでも家に帰る気がせず、駅近くの安居酒屋に入ると、ろくにつまみも食べぬままビールや焼酎を呷った。しかし、いくら呑んでもまったく酔えなかった。

この時、一緒に執行に携わった先輩や同輩の刑務官たちとは、さまざまな形で職場での付き合いが続いた。もちろん何度か酒を飲みに行ったこともあったし、所内の行事などで遊びに行ったことだってある。だが、執行のことが話題になったことは、一度もない。まるで「なかったこと」であるかのように、誰もが決して触れようとしなかった。

男の母は、執行直後に拘置所からの電話連絡を受け、息子の刑死を知らされた。

「拘置所ですが、今朝、刑を執行いたしました・・・・」

いつか必ずくるだろうと覚悟していた連絡だった。しかし、できることならきてほしくないと思っていた連絡だった。いくら世間では凶悪犯でも、被害者と遺族には心から申し訳ないと思っても、母にとってはかけがえのない息子なのである。

事件直後は夥しい数のマスコミの記者たちが自宅に押し掛け、深夜まで幾度も幾度も呼び鈴を押されておののいた。その後の何年間も、イタズラ電話や脅迫まがいの手紙に悩まされ続けた。しかし、息子のやってしまったことを思えば、それも仕方ないことなのだと自分に言い聞かせ、必死に耐えた。

女手一つで育てた息子の凶行に、自身の責任も逃れられぬと思い詰めた。自ら死んでしまおうと考えたのも、一度や二度ではない。しかし、国選でついてくれた弁護士は若く熱心な先生で、「親御さんにも見捨てられてしまう死刑囚が圧倒的に多いんです。お辛いでしょうが、最後まで支えてあげてください」と幾度もアドバイスされた。地元の公立図書館に行って死刑関連の書籍を何冊か読んでみると、親兄弟や親族との縁が切れた死刑囚は、執行後に無縁墓地へ葬られるらしいことも分かった。

ならば、いくら辛くとも支え続けるしかない。そう思って必死に耐えてきた。そんな息子の刑死を告げる連絡。受話器を握りしめながら、膝がガクガクするほどの衝撃で崩れ落ちそうになった。しかし、とにかく息子の遺体を引き取りにいかねばならない。激しく動揺する気持ちを何とか抑えつけ、随分前から痛みで不自由になってしまった脚を懸命に動かし、電車で3時間はかかる拘置所へと向かった。

夕方になってようやく拘置所に着くと、古びた応接室に通され、制服姿の二人の刑務官が対応してくれた。息子との面会のため月に一度は訪れるようにしていた拘置所だったが、この二人は初めて見る顔だった。しかし、親切で丁寧な言葉遣いで対応してくれたことに、母は心の底から「ありがたいことだ」と思った。

二人の話から察するに、執行後に息子の身体を納棺してくれたのは、この二人の刑務官のようだった。息子の身体を湯灌してくれた、とも言っていたから、おそらく刑の執行にも関わったのではないだろうか。

拘置所内の一室で対面した息子の遺体は、真新しい白木の寝棺に納められていた。その様子を一目見ただけで、拘置所が遺体を丁寧に扱ってくれたのがよくわかった。母は溢れる涙を拭いながら、ふたたび「ありがたいことだ」と思って二人の刑務官に礼を言った。

ただ、息子の首元は布で覆い隠されていた。その布をめくってみると、首筋には青黒い痣がくっきりと残り、口は歯を剥き出すように開いたままだった。このままでは可哀想だ。そう思って母は、時間をかけて息子の口を閉じさせてやった。いくら拭っても、涙がとめどなく溢れてきた。

遺体を引き取るすべての手続きが終わり、そろそろ拘置所を後にしようとした時、二人の刑務官のうちの一人がこう漏らすのを母は聞いた。

「本当に嫌な仕事です。私たちもつらいんです。何か祟りのようなものでもあるんじゃないか、なんて思ってしまうこともありましてね・・・・」

思わず母は「祟りだなんて、そんなことはありませんっ!」と強い声で言い返し、「本当に・・・・、ありがとうございました。長い間、お世話をかけました」と最後の礼を述べた。息子と同じ年くらいの二人の刑務官は、痛む脚を引きずりながら拘置所をあとにする母を、会釈をして見送ってくれた。その表情は、最後まで沈鬱だった。

(了)
















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2015/05/18 Mon. 00:28 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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