「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (79) 「江川紹子氏とランチ+『踏みにじられた未来』読了」12/29/2011 

#検察なう (79) 「江川紹子氏とランチ+『踏みにじられた未来』読了」12/29/2011

今日、江川紹子氏とランチをご一緒しました。実は昨日の昼に、今日予約したレストランから、「八田さん、江川さん来てるんですけど」と電話あり。「え~、まじ~。電話代わって..........あ、江川さーん、明日ですよー」「え?ごめんなさーい」ということで今日、仕切り直しました。全くお茶目な人です。

江川氏はオウムウォッチャーでブレイクし、教団からホスゲンガスの襲撃で殺人未遂までされながらもぶれなかったタフさもあり、またその正義感と公正な論調から人気も高く、検察問題でも造詣の深いジャーナリストです。

今回のランチは、彼女がTwitter上で「#検察なう」の記事を見つけて、私に会って話がしたいと申し込んできたことから実現したものです。

まず驚いたのが、彼女がこれまでの経過報告を全て読んでいたこと(随分なボリュームになりましたからね)。例えば、検察特捜部の初日の取調べで、検面調書の訂正を検察が頑として受けてくれず、苦労をして5ヶ所のうち4ヶ所訂正してもらったという経緯があったことを覚えていらっしゃるでしょうか。今日、私がその話をした際、「4ヶ所のうち3ヶ所の訂正しかできなかった」と言ったところ、彼女から、「あれ、5ヶ所のうち4ヶ所でしたよね」と指摘されました。さすがあ!と感心した瞬間でした。

ランチでの会話は、私の事件が中心。その興味があるからこそ、彼女も忙しい時間を割いているわけですが、どこまで自分の主張をしたものか最初は気後れしました。しかし、今回は彼女の「取材モード」に救われた感じでした。

話はなかなか尽きなかったのですが、特に印象的だったのは、私が外資系金融に勤めていたことで、自分が無実の罪に問われていると訴えても、人の共感は引きにくいのではと言った時です。彼女の言葉は、「人には譲れないものがあります。それは、その人の収入が高いとか低いとか、あるいは社会的地位が高いとか低いとか、そういったことは全く関係ないんです」でした。どうです?いいこと言いますよね。

また私が、冤罪を訴える際に、自分のことよりは社会性を前面に出した方がいいと思ってるし、それが使命だとも思ってると言った時には、「いや、素のままでいいんじゃないですか。経過報告を読ませて頂いて、例えば布川事件で自白に至る原因は絶望だと書かれていますけど、そうした考え方にはこちらも共感するものがありますよ。あまり構えないでそのままでいいんじゃないですか」とも言われました。うーん、勇気が出るなあ。

意見が食い違ったのは、私の事件も含め多くの冤罪事件で、検察・裁判所は実際は分かっているのではないか、という私に対し、「うーん、そうも言えないですよ。人は見たいものを見て、聞きたいものを聞きますから」と江川氏は考えているようです。

「今、やろうとしているお仕事はなんですか。頭は陸山会で一杯ですか」という私の問いに、「今は、いくつかの少年事件に関心を持っています。また、子供向けに冤罪事件の本を書きたいと思ってます」とのことでした。「あー、いいですね。うちの弁護士も少年事件に関心持ってますよ。損得勘定抜きで社会貢献ですよね」。学校で三権分立や国会の授業はあっても、冤罪の授業はないので、彼女が書く子供向けの「冤罪はどうして生まれるか」という本は大いに期待します。

また私が今、弁護士と企画しているものに、法科大学院生を対象とした「司法はどうあるべきか」的な討論会がありますが、「江川さんも来て話して下さいよ」には快諾して頂きました。

ということで和やかかつ盛り上がった2時間でした。

長野智子氏著の「踏みにじられた未来 御殿場事件、親と子の10年闘争」読了。当事者感情から、冤罪関係の本にはどうしても涙してしまうのですが、昨日、今日東京鎌倉間の横須賀線の電車の中で、阿呆のように涙を流していました。

まず彼女のように社会的認知度が高い人が冤罪に関心を持ち、正しい意見をパブリックにアクセスできる形で発信する勇気、熱意には「あっぱれ!」ステッカー3枚です。

この本で扱われている御殿場事件をかいつまんで説明します。事件は2001年に起こった集団強姦未遂事件。犯人とされた当時中学生・高校生の10人が逮捕。ところが、暴行されたという少女は、実は出会い系サイトで出会った他の男性とのデートで帰りが遅かったことを言い訳するために「強姦された」と嘘をついていたことが発覚。その男性も裁判で、「犯行当日に会っており少女が『親には遅れた理由を誰かのせいにする』と言っていた」と証言。これで一件落着と思いきや(否認をしていたため拘留されていた者は9カ月ぶりに保釈されたが)、その後、検察は犯行は実は別の日であったと訴因変更。自白調書が当初少女が言っていた日時を基に作られていたため、多くの矛盾点を抱えていたにも関わらず、裁判所の審理が進み、結局被告側はひっくり返せず実刑確定という痛ましい事件です。

本は、勿論事件そのものも語られていますが、犯人とされた少年と家族の絆、そしてその少年たちの成長がメインテーマと言ってもいい内容です。

鑑別所にいる息子と父との往復書簡:
「いつも迷惑ばかりかけてしまって本当にすみません。お父さん、お仕事忙しい中、面会に来てくれてありがとうございます。お父さんとは最近あまり話をしてなかったよね。自分でも分かっていたけど、なんか恥ずかしくて話せなかったよ。どうして俺はこんなにも親不幸なんだろう。一体どこまで心配をかけていくのだろう。もう今回で最後にします。もう心配はかけません 貴志」
「家族も友人も弁護士先生方も、誰もが皆、貴志のことを信じています。絶対に諦めないでがんばってください。お父さんや家族、友達のことは何も心配するな。貴志がしっかりすることだぞ。お父さんは命がけで無実を証明してみせる。貴志とお父さんは苦しいときは一緒だからな 父」

書きながらも涙、涙、涙です。

そして事件では、一生懸命息子たちの無実を証明しようとする家族の努力を裁判所は身内を助けるための口裏合わせ、証拠捏造とばっさり切って捨てます。非情。

私が感心した一節は、
「最初にウソをついた少女を批判する声もある。だが、高校生の少女が親に叱られるのが怖くてついたウソである。もちろんウソをついたのは良くないことだが、彼女の証言や、少年たちのアリバイなど、警察がしっかりと裏付け捜査をしていれば、大事には発展しなかったことだ。この事件において責められるべきは、少女や少年たちではなく、初動の捜査を怠り、証拠もないまま自白の強要を行った警察・検察。そして有罪とするにはあまりにも不可思議な矛盾があるにも拘わらず、警察調書や検面調書の作り直しもしないまま続行され、判決を導いた裁判にあると私は思っている」
です。正しい視点だと思います。

ご一読お勧めします。引き続きご支援お願いします。

12/29/2011


category: 冤罪事件に関して

2011/12/29 Thu. 02:34 [edit]   TB: 0 | CM: 1

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この記事に対するコメント

冤罪だと思います、少女のついた嘘に付き合ってしまった検察、裁判所の間違いだったと思います

本当におかしな事件でした、検察の訴因変更を裁判官の職権で認めてしまったのですが、少年たちの供述調書との齟齬はそのままにして判決確定ですからね。こんな馬鹿な話はありません。再審請求が認められたらいいと思います。

ミュウタント #NgDLdiQA | URL | 2011/12/30 Fri. 08:49 * edit *

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