「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

07« 2017 / 08 »09
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.

#検察なう (500) 「会社の源泉徴収義務再考~原告第4準備書面提出」 9/21/2015 

#検察なう (500) 「会社の源泉徴収義務再考~原告第4準備書面提出」 9/21/2015

私の国賠審は粛々と進み、来る9月28日に第7回口頭弁論が開かれます。それに先立ち、私の代理人チームはその主張を記した準備書面を提出しました。しかも第4~第7準備書面を一気に提出という気合いの入れようです。やはり真実を味方にしているという強みがあるというのはいいものです。刑事裁判では私もフル稼働しましたが、国賠審は重量級代理人チームに全権委任しており、思う存分彼らの実力を発揮してほしいと考えています。

提出した準備書面の一つに、会社の源泉徴収義務についての議論がありました。会社に源泉徴収義務があったのではないかという点に関しては、私も以前、ブログで取り扱っています。

ここをクリック→ #検察なう (321) 「そもそも会社に源泉徴収義務はなかったのか」

税務調査開始当初から、私は過少申告に関しては、自分の税務に関する認識不足・知識不足による過失であり、自分の責任であるとしていました。そして、国税局が主張する「私がわざとやった」という故意に関しては、事実とは異なり、所得税法違反という犯罪自体が存在しないと主張しました。そこでは私は、責任を他人に転嫁するつもりは毛頭ありませんでした。

しかし、私が刑事告発されると、会社は「適正な指導をしていた」と責任回避を図り、税務調査対象者約300人のうち約100人が私と同じ株式報酬の無申告でありながら、その責任を社員に押し付けたものです。

刑事告発後、検察特捜部の取調べが始まっても、私は会社が悪いという主張を一切していません。私を無実の罪に陥れようとするのは、国税局・検察という捜査権力であり、彼らと対峙しなければ活路は見出せないと理解していたからです。会社がしたような責任のなすりつけ合いこそが、捜査権力の思うつぼだと考えました。

結局裁判では、会社も自らその責任の一端を認め、「会社は指導していない。なぜなら会社にその義務はないから」としました。裁判の流れが大きく変わった瞬間でした。

ここをクリック→ #検察なう (147) 「第三回公判報告 検察の主張崩れる!」

しかしそれでも、会社はオフィシャルに源泉徴収義務があったと非を認めたわけではありませんでした。証人に立った法務・コンプライアンス本部長が「会社は源泉徴収すべきだと思った」とあくまで個人的見解を述べたまでです。

この会社の源泉徴収義務に関し、法律のプロである代理人チームの主張を、準備書面から拾ってみます。

準備書面では、租税刑法における誤信の扱いを過去の判例と照らし合わせた後、次のように述べます。

(以下引用)
株式報酬の法的性質は、雇用契約上の対価として支払われる「賞与」であることは疑いないところ、上記の見解(注:会社には源泉徴収義務はないとする見解)には少なからぬ問題があった。すなわち、雇用者とは別の法人格の外国法人が労務の対価を支払っているとすれば、その取扱いの根拠が問題とならざるを得ない。労働法その他関係法令上、雇用者ではない別法人(外国法人)が賞与を支払うという事態が適法視されるためには、法技術的には、その別法人が雇用者から委託を受けて賞与の支払い事務を行っているという構成を取るほかないとみられる。

しかし、そう構成した場合、別法人たる外国法人は委託を受けて支払い事務を行っているだけで、賞与の支払い主体は日本法人であるということになる(と言うより、ならざるを得ない)。反面、それだけ、賞与の支払い主体である日本法人に源泉徴収義務が生ずることに傾かざるを得ない。
(引用以上)

その後準備書面では、実際に株式報酬を源泉徴収していた二例を取り上げます。一つはドイツ証券、もう一つはゴールドマン・サックス証券です。その違いは、前者は「所轄税務署と協議をしたうえでの解釈」であり、後者は「源泉徴収義務の解釈にとらわれず」「自主的に会社側が源泉徴収」していたというものです。そして非常に重要なのは、これら両社の実状が明らかとなったのは、検察の証拠によるものであることです。それに対し、捜査当局のクレディ・スイス証券に対する調査は、証拠上明らかではありません。

もし捜査当局が、クレディ・スイス証券の源泉徴収義務に関わる捜査をしていないのであれば、それは国賠違法の程度に捜査の懈怠、即ち、なすべき捜査をしていなかったということが言えます。そして、もし捜査をしたのであれば、クレディ・スイス証券に株式報酬の源泉徴収義務や源泉徴収実務について深刻な問題があることに尽き当たったに違いなく、やはり、その上で会社ではなく私個人に責任があるとした捜査には相当慎重さに欠け、その判断には重大な瑕疵があると言えます。

準備書面の結びです。

(以下引用)
翻って、社会的に見た場合、株式報酬制度は、日本の給与源泉徴収制度を知りながら、あえて外国法人が日本法人の頭越しに株式報酬を供与する形を取るものであり、しかも、会社側が、受取口座(株式入庫口座)として外国口座を指定するなど、極めて恣意性の強いものである。

そもそも、国際的に金融証券事業を展開する外資系企業が日本に進出し、勝手に外国法人が頭越しに株式報酬を供与する形にしておいて、「国内において支払をする者」でないからとの理由を持ち出し、日本の所得税法上の源泉徴収義務を回避する(それで日本国に源泉所得税を納めない)のは、日本の租税高権に対する軽視とも言える。

わが国の租税高権を軽視する外資系企業を当然のように不問に付し、日本国民たる個人に矛先を向けるのは、本末転倒、国税・検察の自己矛盾とも思える。それでも、そこで敢えて個人に矛先を向けるのだとすれば、慎重なうえにも慎重な捜査が求められるのは当然である。

本件刑事事件における検察捜査並びに本国国家賠償請求における被告指定代理人の主張は、「甘えの構造」「公権力の庇いあい」の抗弁にすぎないばかりか、日本国としての方向をはき違えたものである。
(引用以上)

ふざけた外資系企業をかばって、日本国民個人に矛先を向けるのは、捜査権力の大いなる勘違いであると糾弾した、力強い主張だと感じます。裁判所がこの「甘えの構造」「公権力の庇いあい」に与するのかどうか、是非ご注目頂ければと思います。

ここをクリック→ 原告第4準備書面


9/21/2015














ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 国家賠償請求訴訟

2015/09/21 Mon. 01:02 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

この記事に対するコメント

go page top

コメントの投稿

Secret

go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://fugathegameplayer.blog51.fc2.com/tb.php/914-01cbb4fd
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

go page top