「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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#検察なう (506) 「『告発の正義』とクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件~各論 第四章「激変する「告発の正義」と「検察の正義」の関係」(上)」 10/12/2015 

#検察なう (506) 「『告発の正義』とクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件~各論 第四章「激変する「告発の正義」と「検察の正義」の関係」(上)」 10/12/2015

郷原信郎氏最新刊『告発の正義』の第二章では、「法律上の告発」が論じられ、その中で「公務員の告発」としてクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件が概論的に述べられていました。

ここをクリック→ #検察なう (503) 『告発の正義』とクレディ・スイス証券集団申告漏れ事件~概論 第二章「「法律上の告発」の諸相」

続けて第四章から各論的な論述を、二回に分けて抜粋引用します。

告発の正義

<国税局と特捜検察の完全敗北>

2013年3月1日東京地裁刑事8部は、元クレディ・スイス証券の八田隆氏に対して無罪の判決を言い渡した。検察は控訴を申し立てたが、控訴審での検察官の証拠請求はすべて却下され、第一回期日で結審、2014年1月31日に控訴棄却の判決が言い渡され、八田氏の無罪が確定した。

東京国税局に告発され、東京地検特捜部に起訴される脱税事件では、起訴された脱税額が一部変更されることはあっても、無罪となった例はなかった。

国税局の税法違反の告発については、国税局の査察部門と検察庁の担当検察官との間で「告発要否勘案協議会」と称する事前協議が行われ、検察官の了解を得たうえで告発が行われることになっている。その協議会の枠組みの中で、告発の対象事件を、確実に有罪判決が得られる事件に絞り込むことになっているので、告発された事件は100パーセント起訴され、有罪率も100パーセントだった。

国税局という税の専門機関が調査したうえ、告発すべきと判断し、検察も有罪判決が得られると判断したうえで、告発・起訴が行われた事件、つまり、国税の「告発の正義」と「検察の正義」が一致して「有罪の判断」を示しているのであるから、裁判所が、その判断を否定して無罪判決を言い渡す余地はあり得なかった。

国家が個人から税を徴収するに当たって、自ら所得を申告して納税させるという「申告納税制度」の下では、当局による所得の把握を困難にするような仮装・隠蔽行為が行われると、制度の運用に支障が生じる。そこで、そのような行為を罰することで、納税者の正直な所得申告を確保しようというのが脱税犯処罰の趣旨であり、まさに、税を徴収する国の側の事情による処罰である。

そうである以上、脱税による処罰の対象は、結果的に申告すべき所得が申告されていかったとか、過少だったという「申告漏れ」ではなく、所得を隠蔽する工作を行ったことや意図的に所得を過少申告して税を免れようとしたことが客観的に明らかな場合に限定されなければならないのは当然である。

八田氏は、高額納税者ではあったが、「給与所得者」だった。本来は、会社からの給与支払については、株式報酬についてもすべて源泉徴収が行われるべきであった。八田氏は、2006~07年にかけて勤務していたクレディ・スイス証券から現金の代わりに現物支給されていた株式報酬について無申告であったとして、2009年12月22日に、脱税(所得税法違反)で東京国税局に告発されたが、捜査段階から、株式報酬は源泉徴収されていると認識していたもので、脱税の犯意はなかったとして全面否認した。

しかも、同社において税務調査の対象とされた約300人のうち、約100人が株式報酬について無申告であったこと、ゴールドマン・サックス証券会社など、クレディ・スイス証券会社と同様の立場にある外国証券会社では、株式報酬について源泉徴収を行っていたことも明らかになった。

給与所得者の場合、所得税が給与から源泉徴収されることで、「申告納税制度」によらず、国家も徴税コストをかけず、多くの国民から税を徴収しているのであり、そのような給与所得者に、源泉徴収されていない「納税申告すべき所得」があり、申告が行われていなかったとしても、その不申告ないし過少申告が意図的なものでなければ、税務当局がそれを指摘して納税申告を求めればよいのであり、脱税犯として処罰の対象とすることなど、絶対にあってはならない。

そういう意味では、給与所得者だった八田氏が、結果的に過少申告であったことは認めつつも、源泉徴収が行われていたと認識していて脱税の意図はまったくなかったと一貫して主張し、それを裏付ける十分な証拠もあったのに、脱税で告発を行うというのはおよそ考えられないことだ。

<「見せしめ」としての脱税告発>

ところが八田氏は脱税で告発され、東京地検特捜部によって起訴された。そして、一審の公判審理の結果、「当然の無罪判決」が出された。検察は、その当然の結果をも受け入れずに控訴を申し立てたが、控訴は棄却され無罪が確定した。

基本的な証拠関係は、起訴の時点から、いや告発の時点から変わっていない。公判での「全面敗北」の可能性が高いことは、告発の時点で十分予想できたはずだ。

このような事件については「不告発」という結論を出すことが、「告発の正義」と「検察の正義」が合体した酷要否勘案協議会の枠組みの下では当然だったはずだ。それが、なぜ告発されたのか。

まず、国税当局が、八田氏を所得税の脱税で告発しようとし、それにこだわった背景に、2008年秋のリーマンショックまでの数年間、世界的な株高、金融市場の活況という状況の下で、億単位の高額給与の支給を受ける証券マンが多数に上っていたことがあったものと考えられる。その報酬には株式報酬も含まれており、現金給与のように、金額や支給の事実は単純なものではない。

そのような証券マンの高額の所得について、漏れなく所得税を徴収するためのアプローチとしては、二つの方向が考えられる。

一つは、給与所得者の所得税徴収のための源泉徴収を徹底させる方向である。源泉徴収によって給与から控除して徴収するのが給与所得者の所得税徴収の原則であり、給与支給の際に、事業者が所定の源泉徴収を間違いなく行うことは「企業のコンプライアンス」である。そこで、給与支払者である証券会社にコンプライアンス強化を要請していくのが、本来の原則に沿ったアプローチである。

もう一つのアプローチとして考えられるのが、給与支払を受ける側に、株式報酬を含めて、自らの所得金額を正確に把握して申告納税させる方向である。このような方向で、所得者側の義務を徹底していくうえで最も効果的な方法は、その義務を怠った場合に厳しいペナルティが科されることを認識させることである。

そこで、高額所得者の一人であった八田氏の過少申告の問題を取り上げて、「見せしめ」として脱税で告発し、所得者側が申告義務を怠ると、刑事処罰を受けることもあり得ると世の中に示そうとしたのが、国税当局が八田氏を告発しようとした事情だったのではないかと考えられる。

しかし、国税当局が、そのような理由で八田氏を告発しようとしても、刑事処罰を行うためには、脱税の犯意がなければならない、というのが大前提である。給与所得者のほとんどは、所得税は源泉徴収されていると思っており、そう思って、株式報酬を申告しなかったのであれば脱税の犯意はない。告発しても有罪判決を得る見込みはないのであるから、当然、告発要否勘案協議会の枠組みの下で、検察が告発すべきではないという意見を述べるはずである。

しかし、八田氏の事件については、検察には、そのような国税当局としての政策判断に基づく、無理筋の脱税告発を受け入れた。そこにはそうせざるを得ない事情があったはずである。
(続く)

10/12/2015



















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category: クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

2015/10/12 Mon. 01:50 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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