「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

04« 2017 / 05 »06
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.

冤罪ファイル その14 「岩手17歳女性殺害事件」 

冤罪ファイル その14 「岩手17歳女性殺害事件」

このポスターを見たことがある人も多いのではないでしょうか。

公的懸賞金

岩手17歳女性殺害事件の容疑者として指名手配をされ、捜査特別報奨金(公的懸賞金)の対象にもなっている小原勝幸容疑者のポスターです。このポスターを見れば、ほとんどの人は、彼が犯人で間違いないという印象を持つと思います。

しかし、事件をつぶさに検証すると、この事件の犯人を小原容疑者とすることには強い疑念があります。しかも、彼は犯人どころか、犠牲になった被害者女性同様に被害者であり、もうこの世にはいない可能性すらあります。

一見、(犯人が誰かということを別にすれば)単純な殺人事件のようですが、その背景は非常に複雑です。そしてその複雑な背景を探ると、恐ろしい深淵を覗きこむように感じられます。

<事件経緯> 
2008年7月1日午後4時半頃、岩手県川井村の沢で17歳女性の他殺体が道路工事作業員に発見されました。その女性の名前は佐藤梢さん。遺体発見場所から約170キロ離れた宮城県登米市に住んでいました。

死亡推定時刻は、発見前日の6月30日頃から同日7月1日頃。死因は頚部圧迫による窒息もしくは外傷性脳障害とされました。

ここをクリック→ 「遺体検案書(写し)」

容疑者として浮かび上がったのが、小原勝幸でした。佐藤さんは、6月28日夜10時過ぎに知人男性といた時に、小原容疑者から電話で呼び出され、その知人男性に「友達の彼氏から恋愛相談のために呼び出されたから行ってくる」と言い残して別れました。午後11時頃に宮城県登米市内のコンビニで、一人で立ち読みする姿が防犯カメラに映っており、それが佐藤さんの姿が見かけられた最後でした。

佐藤さんと小原容疑者は友人でした。彼らの出会いまで時間を遡ると、実に不思議なことが分かります。事件から約1年半前の彼らが出会った2007年2月まで時間を巻き戻します。

2007年2月頃、小原容疑者と後輩の男性2人がゲームセンターで、2人の女性をナンパします。その女性の一人が、岩手17歳女性殺害事件の被害者となった佐藤梢さん。その時、佐藤梢さんと一緒にいて、この後小原容疑者と付き合うことになったもう一人の女性の名前も佐藤梢さんでした。2人は同姓同名だったのです。この同姓同名の高校同級生2人が小原容疑者と出会うことで、この後2人の運命は数奇な展開をすることになります。ここでは、小原容疑者の恋人になる佐藤さんを「梢A」、殺害されることになる佐藤さんを「梢B」と呼ぶことにします。

2007年5月1日、小原容疑者と佐藤梢Aさんは、恐喝事件に巻き込まれます。小原容疑者は知人男性Z氏(当時30代)の紹介で就職先をあっせんしてもらっていましたが、彼が数日で仕事場から逃亡していたことからその知人が腹を立てていると聞き、謝罪に行きました。Z氏の家には、小原容疑者と弟(三男)、そして佐藤梢Aさんが出向きましたが、佐藤梢Aさんは外の車で待っていました。

Z氏はメンツを潰されたことを理由に迷惑料120万円(10万円x12ヵ月)を要求します。Z氏は日本刀を小原容疑者に咥えさせ、さらに迷惑料が払えないなら指を詰めろと脅かしました。借用書の連帯保証人の欄に、弟の名前を書こうとしたところ、弟が拒否したため、小原容疑者が書いた名前は「佐藤梢」でした。

その後、小原容疑者はZ氏にお金を払うことなく逃げ回ることになります。しかし翌年、Z氏が「全国指名手配」という携帯サイトに小原容疑者の実名と顔写真を添付して「金を払わず逃げ回っているとんでもないやつです。見つけたら連絡下さい」と書き込みをしていたことから、逃げ切れないと観念した小原容疑者は、恐喝の届け出を佐藤梢Aさんと共に岩手県警久慈署に出します。2008年6月3日のことでした。

その後、事態は急展開を迎えます。6月28日昼過ぎ、小原容疑者は突然、恐喝の被害届を取り下げると言い出します。しばらく前から小原容疑者と別れたいと思っていた佐藤梢Aさんはこの日、実家に逃げ帰っていました。携帯電話の小原容疑者は緊迫した声で、「一緒に行かないと取り下げできないから」と食い下がりましたが、佐藤梢Aさんは自分を連れ戻す口実だろうと応じることはありませんでした。

その夜、小原容疑者は付き合っていた佐藤梢Aさんの代わりに、佐藤梢Bさんを呼び出しました。佐藤梢Bさんから実家にいた佐藤梢Aさんに電話があったほか、メールを6回交換しています。

佐藤梢Aさん
「あのとき、彼女(佐藤梢B)の横にはカッチ(小原容疑者)がいたんじゃないかな。まるで代わりに聞いているみたいな質問ばかりだったから」

最後のメールが届いたのは29日午前0時半頃でした。

佐藤梢Bさんの遺体が発見されたのは、その2日後のことでした。

<争点>
警察は、佐藤梢Bさんの殺害を小原容疑者の犯行とし、殺害現場を「小原容疑者の車の中」と断定しています。その物証は、「佐藤さんの毛髪と履き物が見つかったこと」。しかし、それは佐藤さんが車に乗った証拠にはなっても、そこで殺されたという根拠にはならないものです。しかも不思議なことに、車内から見つかったとされるのは、佐藤さんの遺族が娘のものではないという赤いパンプスでした。遺族は、あの日佐藤さんが履いて出かけたのはキティのサンダルだったと証言しています。そして車内のDNA型鑑定をしているという報道があったものの、その結果を警察は発表していません(即ち、失禁等の扼殺の痕跡は確認されていません)。

6月28日以降の小原容疑者の足取りを追ってみます。もし佐藤梢Bさんの死亡時間が、遺体検案書通り6月30日から7月1日にかけてであれば、小原容疑者には確実なアリバイがあります。

6月29日午前2時過ぎ
岩手県盛岡市内(佐藤梢Bさんが最後に目撃された宮城県登米市からは高速で約2時間)のガソリンスタンドの防犯カメラに、右手に白い布を巻いた小原容疑者の姿が映っていました。そして朝9時頃岩手県田野畑村(盛岡市から約100キロ)の弟(次男)の家に現れます。小原容疑者の様子は普段通りでしたが、右手に大けがをしていました。けがの原因を小原容疑者は「壁とけんかした」と言っていましたが、かなりひどい状態でした。

勝幸最後の写真

弟に付き添われてその日のうちに診察を受けます。完全に握力がない状態で、そのまま放置しておけば、一生手が動かないほどの機能障害が残るほどのけがだったため、大病院で再診察を受けるよう診察されました。

ここをクリック→ 小原容疑者の右手を診察した医師のインタビュー

右手の治療をした後、小原容疑者は弟の家に2泊します。6月29日と30日です。田野畑村から遺体が発見された川井村まで車で片道2時間近くかかります。弟の家にいる間、小原容疑者が4時間以上家を空けた事実はありません。

6月30日昼頃
小原容疑者は久慈署の担当の千葉警部補に恐喝の被害届の取り下げを申し出ていますが、断られています。その夜、小原容疑者の父も、千葉警部補に電話をして、取り下げを依願しますが、立件を狙っていた警察は取り合わず、被害届が取り下げられることはありませんでした。

7月1日の朝9時頃
小原容疑者は幼なじみの男性宅を訪問しました。訪れた時、小原容疑者に特に変わった様子はなかったと言います。小原容疑者は一旦、買い物のため5時過ぎに外出をします。そして7時半頃、小原容疑者が家に戻った時の様子の変貌ぶりに幼なじみの男性は驚いたといいます。彼が家に入るように言っても、小原容疑者は車の運転席に座ったまま取り乱して、「頑張っても頑張っても誰も認めてくれない」と言って泣いていたとされます。

小原容疑者が幼なじみ男性の家から外出する少し前の4時半頃、車で2時間離れた川井村の沢で、佐藤梢Bさんの遺体が発見されました。

ここをクリック→ 小原容疑者の幼なじみ男性インタビュー

7月1日夜9時頃
小原容疑者は田野畑村近くの県道で、自動車事故を起こしました。

自動車事故

その直後通りかかった男性が、小原容疑者を実家まで送って行きました。小原容疑者は酒に酔った様子で、「もう俺はおしまいだ。死ぬしかない」と言っていました。そしてその日、小原容疑者は実家に泊っています。

7月2日早朝
親戚宅を訪れます。車が故障したから送ってくれと依頼した小原容疑者を、親戚の方が下したのは、鵜の巣断崖へと続く一本道でした。鵜の巣断崖は、自殺の名所としても有名なところです。

ここをクリック→ 岩手県田野畑村ホームページ「鵜の巣断崖」

そこから小原容疑者は、前日に訪れた幼なじみ男性に自殺をほのめかすメールをします。彼がスクーターで駆けつけたところ、小原容疑者は誰かと携帯電話をしており、普段通り会話をしていた様子から自殺する雰囲気はないと見た幼なじみ男性は缶コーヒーを置いて去りました。そしてその幼なじみ男性は、小原容疑者の電話の相手は、会話の内容が前日話していた内容と同じであったため、前日の電話の相手だった恐喝事件担当の岩手県警久慈署千葉警部補だと思ったと言います。それが、小原容疑者が目撃された最後でした。

7月3日
小原容疑者の遺留品が鵜の巣断崖から見つかりましたが、見つけたのは警察ではなく、鵜の巣断崖の掃除に来ていた田野畑村の職員でした。前日、その場に小原容疑者がいたことは、やはり自殺をほのめかすメールを受けて心配した佐藤梢Aさんが警察に通報しています。それでありながら「(もし警察が隠していないのであれば)警察は現場に向かっていなかった」ということになります。不思議なことに残されていたサンダルは、彼が履いていた白いサンダルではなく、青地に赤い縞模様のサンダルでした。

このように小原容疑者には、もし佐藤梢Bさんの殺害が6月30日から7月1日であったとすれば、遺体発見現場の川井村から車で片道2時間離れた田野畑村に、弟あるいは幼なじみ男性と一緒にいたというアリバイがあります(その弟あるいは幼なじみ男性が共犯という可能性が残るはずですが、警察はあくまで小原容疑者の単独犯という筋立てです)。

アリバイのほかにも、小原容疑者の無実を裏付ける状況証拠があります。その最大のものは、彼には佐藤梢Bさんを殺害する動機が全くないことです。佐藤梢Bさんは、自分と別れようとしている彼女の友人です。彼女とよりを戻すための橋渡しになることはあっても、その佐藤梢Bさんを殺害するという理由は存在しようがありません。

また右手のけがは非常にシリアスなものであり、利き腕の右手の握力が全くない状態で扼殺したり、遺体を欄干越しに投下することを一人で行うのはほぼ不可能だと思われます。

警察は当初、死亡推定時刻を遺体検案書にある「6月30日から7月1日」としていましたが、29日に右手の診察が行われた事実を知った後、佐藤梢Bさんが失踪した28日以降と死亡推定時刻の範囲を拡大しています。その理由が、小原容疑者の右手のけがでは、彼の犯行が不可能であることを警察は十分理解していたためということは明らかです。

勿論、犯行時刻と死亡推定時刻の間に相当間隔があったと推定することは可能です。即ち、佐藤梢Bさんが首を絞められ、沢に落とされた時にはまだ息があり、その後1日以上時間が経ってから死亡したと仮定することで、小原容疑者のアリバイは崩れるということになります。しかし、その場合でも、小原容疑者に動機がないことには変わりなく、動機の不在は彼の無実を示す重要な意味を持っていると思います。

また犯行が行われたであろう6月30日以降、小原容疑者は、恐喝事件担当の久慈署千葉警部補と何度も電話で会話していました。殺人を犯した者が、警察と積極的に連絡を取り合うというのは、常識から考えてあり得ないことだと思われます。

小原容疑者が無実である有力な事実がいくつもあるのに対し、彼が殺害に及んだと示す証拠はほとんどないに等しいものです。小原容疑者家族のみならず、殺害された佐藤梢Bさんの家族も共に、警察には徹底した捜査を求めています。加害者(容疑者ですが)家族と被害者家族が共に警察に不信を抱いているというのは異常な事態だと言えます。

<論評>
政府広報オンラインに、指名手配、小原容疑者が指定されている警察庁指定重要指名手配被疑者及び捜査特別報奨金制度が分かりやすくまとめられています。

ここをクリック→ 政府広報オンライン「あなたの通報が検挙につながる 指名手配被疑者の捜査にご協力を」

これによれば、2014年12月時点で指名手配者は約700人に上り、そのうち「警察庁が、凶悪犯罪または広域犯罪の指名手配被疑者のうち、全国警察を挙げて捜査をする必要性の高い者」を「警察庁指定重要指名手配被疑者」としており、2014年12月時点では14人、そしてそのうち報奨金の支払い対象になっているのは3人です。小原容疑者はその3人のうちの1人です。

ここをクリック→ 警察庁指定重要指名手配被疑者

3人のほかの2人の罪状を見てみると、一人はストーカー行為の末、相手家族の3人を殺害した者(群馬一家3人殺害事件/小暮洋史容疑者)と、もう一人は、居候をさせてもらっていた知人男性の金を奪った上で殺害したとされる元暴力団関係者の男(三鷹市居酒屋副店長強盗殺人事件/上地恵栄容疑者)です。罪状も悪く、更に重要なことに、犯人性の確度が高い容疑者という共通点があります。

小原容疑者に報奨金が懸けられたのは、事件からわずか4ヵ月足らずでした。報奨金の対象となっているほかの2人は、小暮容疑者は事件発生から9年10カ月、上地容疑者が事件発生から2年経ってから報奨金が懸けられています。報奨金制度は市民からの情報提供を促すためにあるものですが、それは警察が独力で情報収集することを諦めたことを意味します。

公判で有罪にもなっていない者を「犯人です」と断定するほど警察を前のめりにしている理由はなんでしょうか。そして、警察が早々と捜査を諦め、小原容疑者をこのように大々的に犯人視していることを宣伝している理由はなんでしょうか。その背景を探ると、それが警察の失態の隠蔽工作であるとの疑いが浮上してきます。

遺体発見の翌朝5時頃という早朝に、岩手県警宮古署から身元照会の電話がかかってきました。

「お嬢さんは無事ですか?いますか?」

しかし、警察が電話をしたのは、殺害された佐藤梢Bさんではなく、佐藤梢Aさんの家でした。佐藤梢Aさんの連絡先は、恐喝事件の件で久慈署に届けてあります。つまり、警察は遺体発見後の早い段階から、殺人事件と恐喝事件の関連性を認識していたということです。但し、彼らは同姓同名の「佐藤梢」が2人いるということは理解していませんでした。

そして遺体の身元が判明するのはそれから12時間後の、7月2日の午後5時頃のことでした。

小原容疑者が鵜の巣断崖から姿を消してからの足取りは、彼が容疑者である以上、殺害事件の捜査の最重要事項だと思われます。しかし、警察は周辺道路の検問や地元住民への聞き込みといった捜査を一切していません。

鵜の巣断崖は人気も少なく、事件後は晴天の日が続いていたため、もし小原容疑者がサンダルを脱ぎ捨て、裸足でその場を去ったのであれば、警察犬での捜索は非常に効果が高かったと思われます。小原容疑者の父親が、事件直後、警察に警察犬での捜索を依頼した時の警察の返答は以下の通りでした。

「お父さん、警察犬は数十分単位でお金がかかりますよ。高いですけど、お父さん払えますか」

警察犬による捜査に、市民がお金を払わなければならないなどということはありえません。これも警察が、捜査に消極的どころか全くする気がなかったことの表れです。

これらのことから、次のようなことが推定されます。

「警察は、佐藤梢Bさん殺害の早い段階で、以前から届け出のあった恐喝事件との関連性を認識していた。しかし、その恐喝事件の着手がもう少し早ければ、佐藤梢Bさんは事件に巻き込まれなかった可能性がある。しかも、もう一人の関係者である小原勝幸まで行方不明になってしまった。もし一連の失態が表ざたになれば、警察に対する批判は避けられない。かくなる上は、行方不明の小原勝幸を容疑者として、犯人の汚名を着せれば、警察の責任は回避でき、事は丸く収まるだろうと警察は考えた。」

警察はやるべき捜査をせず、ただ税金を使って、小原容疑者が犯人だという刷り込みをするためのポスターをばらまいているだけです。そのポスターは、現在でも全国のいたるところに貼られています。

ここをクリック→ 佐藤梢Aさんインタビュー

冤罪は、無実の罪を罪のない人に着せるだけではなく、真犯人を逃がすことにもなります。しかし、この事件で真犯人を見つけるのは容易ではなさそうです(だからこそ、警察は小原勝幸を容疑者として手打ちにしたのでしょうが)。

小原容疑者が、幼なじみ男性の家から一時外出をして、帰宅後に非常に取り乱していたというのは何を意味するのでしょうか。彼は何らかの方法で佐藤梢Bさん殺害を知ったと考えるのが合理的です。その外出の時間は、遺体発見の時間とほぼ重なります。しかし、その時点ではまだ遺体発見の報道がなされていない以上、殺害の事実を小原容疑者に知らせることができるのは、ごく限られた人間になります。

それは佐藤梢Bさんを殺した犯人でしょうか。私は違うと考えます。犯人が佐藤梢Bさん殺害をもって、小原容疑者を脅かすのであれば、殺害直後にその事実を知らせればよいということになり、何も遺体発見を待つ必要はありません。とすれば、「佐藤梢」さん殺害を小原容疑者に知らせることができるのは、唯一、警察です。しかし、警察は殺害されたのは佐藤梢Aさんだと思い込んでいたと思われます。殺害現場の管轄警察署は宮古署です。恐喝事件の担当の久慈署への照会は電話であったと思われ、人相の照合まではしていなかったはずです。

殺害された佐藤梢Bさんと小原容疑者を結ぶ線は、(それこそ警察が隠したがっている)恐喝事件です。しかし、その線上にいる恐喝をしたZ氏が真犯人であるというのは、少し飛躍があるように感じます。あまりにも物証が少な過ぎ、その男性が真犯人であるという確信は持ちようがありません。

佐藤梢Bさんが単独で何らかの事件に巻き込まれ、その殺害が恐喝事件と関係があると警察は考えて小原容疑者に伝え、殺されたのは佐藤梢Aさんであり自分も次に狙われると小原容疑者が誤解したとする可能性は多分にあると考えます。

しかし、その場合、小原容疑者の身に何が起こったのか。本当に自殺してただ遺体が見つかっていないだけなのか、自殺は自分を狙う者への目をくらませるための偽装で現在も逃亡中なのか、あるいは失踪時にどこかに連れ去られて殺害されたのか。

警察の犯罪的なサボタージュにより、事件は今も闇の中です。警察には徹底した捜査を望みます。そして、小原容疑者の公開捜査という小原容疑者の家族に対する極めて深刻な人権侵害を即刻やめるべきです。佐藤梢さんのご冥福をお祈りします。

参考資料
ここをクリック→ 黒木昭雄ブログ「黒木昭雄のたった1人の捜査本部」(注)

ここをクリック→ 『週刊朝日』「少女殺人事件の陰に隠された真相」黒木昭雄 その1 (2009年7月3日号)

ここをクリック→ 『週刊朝日』「少女殺人事件の陰に隠された真相」黒木昭雄 その2 (2009年7月10日号)

ここをクリック→ 『週刊朝日』「少女殺人事件の陰に隠された真相」黒木昭雄 その3 (2009年7月24日号)

テレビ朝日『ザ・スクープ』「岩手少女殺害事件の真相」2010年5月16日放送

ここをクリック→ その1

ここをクリック→ その2 

ここをクリック→ その3

ここをクリック→ その4

ここをクリック→ その5 

(注)
この事件を追い続けたのが、元警察官のジャーナリスト黒木昭雄氏でした。彼は、小原容疑者の報奨金が100万円から300万円に上げられた日に以下のようなツイートをし、その2日後に千葉県の駐車した車中で死亡しているのが発見されました。警察の発表は自殺というものでした。

ここをクリック→ 黒木昭雄氏最後のツイート 

ここをクリック→ Wikipedia 「黒木昭雄」

ここをクリック→ テレビ朝日『ザ・スクープ』「黒木昭雄 自殺の真相」















ここをクリック→ Amazon 『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』 カスタマーレビュー

表紙1


ここをクリック→ Wikipedia クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件

ここをクリック→ 八田隆ツイッタ―

ここをクリック→ #検察なう フェイスブック・コミュニティ






TwitterやFacebookでの拡散お願いします。

category: 冤罪ファイル

2016/03/07 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

この記事に対するコメント

go page top

コメントの投稿

Secret

go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://fugathegameplayer.blog51.fc2.com/tb.php/974-f1cbb001
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

go page top