「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

04« 2017 / 05 »06
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.

#検察なう (484) 「国家賠償請求訴訟「起訴違法の判断基準」~法律素人による法律素人のための解説」 7/27/2015 

#検察なう (484) 「国家賠償請求訴訟「起訴違法の判断基準」~法律素人による法律素人のための解説」 7/27/2015

本日7月27日、私の国賠審第6回口頭弁論が東京地裁で開かれます。それに先立ち、私の代理人チーム(注1)は、その主張を準備書面により行っています。

刑事裁判において法廷で行われる手続を「公判」というのに対し、民事訴訟手続では「口頭弁論」といわれますが、その文字通りのイメージとは異なり、意見や主張を述べ合う攻撃防御の弁論活動は、公開の法廷ではなく、原告(私)・被告(国)双方が作成する「準備書面」と呼ばれる書面によりなされます。

刑事裁判を経験した私には、刑事裁判をリング上で戦うボクシングとすれば、民事訴訟は、場外戦で雌雄を決しテンカウント前にリングに上がった方が勝ちという場外乱闘を華とするプロレスのような印象です。つまり準備書面に目を通さないことには、リング上のやり取りだけでは「なんのこっちゃ」というのが民事訴訟ということになります。

本日の口頭弁論を前に、私の代理人チームが提出した「原告第3準備書面」はこちらです。
ここをクリック→ 原告第3準備書面

「起訴違法の判断基準につき主張を以下のとおり整理する」と前置かれ、標題に目を移すと「職務行為基準説・合理的理由欠如説」といった仰々しい単語が並んでいます。

刑事裁判のキモは事実認定であり、実際に何が起こったであろうかを証拠から推認することで、シロクロをつけるという、我々一般人でも分かりやすいものですが(だから職業裁判官でない一般人が裁判員として機能します)、民事訴訟、特に行政訴訟は、法律論バリバリで、「我々国は悪くない」と言われても、「うーん、煙に巻かれた感じ一杯!」というのが正直なところです。それゆえ、やはり餅は餅屋ということで、私は代理人チームに完全に下駄を預けているというのが、私の国賠審の戦略です。私のやるべきことは、最強の布陣である代理人チームを編成することであり、その仕事はさせてもらったつもりです。

とはいえ、やはり観戦する上でも、場外乱闘戦の内容を少しは分かっていた方が面白かろうと、少し解説を試みたいと思います。

まず、今回の準備書面の内容に入る前に、なぜ国賠審が原告にとって相当厳しいかを法律の条文から探ってみます。

個人間の損害賠償を定めた民法第709条と、国の賠償責任を定めた国家賠償法第1条を並べてみます。

民法第709条
「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」

国家賠償法第1条
「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」

似たような文言が並んでいますが、国家賠償法の条文には、民法の条文にない単語が一つ加えられています。それが「違法に」というものです。そのしばりが、国による賠償のハードルを相当高くしていると考えられます。

つまり、不法に「ご迷惑をおかけした」(そしてこの「不法」という場合には、注意義務違反とか結果回避義務違反とかを含みますから、そこそこ広い概念です)場合に、経済的に補償しなければならないというのが個人間の取り決めですが、国が補償する場合には、更に、国が「悪いことをした」ということを原告が立証しなければならないとされています。

これが準備書面にある職務行為基準説なる解釈で、私のケースに即して言えば、確かに無罪となる嫌疑で告発・起訴をし、国は「ご迷惑をおかけした」かもしれないが、その告発・起訴があくまで適法であり「悪いことをした」ということでなければ、それが無罪という結果だからといって、結果だけからは国に賠償責任はないという考え方です。

私は、この国賠審をするに当たり、そうした知識は全くありませんでした。しかし、今まで何度も言ってきたように、国税局、検察は、私の無実を捜査の結果分かりながら、引き返す勇気を持たず、告発・起訴をしたと私は確信しています。査察部告発、特捜部起訴の事案で、かつて無罪が一件もないという日本の歴史を振り返れば、いかに無理筋であろうとも、それを裁判所は追認するだろうという奢りから、役所の論理で個人を踏み潰そうとした行為だと理解しています。これが適法である道理はありえません。つまり、彼らがやるべきことをした結果の告発・起訴であれば、私は敢えてむちゃむちゃ高いハードルの国賠審をするつもりは全くなかったと思います。私の国賠審は、「無罪だから迷惑をこうむったから国を訴えてやる」というものでないことをご理解頂けると幸いです。

私事になりますが、私は今月、敬愛する叔父を失いました。彼には私の従兄に当たる息子が2人いますが、私は彼の三男坊のようにかわいがってもらい、実業家である彼は私のビジネスでの成功を高く評価してくれていたものです。

彼に嘆願書(注2)を頼んだ際の会話です。

「隆くんさあ、特捜部は隆くんの無実を知りながら起訴したって言うけど、そんなことはないんじゃないかなあ。彼らも分からなかったんだと思うよ。だから、裁判所に判断してもらおうというつもりで起訴したんじゃないかなあ」

その時は、国家権力の無謬性を盲信する(そしてそれが一般的な感覚だと理解しています。自分がそうでしたから)叔父を敢えて説得しようとは思いませんでした。少なくとも彼は、私の無実は信じてくれていたからです。しかし、そのことはいつも引っ掛かっており、彼が逝去したことでこの世で説明する機会を失ったことは非常に残念です。私があの世に行った際には、多分時間もたっぷりあるでしょうから、とことん議論しようと思っています。

私と叔父の考え方は、国賠審での私の代理人チームの主張と被告の国の主張そのものとは異なります。私と叔父の考え方は極端であり、代理人チームの主張と国の主張は、それぞれの内側にあります。

今回の準備書面での代理人チームの主な主張は2点です。

まず1点目。

これまでの被告の国の準備書面では、職務行為基準説を事細かに説明し、「だからあ、無罪だからといって国が悪いわけじゃないって、判例もあるでしょ。今回も同じ。はい、棄却、棄却」というものです。

代理人チームの主張は、我々も職務行為基準説を取っていることを確認した上で、「それはやるべきことをやっている場合であって、やるべきことをやっていなければ、それは適法とは言えないでしょ」というものです。

ここで私の刑事裁判の判決を振り返ります。一審の佐藤弘規裁判長の判決は、弁護側主張を採用せずとも、検察の立証は合理的な疑いを越えていないというものでした。「弁護側が示すシロの証拠を見るまでもなく、検察の証拠だけでは全然クロくないじゃん」というものです。そして控訴審の角田正紀裁判長の判決は、検察は有罪立証のための消極的証拠も勘案しなければならず、その消極的証拠を勘案すれば無罪であるとした一審判決は正しいというものでした。つまり、「なんで検察はシロの証拠を検討材料にしていないの?それを考えれば無罪という結果しかないでしょ」というものです。

控訴審における判決が、代理人チームの今回の主張を支えています。怪しいと思ったから告発した、起訴したというのが被告である国の主張ですが、その「怪しいと思った」というのは、クロっぽい証拠を集めて、それだけを判断材料としているというものです。それはやるべきことをやっていないということになりませんか、というのが代理人チームの主張です。

2点目。

被告である国のこれまでの主張は、検察の起訴で必要とされる「有罪らしさ」と裁判官が判断の基準とする「有罪らしさ」は、前者の方が低くても構わないというものです。これは、その文言通りであれば、これまでの判例でもあり、正しいと言えるものですが、代理人チームの主張は、「ちょっと待って、それは自分に都合よく判例を解釈してませんか」というものです。

ここで公判における裁判官の心証を考えます。一般の方は驚かれるかもしれませんが、スタート時点での裁判官の心証はまっクロです。優秀な捜査機関がその強大な権力を行使して山ほどの証拠を集め、その中からクロっぽい証拠だけを裁判に提出するのですから、それを見れば裁判官の心証がまっクロなのは仕方ありません。被告人・弁護人の勝負は、公判に入ってから、そのまっクロな心証にどれだけシロを混ぜ合わせて、「合理的な疑いが入る」というグレーまで持って行くかということになります。そして理論上はグレーでは有罪にできないとされながら、実務上はかなりまっシロでないと無罪にはならないというのが日本の刑事司法です。

上で述べたように、公判では、基本的にクロの証拠が新たに追加されるということはなく、弁護人の努力で集めた証拠や、公判での被告人供述といったものが有罪の消極方向に作用するという一方通行です。

そして判例にある、検察の起訴で必要とされる「有罪らしさ」と裁判官が判断の基準とする「有罪らしさ」は、前者の方が低くても構わないということの理由は、裁判官の方が、公判で追加される判断材料が多くなることから、結果、無罪となることもあり、捜査権力が努力しても得られなかった証拠もあるからには、後から見た「有罪らしさ」の差があっても仕方ないとするものです。つまりそこでは、公判でのシロの証拠が決定的でなければ所詮クロはクロというレベルの「有罪らしさ」で起訴をしなければならないということには変わりがなく、起訴の時点で、「公判では有罪にならないかもなあ(でも裁判官はまともに見ないだろうから結局有罪なんだけどね)」というグレーで起訴をするのは間違っているというのが代理人チームの主張です。

ここで私と叔父の議論に戻ると、代理人チームの主張は、「捜査権力は私の無実を知りながら告発・起訴をした」というものではないものの、「なぜやるべきことを敢えてしなかったか」と思い至れば、その主張は私のものに近づきます。また、被告の国は、さすがに「分からないから判断を裁判所に任せるつもりで起訴をした」ということは実務上許されていないと分かっているため、そうした主張はしていませんが、グレーでも起訴していいんだという主張は、叔父のものと五十歩百歩の全く情けないものです。

以上が、法律素人による法律素人のための解説です。これを踏まえた上で、準備書面をご覧になって頂けると、よりすっきりすると思われます。引き続き、私の国賠審の応援をよろしくお願いします。

(注1)
ここをクリック→ #検察なう (393)「国家賠償訴訟に関して (2)~代理人ドリーム・チーム結成!」

(注2)
ここをクリック→ #検察なう (130) 「嘆願書まとめ」

7/27/2015













ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 国家賠償請求訴訟

2015/07/27 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 7

go page top

この記事に対するコメント

>「隆くんさあ、特捜部は隆くんの無実を知りながら起訴したって言うけど、そんなことは
>ないんじゃないかなあ。彼らも分からなかったんだと思うよ。だから、裁判所に判断して
>もらおうというつもりで起訴したんじゃないかなあ」

これは多くの日本国民がこういう感覚でいると思います。

要約すると

「警察や検察は日本の治安を守る為に誠実に仕事をしている。決して人を陥れたり、自分たちの栄達や名誉欲の為にやってるんじゃないんだ。警察に逮捕されたり、起訴される人たはどこか問題があるに違いない。我々、地道にやってる人間からしたら別世界の話で、真面目にやっていれば巻き込まれる事はない。万が一間違いがあっても、裁判所がちゃんと助けてくれるさ。政府をもっと信用しようよ」

自分で書いてて思いましたが、薄ら寒いものを感じましたがどう思われますか?

Tri #6Aros7K. | URL | 2015/07/28 Tue. 00:22 * edit *

残念ながら

学校教育や家庭教育で、権力に対して正しく懐疑心を持つことを学習する機会が皆無である以上、仕方ないことだと思います。知らない方が幸せということもあるのかもしれません。私は、どんなことでも知らないよりは知っていた方がいいと思う方ですが。多くを望まず伝道に努めます。それが無罪を得た私の使命だと思っています。

八田隆 #- | URL | 2015/07/28 Tue. 06:58 * edit *

お返事ありがとうございます。

いつか機会があれば会ってお話できれば楽しそうですね。

こういう言い方しかできないのは残念ですが、日本か海外で新たにビジネスなり事業なり、新天地を見つけて早く再スタートを切れれば良いですね。

Tri #6Aros7K. | URL | 2015/07/28 Tue. 19:05 * edit *

八田さまへ
コメント欄に「警察や検察は日本の治安を守るために誠実に仕事をしている」
自分たちの栄達や名誉欲のためにやっているのではない…とのコメントを
寄せられて、八田さんと親しい方なのか?警察の方か?或いは検察の方か?良く分りませんが、刑事事件に巻き込また事がないから言えるコメントでしょうね…
私は刑事事件の被告人となつた経験者です。つい最近執行猶予が終わり晴れて自由の身となりましたが当時、まず参考人として取り調べを受けその後、逮捕・起訴・論告・求刑となるまでの一連の裁判所判決までの流れを経験して感じたことは、警察・検察は事件を創るプロだと思ったことです。
真実を見るのではなくどうしたら事件となるのか?
それ一辺倒で作業を進めていたように感じました。
事件の内容を詳しく説明申し上げると分りやすのですが、家族も
話題にすることすら避けておりますので申し上げませんが、
少なくともコメントの冒頭に書かれている実態とはかけ離れていると
経験者としては思って
おります。八田さんがブログを通して闘っておられるのも経験者として
コメントとは違っている司法の現実を経験したからに他ならないからだと
思っております。「真面目にやっていれば事件に巻き込まれることは無い」
ですか?一度経験をされると全く違った考えを持つと思いますよ。

名無し #- | URL | 2015/07/29 Wed. 14:03 * edit *

う〜ん。文脈を読んで頂けますか?

私が思う、一般国民の刑事司法に対するイメージをアンチテーゼ的に表現したのですが。

>「真面目にやっていれば事件に巻き込まれることは無い」

私は色々ケースを調べて、また人づてに聞いたり、多少自分自身の経験を元に↑は決して真実でない事を知っています。いざ巻き込まれれば、人生を破壊されかねない大過です。

ただ、大多数の人にとって刑事司法、裁判所って遠い存在なんですよ。例え起訴猶予、もしくは裁判の末無罪だとしても、結果として親族や知人が「逮捕されたから何かあるに違いない」と逃げていく。(氷見事件の柳原氏など、国賠で違法捜査・冤罪認定で賠償金1千万ちょっともらったからといって人生を現状復帰できない苦しみからすれば、ハシタ金だと思います。)だから、私が書いた様な考え方をしている人は決して少なくない。

正直、私も怒ってますよ。明らかに理不尽で正義に反するのに、こういう瑕疵の明らかな制度がもう何十年もほぼ手付かずで放置されている。だけど現実はなかなか変化しない。それは、この問題に対して国民の関心が向いていないからです。

現状の危うさ、リスク、この国の行末に対して感度の高い人達はある程度反応してますが、選挙で公約に上がる程のインパクト、話題性が無い。ここを変えていかないと駄目だと思います。

Tri #6Aros7K. | URL | 2015/07/29 Wed. 21:30 * edit *

私の早とちりで失礼なことをコメント致しました!警察・検察は
法を守る正義の法の番人として「法をもって、法を破る者を取り締まる」のが
本分と思って過ごしておりましたが、ある事件に巻き込まれ取り調べを
受けるにあたり、自分が思い描いていたような組織とは全く違うことに気付か
されました。
被疑者の話に真摯に耳を傾けるといったような態度では無く、最初から
犯罪者扱いで彼らが思い描いたストーリーに沿って何がなんでも事件方向へと
向けていく取り調べでありました。朝からの呼び出しで夜遅くまで同じことを
何度も何回も聞かれ彼らの思うような答弁が出ないとそれを毎日続けます。
それは取り調べられる側にとって拷問にも等しいものです。それも息苦しい
狭い取り調べ室で…言わば被疑者を極限状態に追い込み、真実はさておいても
被疑者が諦めて彼らが思い描くストーリーとなるような供述を
取るためです。真実には目をつぶり組織の維持にやっきになってる様を
見た時にいままで想像していたような警察・検察への思いはいっぺんに
吹き飛んだものです。経験したものでないと分らないことだと思いますので
つい「人を陥れたり、自分たちの栄達や名誉欲の為にやってるんじゃないんだ」という言葉を見つけたとき虚しさと腹立たしさで前後をよく読まずコメントしてしまい大変失礼を致しました。申し訳ございませんでした。
心より失礼をお詫び申しあげます。お許しください。

名無し #- | URL | 2015/07/30 Thu. 21:26 * edit *

誤解が解けた様で良かったです。

>「人を陥れたり、自分たちの栄達や名誉欲の為にやってるんじゃないんだ」

これは確かにかなり皮肉を込めて扇動的に表現しましたので、中途の経過を読んでない方には誤解を受ける内容だったかもしれません。気分を害されたのなら失礼いたしました。

私が見るに、警察・検察・裁判所は一旦相手を被疑者と認識したら、表面上はどうであっても後はその相手を人間として見ていないと思います。屠殺場に牛を送る感覚というか、工場の流れ作業の様な淡々とした感覚で日々の「仕事の対象」としか見ていない、と思います。

事件に関しては、例えば政治家が絡む案件であったり、世の注目を集める様な事件(有名人の薬物使用等)に対しては出世欲がかなり働いているな、と感じています。こういう事件を物にすれば、事件を発案(というか最初に「こいつは事件になるぞ」と提案した人)した人、捜査を管理した人(上層部)、検察関係者の人事上の評価ポイントとなります。出世すれば給料が増える、上に登れば定年の時に良い天下り先をあてがってもらえる、こういう目立たない役得が色々裏に有る訳です。欲が無い訳が無い。

>朝からの呼び出しで夜遅くまで同じことを
>何度も何回も聞かれ彼らの思うような答弁が出ないとそれを毎日続けます。

本当は任意の聴取、取り調べは断れるんですが、逮捕されるかもしれないと思うと普通は拒否できないですよね。

最低でも録音録画機器の自費での持ち込みだけでも法制度にして認めれば、かなり救われると思うんですよ。欲を言えば弁護士の同席がベストなんですが、録音録画だけでも警察官と検察官の密室での理不尽な、暴力的な取り調べを相当抑制できる。別に可視化に反対している法務関係者が言っている様な高価な機材なんて必要無い。その辺の携帯ショップで売っているカメラ付きの廉価なスマホで十分です。

足利事件や志布志事件が発生してからもう10以上経過しようとしているのに、↑の一部も実現できないとは、ある意味絶望を感じています。(駄目だこりゃ!?)

Tri #6Aros7K. | URL | 2015/07/31 Fri. 10:10 * edit *

go page top

コメントの投稿

Secret

go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://fugathegameplayer.blog51.fc2.com/tb.php/889-45be89f8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

go page top