「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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冤罪ファイル その15 「豊川市男児連れ去り殺害事件」 

冤罪ファイル その15 「豊川市男児連れ去り殺害事件」

2002年に愛知県豊川市で起こったこの事件は、深夜、ゲームセンターで父親が遊んでいる間に、駐車場の車中から当時1歳10カ月の男児が何者かに連れ去られ、その4時間後に4キロ離れた海岸から遺体で発見されたものです。

事件発生直後、現場の駐車場に止めた車の車内で寝ていた男性、田辺雅樹さん(旧姓河瀬)が犯人とされ、後日逮捕。田辺さんは、一旦は自白したものの、以後一転して無罪を主張。一審は無罪、控訴審で逆転有罪となった事件です。

世の中には虚言癖という人がいます。但し、嘘をつくといっても、必ずしも虚栄心から自分をよく見せようとする人ばかりではありません。

心理学のサイトを見てみると次のような記述がありました。

「子供のころ、周囲に受け入れられず、人格や存在を否定することばかりを受けていたり、そのために孤立したり、いじめを受けていたりという成育歴を持っていると、おのずと、孤立を回避するために周囲に迎合するという処世術が身に付いてきます。根源に、人に拒絶されることへの恐れがあります。まだ社会性の乏しい、純粋だった子供時代に、基本的な自分の気質を受け入れることができなかったのです。根底にあるのは、疎外や孤立への怖れです。その原因は、自分の性格と処世術の悪さにあると、ずっと思ってきたのです。ですから、人間関係で失敗はできない、自分が嫌いな人からも好かれたいと、無意識に脅迫的に考えているところがあります。」

その「周囲に迎合する」ということが、その場限りの嘘をつくことにつながります。この事件で犯人とされている田辺さんは、そのような人物に思えます。彼の言っていることは、警察、検察の取調べや公判のみならず、弁護士や勾留時の同房の者に対しても二転三転しています。

私が裁判員であれば、まず彼の言っていることは除外して、客観的な事実は何を物語っているかを考えます。つまり、警察、検察の取調べで自白していても、あるいは公判でそれを翻して無実を主張しても(それは冤罪の典型的パターンなのですが)、それらのいずれにも引きずられるのではなく、何が客観的な証拠から推認できるかを考えたいと思うはずです。

この事件は、一審無罪でありながら、控訴審で逆転有罪(懲役17年)というものですが、それらの判決文を精査すると、その事実認定には驚かされます。

我々は法律の専門家ではありませんが、裁判員になることがあります。なぜ我々がその責任を果たせるかといえば、刑事裁判において重要なのは、専門的な法律的知識ではなく、一般常識に依拠した事実認定が重要だからです。

是非皆さんも、この事件を裁判員になったつもりで検討してみて下さい。

<事件経緯>
ここでは、控訴審裁判体が有罪判決において認定した事件の経緯を記します。

「被告人は、2002年7月27日午後9時前頃、軽自動車(あずき色のスズキ・ワゴンR)を運転して、WAVE豊川白鳥店の駐車場に向かった。

wagon r

スズキ・ワゴンR

それ以前より妻や義母と折り合いが悪く、自宅で寝泊まりすることを拒絶されるようになり、その日もいつものように夜を車中で過ごすためであった。建物から離れた場所には既に車両が駐車してあったことから、建物西側に沿った、北側から4、5台目の位置に駐車した。

ここをクリック→ Googleマップ WAVE豊川白鳥店

エンジンを切って、運転席側の窓を10センチメートルくらい下げて開け、運転シートを倒して横になった。その日、子供に宿題の答えを教えたことで妻から文句を言われたことが頭から離れず、なかなか眠れなかったが、しばらくすると眠っていた。

その後、突然「バリバリ」という大きなエンジンの音が聞こえてきたので目を覚まし、少し上体を起こしてみたところ、2人乗りの原付が3台走っていくのが見えた。時間は午前1時過ぎだった。原付を見た視線の先に、大きなワゴン車(白のシボレー・アストロ)があり、その右前の窓が全開になっていた。そして、その車内から、「うわーん、うわーん」と、甲高い赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

chevy astro

シボレー・アストロ

(駐車場の状況及び2台の車の位置関係は非常に重要です。上のGoogleマップの写真で、WAVEと同じ駐車場敷地内に、北にコンビニエンス・ストア(ミニストップ、2016年7月現在は「かつさと」)、隣接した南に夜間はクローズする店舗(ユニクロ、2016年7月現在は「ビッグエムワン」)があります。連れ去られた男児が乗っていた白のアストラはWAVE建物から2列目、ミニストップから2台目の場所に止まっていました。あずき色のワゴンRが止まっていたとされるのは、その斜め向かい、建物に沿った北から4ないし5番目の位置でした。)

被告人は、再び眠ろうと思い、運転シートに横になったが、赤ん坊はいつまでたっても静かにならず、眠ることができなかった。赤ん坊の泣き声は、だんだん大きくなって、最後には力の限り泣き叫ぶというような泣き方になった。30分くらい、赤ん坊の泣き声を聞いていたが、腹が立ち、赤ん坊をどこかに連れて行って、置いてこようと考えた。

車から外に出て、被告人が車両に近づくと、赤ん坊は助手席側窓に寄ってきて、窓の下枠に両手をついて、上半身を窓の外に乗り出してきた。赤ん坊は泣き疲れているようだった。

車内や周囲に人が見当たらなかったことから、被告人は、赤ん坊を抱いて車に戻り、助手席に座らせると、すぐにエンジンをかけて車を発進させた。そのときの状況で、コンビニの横に3人くらいの若い男が立っていたことを覚えている。

被告人は、駐車場の東側出口を出て右折した。最初の信号が赤だったので止まり(注:この信号は深夜0時以降、赤の点滅になることが弁護団の調査で判明しています。上告の際に、自白と矛盾する証拠として提出しましたが、最高裁で判決が覆ることはありませんでした)、赤ん坊の方を見ると、赤ん坊は眠りかけている様子だった。被告人は、赤ん坊が目を覚ましたときに動き回らないようにするため、助手席のシートベルトをかけた。この時、赤ん坊をどこに置いてくるかを考え、三河臨海緑地へ行くことにした。

被告人は信号が青に変わると、交差点を右折して直進し、豊橋バイパスの交差点を左折して、国道247号線を走行し、三河臨海緑地に向かう交差点を右折しようとしたところ、赤ん坊が目を覚まして泣き出した。

ここをクリック→ WAVE豊川白鳥店から三河臨海緑地へのルート

被告人が、交差点を右折してすぐの所にある三河臨海緑地の駐車場に入ると、駐車場には数台のトラックや普通乗用自動車が止まっており、奥の方にも車が止まっていた。そのため、赤ん坊を駐車場に置いておくことができなかった。被告人は、人気のない場所へ行こうと考え三河臨海緑地を出たが、その時、とっさに、赤ん坊を海に投げ捨ててしまおうと考え、岸壁に向かった。

岸壁に沿った道路に車を止め、ライトを消し、エンジンも止めた。赤ん坊は眠った様子で、静かになっていた。被告人は車から降り、助手席ドアを開け、赤ん坊を車の外に出した。

被告人は、海の方に正面を向いて、赤ん坊を持ち上げ、ガードレールを越えさせて、岸壁とガードレールの間に立たせた。赤ん坊は、完全に目が覚めていない様子だったが、自分の足で立っていた。そして、被告人もガードレールを越え、赤ん坊の頭が被告人の顔の前辺りにくるくらいまで身体を抱き上げ、一気に海の方に向かって投げた。赤ん坊は、頭から海面に落ちていき、白い水しぶきが上がったのが見えた。赤ん坊の身体は、一旦海面の下に沈んだが、すぐに頭が浮かんできたのが見えた。

その後、被告人は、赤ん坊を連れ去ったことが警察に発覚しているか気になったことから、WAVE豊川白鳥店の様子を見に行くことにした。駐車場に入ると、パトカーが3台くらい止まっているのが見えたため、赤ん坊がいなくなったことが警察に知られているのだと思い、車を駐車場に止めた。被告人は、シートを倒して横になり、「どうしよう、捕まったら死刑になる」などと考えていたが、30分から1時間くらいしてから、この場所にいることはできないと思って移動した。

<裁判経緯>
2002年7月28日 事件発生
2003年4月13日 この日も事件現場と同じ駐車場で寝ていた田辺雅樹を任意同行。取調べで犯行を自白したため、4月15日逮捕
2006年1月24日 一審名古屋地方裁判所は無罪判決(伊藤新一郎裁判長、伊藤裁判官は福井女子中学生殺人事件で再審開始を決定)

田辺雅樹

無罪判決後の田辺さん

2007年7月6日  控訴審名古屋高等裁判所は逆転有罪判決、懲役17年(前原捷一郎裁判長、主任坪井祐子裁判官、坪井裁判官は日野町事件一審で無期懲役を判決)

前原捷一郎

前原捷一郎裁判官

2008年9月30日 最高裁上告棄却
現在、大分刑務所に服役中

<争点>
この事件では、客観的事実を示す物証は皆無です。それゆえ事件から田辺さんの逮捕まで9ヶ月もあり、迷宮入りを危ぶまれた事件でした。それでは、なぜ警察が田辺さんを怪しいと思ったかから解き明かしていきたいと思います。

容疑者は田辺さん一人ではありませんでした。事件発生当時、駐車場は深夜営業のゲームセンターやコンビニエンス・ストアの敷地内とあって、相当数の車が駐車し、深夜にもかかわらず人の出入りもありました。

警察は男児が連れ去られたと通報があった後、現場駐車場で駐車している車のナンバーチェックをしています。しかし、その時点で田辺さんが車を止めていたのは、WAVE建物西側沿いではなく、ユニクロの前でした。これは後に非常に重要な意味を持ちます。

ユニクロ

警察は、事件発生後、ナンバーチェックに該当した車の所有者に事情聴取をしています。田辺さんが事情を聞かれたのは事件から1週間後でした。何をしていたかと聞かれた彼は、「友人とコンサートに行く予定で、待ち合わせをしていました」と答えます。彼は、その友人の勤務先と名前、コンサートの内容を告げましたが、警察の捜査で、勤務先には友人とされた人物はおらず、コンサートも存在しないものだということが分かりました。その嘘により警察は田辺さんをマークすることになります。

そして事件から2ヶ月後、田辺さんは乗っていたワゴンRを売却します(以前からのオイル漏れの修理費がかさむことを知らされたため)。それが証拠隠滅とみなされ、彼に対する嫌疑は一層強まりました。警察は、その車を押収し、徹底した鑑識を行い、車内から4人分の指紋、毛髪32本、繊維のかけらが検出されましたが、男児と結び付くものはありませんでした。

事件発生から9ヶ月が経過し、捜査が行き詰まり焦る警察は、田辺さんを任意同行し、「カマをかける」取調べをしました。事件現場と同じ駐車場に寝ている田辺さんを午前4時過ぎに警察署に連行し、その日の取調べは夜の9時まで約17時間も続きました。その後、2人の捜査員は田辺さんを近くのビジネスホテルに連れて行き、一緒に宿泊しています。翌日、午前8時から始まった取調べは、深夜まで続き、田辺さんは自白します。2日間で取調べは計32時間に及びました。

有罪判決における事件経緯の事実認定で、いくつかの疑問を感じた方もいらっしゃると思います。私が疑問に思った点を挙げます。

① これから車中で夜を過ごそうとする者が、人の往来が頻繁なコンビニエンス・ストアやゲームセンターの前に駐車するだろうか。(公判で否認後に主張しているように)夜間に閉店する店舗(ユニクロ)周辺に止める方がより自然な行動ではないだろうか。

② 狭い空間(例えば飛行機内や列車内)で赤ん坊の泣き声にいらつくことはあっても、そもそも車外にもれる赤ん坊の泣き声は、ほかの車内にいる者がいらいらするだけの音量なのだろうか。そして、いくら赤ん坊の泣き声がうるさくても、窓を閉めたり移動したりすればいいだけのこと。赤ん坊の泣き声にいらついて、赤ん坊を連れ去ったり、殺害したりするというのは余りに短絡的かつ非常識ではないだろうか。

③ 赤ん坊を連れ去ったからには、車内に何らかの痕跡が残り、DNA型鑑定でその存在は証明されるはずなのではないか。

④ もし駐車場から赤ん坊を連れ去ったとして、そしてもしその現場に戻ったとしても、パトカーがいるのを見たら、駐車場に入ったりその場に留まったりすることはあり得るだろうか。その場で踵を返すのが不審に思われると感じたなら、敷地内のコンビニエンス・ストアに寄るなどして直ちに立ち去るのが自然な行動ではないか。

私と同じ疑問を感じたからこそ、一審は、客観的事実を裏付ける物証の全くないこの事件で無罪を判じたものです。

これを逆転有罪とした控訴審判決では、これらの疑問に対してどのように述べているでしょうか(控訴審判決文より)。

① (相当広い駐車場にもかかわらず)「建物から離れた場所には既に車両が駐車してあったため」

② 「(被告人は)普段から抑圧されているので、代償として弱い者に対して攻撃的になりやすいこと、一旦、パニックになると適切な行動がとれないことがあること、近年は妻や義母との関係がうまくいっておらず、わずかな小遣い以外は全部の収入を取り上げられる一方、自宅で寝泊まりすることを拒絶されて、車中で夜間を過ごすといった不自然な生活を強いられて不満が高まっていたこと、当日は、妻から一方的に怒鳴られてイライラしていたこと、そこに被害児の泣き声が重なって激高したこと、カッとなって被害児を連れ去ってみたものの、泣き出されてパニックになってしまったこと、そこで海中に投棄することが頭に浮かび、実行してしまったこと、などが述べられており、これらの付加的な情報も併せて動機を考えれば、一応、筋の通った説明になっている。」

③ 「ワゴンRに対する実況見分及び鑑識活動では、指紋検出や車内の微物採取のほか、尿や血液反応の有無が調べられたというのであるが、被告人の自白では、被害児が本件ワゴンRに乗車していた時間はせいぜい20分間程度で、この間、被害児は少しはぐずったり泣いたりしたとはいいながらも、おおむねはうつらうつらとしていたというのであるから、この様態では、被害児の尿や血液、毛髪などが本件ワゴンRに遺留される可能性は小さかったといわざるを得ない。また、指紋については、時間の経過とともに、その成分である水分や脂質が薄れていくものであるし、被告人が、本件ワゴンRを日常的に使用していたことを考えれば、そのことで指紋、毛髪などの資料が失われていくことは十分に考えられる。そうすると事件の発生から2か月余を経て実施された鑑識活動で被害児に結びつく資料が発見される可能性はもともと極めて小さく、まさに九牛の一毛を探し出すような作業であったと考えられる。」

④ 「重大事件を起こした犯人であれば犯行現場の様子や捜査機関の動きを知りたいと考えるのが当然であるし、事後の行動とも矛盾はなく、自然な理由付けになっている。」「警察の動きを確認するために現場に戻ってきた犯人が、パトカーを見てすぐにその場から引き揚げたのでは、かえって捜査機関の注意を引くことになってしまうのであり、駐車場の車内で寝たふりをしながらほとぼりがさめるのを待ち、しかる後に立ち去るというのは誠に合理的な行為で、疑問を差し挟む余地はない。」

あなたが裁判員だとした場合、これらの裁判官の主張は納得のいくものでしょうか。

一審無罪判決文の中で、私が感じ入ったのは、裁判官が実際に犯行時間に相当する深夜に現場検証を行ったことを伺わせる次の文でした。

「裁判所の検証結果によれば、被告人が被害児を投げ込んだとされる北側岸壁沖の海上は夜間には大変暗い状態にあることが認められ、海中に投げ込まれた被害児の頭部が岸壁から視認し得たというのには疑問がある。」

これに対しても、控訴審の判決は次のように述べます。

「公知の事実として、人がしばらく暗い場所にいると視覚の暗順応が生じ、わずかな光源でもある程度の視認は可能になることが認められるところ、夜間に北側岸壁が暗い場所であったとしても、月光などの光源があれば被害児の頭が浮かぶ様子が見えることは十分に考えられる。また、実際に被害児の頭を見ることはなかったとしても、罪もない幼児を殺害した直後の異常な精神状態の下では、波の上に被害児の頭が現れた光景が目に浮かんだとしてもおかしくはなく、少なくとも被告人の目にはそのように映り、被告人がそれを「見た」と供述したということもあり得る事態である。そうすると、この点の供述が不合理、不自然であると決めつけることはできない。」

真っ暗闇の中で物が見えたことは、幻想であっても不自然ではないと片付けています。結論ありきのこじつけのように聞こえます。

また、田辺さんの供述には重大な変遷がありました。それは男児を海に放り投げる動作に関するものです。

4月14日逮捕前の警察取調べ 「岸壁に立たせた男児の背中をどんと押して海に突き落とした」
4月15日検察取調べ 「バスケットボールを投げるようにして投げた」
4月30日検察取調べ 「男児の頭が自分の顔の前辺りまでくる程度に持ち上げてから投げた」

海岸1

なぜ、このような変遷が生じたかと言えば、犯行時間は丁度干潮であったため、海に突き落としただけでは、海面上に現れた岩場によって、遺体に損傷が生じるからです。そのような傷は遺体にはありませんでした。

一審判決はこの供述変遷を重視し、次のように判じています。

「その客観的事実に矛盾が生じないよう、捜査官が被告人の供述を誘導したという弁護人の指摘を直ちに排斥することはできない。」

しかし控訴審では、検察の「捜査官が、被告人に対し犯行様態を詳細に尋ねていった結果、被告人の供述が詳細になっていった」という主張をそのまま採用しました。

このように、一般常識に図ると非合理的であると思われる事柄を、控訴審判決では、可能性の論理で処理しています。それは有罪を導き出さんがためとも感じられるものです。

海岸2

あまりに脆弱な動機に、控訴審判決では更に、以下のように自白でも語られていないことを想像で補っています。

「被告人の目には、被害児の父が我が子をも顧みずにゲームセンターに入り浸るようないい加減な親にみえたであろうし、自らの生活(妻と不仲で軽自動車で寝泊まりしている)に引き比べて高級そうな外車を乗り回している被害児の父にやっかみを感じたことも十分にあり得るところ」「そうすると、そういった被告人の被害児の父への反感が、本件各犯行の動機の一端となっている可能性が相当にあると思われる。」

このように全く自白と異なることを挙げ、控訴審判決は、自白を「真の感情を吐露していない」と評価し、更に言い訳するかのように次の通り付け加えます。

「本件が全くの理不尽な行きずりの犯行で、犯人の動機が唖然とするような類のものであったとしても、それはこの事件の性質からみるとあり得ないことともいえない。」

<論評>
刑事訴訟上の法原理では、被告人を自白のみで有罪とすることはできません。これを「補強法則」と呼び、憲法で規定されています。

憲法第38条第3項
「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない」

この事件でも、田辺さんの自白が最大の有罪の積極証拠でありながら、それだけでは有罪とできないため、控訴審の裁判体はほかの証拠を挙げています。それは何でしょうか。

それは判決の「結論」に如実に書き記されています。引用します。

「犯行当日に行われたナンバーチェックの結果によれば、平成14年7月27日午後10時30分ころには本件駐車場の西側部分に被告人が自家用車及び夜間のねぐらとして使用していた本件ワゴンRが駐車しており、翌日午前零時ころまではその場に停められていたにもかかわらず、午前3時10分ころには同じ駐車場の北側部分に駐車位置が変わっていたことが認められる。」

控訴審では、検察側の新証拠として、白のアストロの斜め向かいに、事件当時「あずき色のワゴンRが止まっていた」という2人の証言が採用されました。しかし、当該車に田辺さんが乗っていたことも、あるいは田辺さんの車のナンバーまで記憶していたわけではありません。目撃証言は、ただ単に「あずき色のワゴンRが止まっていた」というだけです。弁護団の調査では、豊橋ナンバーの同車は910台もあります。

有罪判決を煎じつめると、この駐車場内で、事件をまたぐ時間帯で、「あずき色のワゴンR」が駐車位置を移動したことが、男児殺害の自白以外のほぼ唯一の証拠となっています。この「あずき色のワゴンR」は田辺さん所有のものに間違いはなく、彼がその夜は当初からユニクロ前に車を止めていたということは嘘であり、嘘をつく理由は殺害を実行したからに違いないとする論法です。

冒頭述べたように、私は田辺さんの言葉を額面通り受け取れません。悲しいかな、彼は周りに同調し、その場を取り繕う傾向があるように感じるからです。そして弁護団が、「あずき色のワゴンR」は田辺さんのものではないと強弁しても、もしかするとそれは田辺さんの車であった可能性もあると考えています。

そうすると、田辺さんは嘘をついていることになりますが、嘘をついた理由は、控訴審裁判体が認定したような、彼が殺人を犯したからという荒唐無稽のものではないと考えます。彼がもし車を移動したとすれば、その理由は「それは赤ん坊がうるさかったから」だと考えます。それではなぜ、彼はそのように言わなかったか。それは、事件に巻き込まれるのが怖かったからです。事件直後の警察のナンバーチェックでは、ユニクロ前に車を止めていたことが確認されています。白のアストロの斜め向かいに止めていながら、それを移動したことを怪しまれないよう、「愚かにも」嘘をついた可能性があると考えます。

私は、もし彼が車を移動していたとしても、そうした理由で嘘をついた方が控訴審裁判体の認定よりもはるかに蓋然性の高い可能性だと考えます。

捜査段階での自白が必ずしも正しくないと感じるのは、それが合理性に欠けるというだけではありません。そこに犯人しか知り得ようがない「秘密の暴露」がないからです。「秘密の暴露」がない自白は、証明力を著しく低く評価する必要があります。裁判官であれば、そのことを知らないはずがなく、「秘密の暴露」がない自白を重要視した判決には、意図的なバイアスを感じます。

控訴審判決「結論」は、次のように結ばれます。

「被告人の犯人性についての消極的な情況事実としては、動機の自白が全面的に信用できず、明らかといえない点を挙げ得るものの決定的な要素とはいえず、その他には被告人が犯人でないことを指し示す事情は見当たらないといってよい。

これらを総合すると、被告人が本件各犯行の犯人でる旨の捜査段階の自白は、その根幹部分において十分な信用性が認められるのみならず、かつ、この自白の真実性を担保するとともに、それ自体被告人の犯人性を指し示す補強証拠(注:駐車位置の虚偽の供述)もあり、他方、被告人が犯人であるとの認定に合理的な疑いを差し挟むべき事情はないのであって、被告人が各公訴事実の犯人であることの証明は十分である。」

「被告人が犯人でないことを指し示す事情は見当たらない」とするのは、無罪立証責任を被告人・弁護人に押しつけるもので、推定無罪原則を唾棄した職業裁判官とは思えないレベルの判決です。

高圧的な取調べを行った警察・検察も迷宮入りを避けたかったのでしょうが、それは冤罪を生んでもよいということでないことは言うまでもありません。

自白偏重の捜査、裁判を続ける限り、このような冤罪は生み出され続けると思われます。もし皆さんが有罪の根拠が自白に基づく事件に遭遇した場合、そのことを思い出して下さい。

参考資料:
雑誌『冤罪File』No.16 2012年7月号 「<逆転有罪判決のウラにはあの女性裁判官の存在が...>愛知県豊川市の幼児誘拐殺害事件」一原知之

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category: 冤罪ファイル

2016/03/21 Mon. 00:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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