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「蟷螂の斧となろうとも」 by 元外資系証券マン

クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件(http://goo.gl/v0xQYP)において、国税局査察部告発、検察特捜部起訴の事案で史上初の無罪判決。 著書『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社)。 ツイッター(@thatta0529)で「#検察なう」の情報発信を続けます。

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上申書 (22/60) モレン淑子 

上申書 (22/60) モレン淑子

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

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私はまじめな人間が好きです。「まじめ」というと、杓子定規でKYな奴という様に取られかねないので、言い換えれば、「生きることに一生懸命な人」です。

飲み屋でばか騒ぎしていても、真面目な話題になると突然顔付きが変わるような人が好きです。そういう人とはこちらも心して相対せねばならぬため、心地よい緊張感があるものです。

そしてそういう人ほど、他の人の人生に対しても敬意を払っています。上申書を書いてくれた60人はまさにそういう人たちだと思っています。

逆に、私が嫌いなのは、人生をなめている奴です。いきあたりばったりで、どうにかなるだろうという甘い考えを持っている人間です。「生きる」ことの大変さ、気高さを理解していない奴にろくな奴はいません。

そうした人間は他人の人生も軽視しがちです。

極端な例を挙げれば、北朝鮮の拉致実行犯です。彼らの言い分は、「国家のため。将軍様が言うのだから仕方ない」とでもするのでしょうか。

国税局査察部の取り調べで、「我々の仕事はあなたを告発することです」と言った統括官に対し、私は「あなた方は仕事は真面目かもしれないが、人間としては実に不真面目だ」と言いました。彼らの論理は、私にとっては北朝鮮の拉致実行犯のものと寸分違わぬように思えます。

今回紹介する上申書を書いてくれたのは、私の古くからの友人ですが、私の言うところの、実にまじめな奴です。更に最近パワーアップしたのは、母親としての慈しみまで加わりました。時折もらう応援メッセージにそれを感じます。

私の個人的マイブームは2年前始めたゴルフですが、昨年夏に石巻にボランティアに行ったことをきっかけに、遼ちゃんにならってバーディー募金を始めました。私としては、昨年末までの時限イベントのつもりだったのですが、年が明けてから、「今年もバーディー募金を続けてくれるとうれしい」というメールが届きました。彼女の全方向的な慈しみに敬意を表して、バーディー募金継続中です(なかなか募金に至っていないのが残念ですが)。

「上申書

私、モレン淑子は八田隆さんの無罪を主張いたします。

その理由は以下の2つの理由により脱税に故意はなかったと判断するからです。

一つ目は故意に脱税をする理由が八田さんにはないということです。

脱税の目的は一言で言えば収入をより多く得るため。八田さんが収入を脱税によりより多く得たいという理由があったとすれば、1.もうこれ以上働きたくない、または近々引退の予定があり今後収入が見込めない。将来まだ金銭的に不安が残る。2.もっと贅沢したい。

1に関して言えば、40代の働き盛り、ベアスターンズ在職中にニューヨークでお会いした時も、マネージングディレクターというタイトルを持つ人のプレッシャーをまるで楽しんでいるかのように忙しいながらも充実された毎日を送っていらっしゃるようでしたし、ベアスターンズ退職の後、ニューヨークで再びお会いしたときもどこかの会社の最終インタビューを翌日に控え働く気マンマンでした。おそらくその会社に決まり、今後は香港勤務になる可能性が強い。大変な仕事だと思うがとてもやり甲斐があると言っていた八田さんが、本人も言っているように1~2年で稼げるような金額のために人生賭けてまで危険を冒し脱税を試みるほどバカな人ではないと断言できますし、もし万が一故意で脱税しようとするなら、少なくとも本人名義で税務署が把握しているような口座への送金はしないだけの知識は最低限持ち合わせている人だと思います。そして頭のいい八田さんのこと、きっとより巧妙な手口を使い、そして万が一ばれた時のことも考えて様々な布石を打っていたでしょう。しかし実際の八田さんは常に前を向き、次の仕事へと情熱を燃やしていました。よって将来的金銭不安から脱税を考えるというようなことは決してなかったはずです。

2については、他の方もおっしゃっているように八田さんは贅を尽くすような生活を好む人ではありません。私が八田さんと初めて出会ったのは八田さんがまだソロモンブラザーズに勤務されていた頃ですが、当時も外資系証券のエリートサラリーマンということでそれなりのお給料をもらっていたと思うのですが、用賀のマンションは狭いワンルームでしたし、八田さんと一緒にごはんを食べる時はたいてい居酒屋でした。八田さんに一度「いつもジーンズだな」と言われたことがありますが、職場へは99%ワンピースを着て行く私でも八田さんとの食事は場所に合うジーンズに着替えて出かけていました。新橋で一度食事をしたときは路上で配っていた割引券の居酒屋だったこともあります。

八田さんは当初は鎌倉に家は持っていませんでしたが、贅沢だと言っていたバケーション用のアパートを最初に鎌倉に借りたのも離れて暮らしていた息子さんと一緒に週末を楽しく過ごすためだったと記憶しています。

一度車で一緒に出かけた時に降りる予定の一つ手前の高速出口で降りたので、「どうして?」と聞くと「ここで降りると60円(…だったかどうか覚えておりませんが微々たる金額でした)安いから」と外資証券で働く人の私の勝手な像を木っ端微塵にしてくれたこともあります。

クレディスイスで働き始め、ファーストクラスの飛行機でニューヨークへ出張に来ていた時でさえ、八田さんのニューヨークでのお買い物はアバクロの安い水着(この数十ドルでさえもかなり迷い、その日は決心がつかず、私は翌日時間のない八田さんのかわりに再びアバクロに出向き、彼の水着を買いホテルに届けるというメッセンジャーをさせて頂きました)やご自分のビタミン剤、息子さんのお土産にカルシウム入りのキャラメルビタミン剤、デンタルフロスといったもので高級ブランド買いには程遠いお買い物でした。

以上のように極めて普通のサラリーマン金銭感覚の持ち主かと思いきや、次のようなこともありました。

私が30歳後半にしてニューヨークに来て、再び大学生となり学位を取った後、もう少し専門的に勉強するために別の大学へ行くことを考え始めました。が、ニューヨークの生活費だけでも毎月ぎりぎりでこれに学費となると到底無理だと言う話を出張でニューヨークに来ていた八田さんに話した時に「1000万円くらいなら貸してやるよ」とまるで数万円貸すような調子で家族でもない、数年ぶりに会ったただの友達の私に言ったのです。「借りてもすぐに返せるかどうかわからない」と言うと、「出世払いでいいよ。」と。結局八田さんから借りることはありませんでしたが、八田さんの性格なら出世払い、無利子は大いにありえたと思います。

贅を尽くす生活を好む人ではないけれど、自分の持ってるお金をあっさりと人に差し出す、不仲になっていた弟さんのために借金を返してあげたり、人生波乱万丈の私に1000万円を出世払いで貸してくれようとしたり、決して自分の欲のために不正をしてお金を溜め込むような悪人ではありません。

脱税に故意がなかったとする理由の二つ目は、Option Exercise Formの記載について八田さんが主張する社員各個人に申告義務及び納税義務があるということを理解せず但し書きの設問を斜線で消したということは信じられるということです。

第一に、クレディスイスで調査を受けた約300名のうち約100名が海外給与を正しく税務申告せず無申告であったことは明らかに会社からの指導が行き届いておらず、申告・納税義務を知らないものが多数であったという説がもっともだと思います。

八田さんと同じようにこの但し書きを斜線で消しておきながら、正しく納税できていなかった方はどのくらいいるのでしょうか?その方々も皆故意に脱税の意思があったと言えるのでしょうか? 又、斜線で消した人も消していない人も含め一体何人くらいの人がこの但し書きを正しく理解していたのでしょうか?

きちんと申告していた200名の方にどのような理由で海外給与の申告・納税義務を知ったかと聞けば、税務説明会に出て知った、前に勤めていた会社でも株式報酬による海外給与があったから、いつも任せている税理士から海外給与の有無につて聞かれて知った、などがあるのではないのでしょうか。八田さんは税務説明会に出てもいなければ、株式報酬による海外給与を受けたのはクレディスイスが初めて、そして八田さんの税理士の方からも株式報酬による海外給与についての質問はなかったと思われます。八田さんと同じような経験をし、株式報酬による海外給与の申告・納税義務を知る機会がかなり限られたものであったという人たちが100名いたとしても全く不思議ではありません。

第二に申告義務及び納税義務があるということを理解せず但し書きの設問を斜線で消したと信じられる理由は、逆に八田さんがその意味を理解したという確固たる証拠がないことです。

まず、八田さんから相談を受けたかどうか思い出すことかできないと言っているシンガポールの経理部の女性の、「もし相談されたのであれば、きちんと説明し斜線を引くようアドバイスした」という部分だけを確かな証拠とするのは無理があります。

また、その説明があったとしても、その内容が八田さんが申告・納税義務があると説明されたのと、ただ単に会社は源泉の義務がないということだけを説明されたかでは大きな違いがあります。

例えば、高校は義務教育ではないので、高校へ行く義務はありません。しかし、中学を卒業した子供は高校へ行く義務はない=中学を卒業した子供は高校へ行かない、ではなく、高校へ行く子供もいるし、行かない子供もいる。

上記の例を当てはめると、会社に源泉の義務はない、は、会社は源泉しない、と100%イコールではないということです。

経理部の女性が八田さんから相談を受けたかどうか自体思い出せないと言っている以上、その説明が、会社に源泉の義務がない、だったのか、八田さんが申告・納税の義務がある、だったのかは彼女の中でもっと曖昧なのではないでしょうか。

仮に会社に源泉の義務がないというだけの説明であったのなら、本人に申告・納税の義務があるということを理解していなかったとしても無理はありません。

Option Exercise Formにも本人の申告・納税の義務があると明言されておらず、会社に納税の義務がない旨だけの記載であったことも同様です。

以上のように経理部の女性の方の八田さんから相談を受けたかどうかという記憶が曖昧である以上、その際きちんと説明したと言う彼女の説明内容は信憑性を欠くものであり、またOption Exercise Formの文章の記載自体も曖昧さがあり、正しい意味を理解し設問を斜線で消したと理解するには難しく、そこに脱税に故意があったと判断するには至らないと思います。

以上、八田さんに脱税をしようとする理由がないこと、そして申告義務及び納税義務があるということを理解せず但し書きの設問を斜線で消したという八田さんの主張は信じられる、という2点から八田隆さんには脱税の故意はなく、八田隆さんは無罪であるということを主張致します。

モレン淑子」

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2012/09/22 Sat. 18:34 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (21/60) 寺村栄里香 

上申書 (21/60) 寺村栄里香

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

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ここまで20通の上申書を紹介してきました。少しひと休みではないのですが、ゆるーい上申書をここで紹介させて頂きます。私の中・高校同級生からの上申書です。

我が高校の剣道部の連中は、実に気のいい奴らが集まっています。しかも揃いも揃って変わり者。私は剣道部ではありませんでしたが(硬式テニス部)、先日東京で行われた、私の学年の剣道部のミニ同窓会に呼ばれて、久しぶりに彼らと会って、それを再確認しました。彼女もその一人です。

今年は高校卒業30周年ということで、10月末に学年同窓会が地元であります。丁度、その日程が次々回公判の直前ということもあり、カナダだから帰国して同窓会に出席しようと思っています。

最近、フェイスブックにその高校学年グループページが立ち上がり、カメラ小僧だった友人の撮った写真が多数掲載されて、バーチャルな同窓会気分で毎日盛り上がっていたものです。

今でもそのページはあるはずなのですが、残念ながら私はもう参加していません。レッドカード退場です。

調子に乗ってコメントしていたところ、管理者の同級生から「八田君のコメントにクレームが来てる」と言われ、「俺は自分でかげ口を叩くことは嫌いだし、他人に叩かれるのも嫌いなんだ」と逆切れしてグループを抜けてしまいました。

クレームを「かげ口」と我田引水の論理で決めつけ、自分の過ちを認めなかったものです。国税局や検察のことは言えないな、と反省です。

ここで引用されている同じく中・高校同級生からの嘆願書はこちらです。

ここでクリック→ 吉村佳美嘆願書

また文中の「マニラに在住の方」とは、私の友人で「ゆるゆるマニラ生活」なる、ゆるーいブログを書いています。

ここをクリック→ ブログ「ゆるゆるマニラ生活」

でも漫画好きでコミケを知らなかったからといって、常識がないと言われるのもなあ。

「上申書

八田隆氏は、かつて高額納税者であり、現在は巨額の申告漏れ、起訴状によれば「脱税」ということで起訴されております。私は、その八田隆氏の中学・高校時代を同じ学校で過ごした同級生の一人です。

私は言葉を操るのが苦手です。記憶力もあまり良くありません。たぶん曖昧模糊とした表現しかできません。したがって私の書く文章に何か説得力があるとは思えないのですが――

けれども人の人間形成に大切な人生の始まりの時期の六年間を身近なところで過ごした者として、八田隆氏が「故意に脱税した」という事実は「ない」と断言できます。

三つの理由が挙げられます。一つは八田氏が「わざと良くないことをするような人間でない」こと。二つ目は八田氏が「非常に賢く抜け目のない人だが、世間で常識と思われるようなことでも知らないことがよくある」こと。そして三つ目の理由は、八田氏を含めて「外資系企業の営業とは非常に多忙なものである」それを、私は実際に見てきていることです。

第三の理由からご説明しましょう。二〇〇七年(平成十九年)、それはまさに八田隆氏が「巨額の脱税をした」とされる調査期間の中の最後の年に当たります。その年の秋十一月に、私たちの卒業した高校の同級生の卒業二十五周年の同窓会を開いています。

その同窓会の準備のために、東京在住の同窓生で幾度か会合を持ちました。八田氏もその会合に幾度か出席しましたが、同窓会の当日も含めて、八田氏は常にシンガポールや香港など、東南アジアの客先へ行く用事があった様子で、多忙を極めている様子がうかがえました。

私は自分がかつて外資系企業に十年間勤務しており、そのとき営業部の人と仕事で関わることが多かったので推測できるのですが、営業部の人は、昼間は社内の椅子に座る暇はほとんどありません。メールもなかなか読みません。午前中は客先へ、午後の早い時刻は社内での会議などに出席し、午後の遅い時刻にようやく自席に戻ってメールなどを確認し、終業時刻より遅くまで社内にいるときは客先で見せるための資料作りをしている。そして終業時刻が終わってもすぐ家に帰る者は多くはなく、週の三、四日は顧客の接待などをしている。――だいたいそうした生活を送っているように見受けました。

私は自分のいた外資系企業一社の事情しか存じませんが、私のいた会社は世間には名を知られていましたが、社員数(日本法人のみで)四百人程度の中小企業でした。その企業では、営業部の部長以上、役員や社長に至るまで、社内にいる時間をのんびり座って過ごせる者など一人もいませんでした。

ですから、八田隆氏がクレディスイス証券という会社の部長などを務めて、非常に忙しかったのも事実でしょうし、英文の細かいメールなど一字一句漏らさず読む暇などなかったというのも当然だと思います。

実際、クレディスイス証券の「集団申告漏れ」事件では、約七百人の社員のうち三百人が申告漏れで調査され百人もの人がほぼ無申告だったと聞いております。

私のおりました外資系の会社でも、一九九〇年代の半ば頃、まさにクレディスイス証券と同じように、賞与等を本社の株式で付与された社員が二十人程度税務署に呼び出されたことがあったことを記憶しております。仕事が多忙を極める中、能力給だの出来高払いだのと称して優秀な営業マンが高額の給与を手にしたというのに、会社側で源泉徴収の手続きを怠ったばかりに、多くの有能な社員が自己申告の義務を知らずに追徴課税を科されるというのは、ずいぶん残酷なことだと思ったものです。

二つ目の理由をご説明しましょう。まずはいささか抽象的な話になってしまうのですがご容赦願います。八田隆氏は起訴される以前からインターネット上にブログのサイトを開設しています。このブログを通じて私自身、幾人かの知己を得ました。その中には顔も知らないままに、ブログ上で親しくしていただいている方もいます。

マニラに在住の方もそんな一人です。彼女とは「八田氏は意外に常識を知らない」という点で意見の一致を見ました。そのやり取りの一部をここに引用いたします。

(私から彼女へ)

八田隆氏のイメージは、「頭が良くてオッチョコチョイで人気者の隠れ女たらし」ですね。

普段は、誰もが認める超優等生。だけど、ときどき「それ常識でしょ?」というレベルの、ごく普通の知識が、スポッと抜けている。

正義感が強くて、公然と人を攻撃したりもするけれど、自分が間違っていたことが判ると、逆にみんなの前で「ゴメン俺が悪かった!」と素直に謝れる人。基本的に手も口も早い人なので、早とちりのオッチョコチョイという面がありました。

だいたい明るくて、お喋りで、はたで見ていても退屈しない人なので、みんなから愛されていました。
(中略)
――あ、ちなみに「隠れ女たらし」というのは、私の記憶から導き出されるイメージです。

放課後など、一人ないしは数人の女の子を相手に喋っている八田氏の姿をよく見かけたからです。当人は、女の子を誑し込んでいるという意識は全然なかったでしょう。いうなれば「天然」ですね。

彼が常日頃から陰に隠れてコソコソやっていたという意味ではありません。何卒みなさまの誤解のなきように。

(彼女から私への返信)
(前略)
ですね、理論では勝てないけど「は?そんな事知らないの?」って感じで ( ´艸`) まあ、だから愛嬌があっていいのでしょうか?

私は大学生以降しか知りませんが…ぶいぶいでした(笑)「東大って言うと持てないから「略して東大」とか言っちゃって」みたいな…。堂々と…?な…?f^_^;

そうかー頑固ではないですかー。そうですね、自分をとっても、きっと、家族から見る目と、友人達から見る目、元の同僚達から見る目、それぞれ違うんだろうなあ。

まあ、彼については、応援している人たちに共通するのは「そういうところもあるけど、憎めないよな」「相変わらず全力投球だな。がんばれ!」なんでしょうね。
(後略)

ところで、私は世間で言われるところの「オタク」と呼ばれる人種の一人です。世にオタクと呼ばれる人間は「パソコンおたく」や「アニメおたく」などいろいろいますが、私は「漫画おたく」と呼ばれる人間です。

つい先日、八田氏と会ったおり、八田氏の御子息が「同人誌即売会に行くこともある」という話を聞きました。その話の流れで、私は日本最大の同人誌即売会である「コミックマーケット」のことを言いましたが、八田氏は「コミックマーケット」についてはまったく知らない様子でした。

「漫画好き」を自称しながら、「コミックマーケット」を知らないとは…と、改めて八田氏のピンポイントな「常識のなさ」を再認識した次第です。

ですから、八田隆氏は、「必要がある・興味がある」事柄に関してはとことん調べ研究し尽くすので何でも知っており緻密に記憶しているのですが、「必要がない・興味がない」ことに関しては、本当に知らなくて、抜けているのです。

八田氏が、金融関連の企業に二十年も勤めながら、納税に関しては無知に等しい状態だったというのも、私には妙に納得できるのです。

順序が逆になりましたが、最後に第一の理由をご説明しましょう。

エピソードとしては、他人の褌を借りて相撲をするようなものですが悪しからずご了承いただきたく。

先述の、八田隆氏の建てたブログのサイト上に、八田氏のために書かれた「嘆願書」が幾つか掲載されています。その中で、吉村佳美という人の嘆願書がありました。彼女もまた私たちと同じ高校の同級生です。

吉村佳美氏の嘆願書には、彼女が高校二年の体育祭で負傷した後で、八田氏ともう一人の同級生の男子が彼女の元へ謝罪に行った顛末が書かれています。

私は彼女の嘆願書を見るまで忘れていましたが、この事件のことはよく覚えています。というのは、八田氏ともう一人の同級生男子S君が謝罪に行っている間、(一学年は三学級ありましたが)どの教室も大騒ぎだったからです。

吉村佳美氏の嘆願書にあるように、八田氏が謝罪に行かなければ、誰のせいで彼女が負傷したのかは判らなかったかも知れませんでした。そして、八田氏に同行した同級生男子S君は、私とは同じ小学校の出身(しかも三年から六年まで同じ学級)だったので、性格など良く知っている人でした。

八田氏とS君の両方――当時はむしろS君のほうを私はよく知っていましたが――の性格からして、「謝罪に行こう」と積極的に働きかけたのは八田氏のほうだろうと思います。S君は、外面はいいのですが、良いにつけ悪いにつけ(かなりの確率で勝算が見えないかぎり)自ら率先して動くタイプではありません。

正しいことと正しくないことを明確に選り分け、その当事者がたとえ自分自身であっても糾弾することに躊躇しないのは、八田氏の大きな長所だと思います。

以上の理由から、私は八田氏が「不注意または無知のため申告漏れ」をしたであろうことは推測できますが、「故意に脱税した」などということはありえないと考えます。

寺村 栄里香」

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2012/09/21 Fri. 07:02 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (20/60) ジョワ由紀 

上申書 (20/60) ジョワ由紀

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

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「意志あるところに道は通ず "Where there is a will, there is a way."」という言葉は私の信ずるところです。しかし、収入に関しては、全く逆の、私ながらの哲学というかジンクスがあります。それは、「意識した目標には到達することはない」というものです。

例えば、会社同僚で30億円のボーナスをもらったという者がいて、それをうらやましいとか、どうしたら自分もそのレベルに到達できるのだろうと思った時点で、そのレベルには到底辿り着くことがない、ということを私は知っています。「意識する」というのは、「意識的に意識しない」という状態も含むのがポイントです。

今回紹介するのは、私の25年来の友人からの上申書ですが、私が社会人になりたての頃の「1億円トレーダー」の夢ということが書かれています。自分ではこの上申書を読むまで全くそうしたことは忘れていたのですが、忘れていてよかったなと思います。先のジンクスに従えば、もし覚えていれば、それを実現することはなかったかもしれないからです。

それは自分では納得できるものです。もし「1億円トレーダー」の夢にこだわっていたならば、私が最初に就職していたソロモン・ブラザーズ証券に、14年間も在籍していなかったはずだからです。

ソロモン・ブラザーズ証券は外資系証券ですが、東京オフィスの新卒入社組の給与体系は(後述するプロプラエタリー・トレーディング・デスクを除き)年功序列的なところがあり、私がソロモン・ブラザーズ証券に在籍していた時には、年収が1億を越えることはありませんでした。しかし、当時、それを望めば簡単に手に入ることは知っていました。他社に移籍さえすれば、年収は2倍から3倍になることを私は知ってたからです。そして、ソロモン・ブラザーズ証券に在籍していた14年の間には、「1億円トレーダー」の夢を持っていたことさえ忘れていました。

結局、会社が日興証券と合併したことがきっかけで、日本の企業風土になじまないものを感じた私はソロモン・ブラザーズ証券を離れることになりました。クレディ・スイス証券での年収は、入社時の契約こそソロモン・ブラザーズ証券での1.5倍でしたが、実際のパフォーマンスが反映した2年目には既に2倍を越え、最終的には私の年収をソロモン・ブラザーズ証券退職時の4倍以上にしました。

外資系証券の世界は、会社の浮沈も激しく、クレディ・スイス証券移籍以前、ソロモン・ブラザーズ証券在籍時に私に高額の移籍料を提示した会社は、早々と東京市場から撤退していったものです。それゆえ、「1億円トレーダー」の夢を実現できたのも、その夢を忘れていたためなのではないかと思います。

そこまで達観できたことには、実は複雑な事情があります。ここではその話をさせてもらえればと思います。

私のソロモン・ブラザーズ証券、クレディ・スイス証券での職種はトレーダーという、商品(米国モーゲージ証券)の在庫管理と値付けをする仕事でした。

このトレーダーには、2つの種類あります。私は、顧客の注文に対して値付けをする「カスタマー・トレーダー」でしたが、会社の資本を運用・投資して稼ぐ「プロプラエタリ―(自己勘定取引)・トレーダー」もいます。後者の「プロップ・トレーダ―」は、完全出来高制の給与体系で、業界の中でも特に高給取りというのが常識です。同期にもそうしたプロップ・トレーダ―がいて、うらやましいと思うこともありました。

ソロモン・ブラザーズ証券でのプロップ・トレーディング・デスク(ソロモンでは「アービトラージ・デスク」と呼ばれていました)の総ヘッドは、金融の人間なら知らない人はいない、後にヘッジ・ファンドのLTCM(ロング・ターム・キャピタル・マネージメント)を創立したジョン・メリウェザーでした。

ここをクリック→ ジョン・メリウェザー Wikipedia

NYのモーゲージ・アービトラージ・デスクの中に、私が苦手としている人間がいました。私が新人の時に、仕事以外のことで他人の面前でけなされるちょっとした出来事があり、それ以来苦手意識を持っていました。冒頭のボーナス30億円の話は単なる例え話ではなく、彼のことを言っています。ある年に、彼のボーナスが当時の日本円で30億円を越える金額ということが報道され、あまり気分がよくなかったことを覚えています。私が入社してまだ4-5年とか、それくらいの頃だったと思います。

それから随分時間が経ち、彼のことなど忘れていたのですが、久しぶりにソロモンの同僚のアメリカ人から彼の名前を聞くことがありました。

「フィッシュ(A. フィッシャーという名前の彼のニックネームです)知ってる?」

「勿論」

「どうなったかは?」

「知らないね」

「彼が運転するクルーザーで事故にあって、自分の息子が死んで、彼は片腕失ったんだよ」

それを聞いた時、本当に震撼しました。確か酔って運転していての事故だったと思いますが、自分の過ちで自分の息子を失う痛み。そして、自分も片腕を失って、その不自由さにより自分の息子を失ったことの記憶から逃れることができない辛さ。想像するだけで怖ろしくなりました。

下卑た言い方をすれば、「人間の幸せって金じゃ買えないんだな」と思ったものです。年間30億円のボーナスをもらおうが、そんなことは何の意味もないということが身に沁みて感じられました。

私の好きな言葉に、チャップリンの「人生には夢と希望と少しのお金があればいい」というものがあります。お金は全くないのは困りものですが、あり過ぎても困るということなのだと思います。「少しの」というところがミソです。そしてこの言葉は、彼が成功してからの言葉であることがなかなか深いなあと思わせるところです。

既に4年もこの問題にかかずらっています。その間に得た内定も告発の報道で取り消され、今後も金融の世界では事実上再就職の道を絶たれたことは、経済的には相当のダメージなのでしょうが、それ以上の「プライスレス」なものを得ているような気がします。嘆願書や上申書はそれを確認させてくれます。ソロモン・ブラザーズ証券を14年間離れることがなかった自分だから納得できることです。

「上申書

私は八田隆氏とは、1986年に彼が就職活動中に採用を通して知り合いました。当時私が企業の採用担当で、彼が大学生として説明会にやってきたのがきっかけです。残念ながら、私が勤めていた企業ではなく、ソロモンブラザースに入社されましたが、その後数年間はスキーに出かけたりおつき合いさせて頂きました。私が日本を離れる事になった1998年頃までは、全く会わない年もありましたが、会えば「よお、元気か?」と昔と変わらない良い友人関係を築いてきました。

その後、私は海外に出て10年ほど全く音信不通でしたが、3年ほど前に久しぶりに連絡を取る事ができ、その時は「査察が入ってね」という話を伺い、私も楽天的な人間なので「高額納税者は大変だね、狙われちゃって」という程度に聞き流していました。たまたま日本に帰国していた時、2010年の2月でしたか私の友人で彼を知る人が「テレビを見たか?(八田氏が)告発されたぞ。しかも実名報道されて」と教えてくれ、本当に驚いたのは今も記憶しています。

告発された事で八田氏もカナダから帰国して、本当に久しぶりの再会の中、査察から告発に至るまでを本人から聞く事になりました。一通り説明をした後、彼に「俺が(脱税を)やったと思うか」と質問されました。

その時は正直に「暫く会ってないし、私には判断できない、わからない」という旨の返事をしました。査察がどういうものなのか、私には映画「マルサの女」程度しか知識がありませんでしたし、国税が査察をして告発という以上、なにか疑惑があるからだろうとも思いましたし、一方で、でもそんな脱税のような手のかかる面倒な事を彼がやるかなあ?というのが本音でした。

その後、自分なりに国税とは検察とは、様々なケースを調べて読んでみました。意識して客観的に八田氏の事も判断するように考えました。脱税とは何か?を曖昧にしか知らなかった私なので、税金をきちんと納めなかった=脱税と考えていたくらいです。今では、それは単なる「過少申告」であり、脱税の要件は「故意である事」であると理解しました。実際、周りの人たちにも話してみると意外に「脱税」についてきちんと知る人は少ないように思います。

脱税が「偽りその他不正な行為により納税を免れる行為」であり、申告漏れは「計算間違いや所得を得ていた事を知らなかったり、所得が申告すべきものであると知らずに放置し」云々とあります。

とにかく、好きな事興味のある事には時間もお金も惜しまないで突進する、そのための努力も惜しみません。現在はワインとゴルフがその対象のようですが、ワインに関しても相当の知識があるようですし、ゴルフへの執着にもゴルフを嗜む者として、笑いを抑えられない事があります。

反面「興味のない事」に対する無関心さにも、一般の人には理解しがたいものがあります。長年の知り合いとして、昔話も出ますけれどもすぽんと記憶が抜けている期間や、事柄があり、これも「彼だからそんなものだろう」と理解している私ですら、驚いて言葉に詰まる事もあります。一つの細かな事象を忘れる事は人間よくあることですが、彼の場合は「その対象全て」を忘れる事がままあります。後から考えると「その対象全て」に興味がなかったのだろうと。

例えば、彼は私の亡妹とも何度も面識があるのですが、名前を覚えない。これには妹も呆れて「いい加減名前覚えてよ」と憤慨していました。妹の家族である私の義弟や甥ともスキー旅行をしたり、義弟とは八田氏も二人きりでスキーにも出ているのですが、義弟の事がその後話題に上がっても「名前、なんだったっけ?」。この人は本当に記憶障害があるのでは?と思った事も何度かあります。旅行に出て、何を食べたか、いつ行ったか程度を忘れる事は人間、それぞれありますが「え?(妹の)家族でスキー行ったっけ?」とか、その「事柄そのもの」がすっぽり抜けるというのには、呆れるのを通り越して、とぼけているのでは?と、詳細を思い出させるように話すと、時には「あー、そう言えば…」と思い出すような、それでも大概「いや、忘れた」。

違うのです、八田氏の場合は「忘れた」のではなく、興味のない事柄には最初から「記憶に残す」術がないのだろうと思います。恐らくは彼の脳内でははっきりと「興味のある」部分と「興味のない」部分に別れて、行動一つ一つがその都度、選別されているのではないでしょうか。

ソロモンブラザースに入社直後に「1億円トレーダーになりたい」と言っていた事があります。恐らくは彼の目標がラフに「1億円」であって、超えたその後はその事柄に対する興味がなくなったのではないでしょうか。その頃には、金額よりも仕事そのものが「自分の最大の興味」だったのだろうと推測します。「年収」がその時点で「興味のない」部分に分けられてしまったのでしょう。

6月に第三回目公判を傍聴しました。彼の性格云々を別にしても、あまりに無理のある裁判ではないだろうか、というのが率直な気持ちです。

一つの会社から多くの社員に申告漏れが発覚し、そうなる経緯として会社の指導が十分であったのかという点には大きな疑問があります。私自身が長年外資系の人事に在籍していたため、尚更に、会社に責任はなく、全ては個人の責任であるという主張には納得がいかないものでした。

これまで彼のブログも精読してきましたが、検察は『合理的な疑いを越える』だけの立証をしていないと思われます。前述した通り、私なりに八田氏が告発されてから、脱税についてのケースを調べましたが、脱税を立証するために必要な「故意である」事実が見当たりません。

告発からこれまでの3回の公判を通しても、見えてくるのは「会社で多くの申告漏れが出た」「その中でその年に一番所得の多かった人間が告発された」つまり、これほど多くの社員が申告漏れしている会社で、誰も脱税者としてあげないのは、国税局としてまずいのではないか?そのために、一番所得が多い人間を見せしめとして上げておけば、とりあえず世間には収まりがつくだろう、そんな見方をする私は特別でしょうか?

そうは思いません。恐らく、この事件の詳細をきちんと知った人の、その全ては私と同じ結論に至ると思います。この事件が「裁判員裁判」であったならば、つまり私と同じような一般の常識を持ち、一般の目で見て、一般の頭で考えたら、八田氏の無罪は火を見るより明らかです。

彼は既に「年」単位での時間を無駄にしています。決まりかけた仕事も、告発された後という事で断られたとも聞いています。この公判の間も勿論無職です。一方で彼を応援していると、冤罪と戦う事が、彼にとって「一番の興味事項」になっている事にも気づきます。この「冤罪」は彼自身の件だけではありません。実に様々な冤罪事件を調べ、顔を出し、真摯に他の冤罪事件と戦う方々を応援しています。そう考えると彼の時間は社会的には「無駄」ではないのかもしれません。

それでも、明らかに無罪である人間の一分一秒を大切にしていただきたく、ここに上申書を認めます。

ジョワ由紀」

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category: 上申書

2012/09/20 Thu. 07:24 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (19/60) 和気香子  

上申書 (19/60) 和気香子

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

ここをクリック→ #検察なう (183) 「上申書に関して」

私のブログを読んでいらっしゃる方は、もう既に「推定無罪」に関しては充分にご理解頂いているかと思います。

ここをクリック→ #検察なう (159) 「疑わしきは被告の利益に」

そして有罪認定の際のハードルとなるのが、「合理的な疑い」というものです。有罪を認定するには、疑問の余地なく真っ黒である必要がある、というのが近代刑事訴訟法上の大前提です。

色の濃淡というのは、感覚的ですが、便利な概念です。真っ白と真っ黒の間にある状態をイメージしやすいからです。その色は「グレー」と呼ばれます。そして推定無罪原則を理解すれば、グレー=無罪であることには全く疑問の余地がないことはお分かり頂けるかと思います。

グレーというからには、怪しいと思うべき点があることを示しています。証拠の有罪方向での確からしさが、「合理的な疑い」を越えないために、真っ黒ではなく、グレーというものです。では、そのような証拠がいくつもあった場合はどうでしょうか。

例えば、上に添付した私のブログでは、(「非常に乱暴だが」という条件付きで)「合理的な疑い」を越える有罪の確からしさは、少なくとも95%は欲しいというようなことを書きました。しつこいようですが、これは何ら確立した法律論ではなく、私の私見です。

もしそれが法律家のイメージとしてあるとして、有罪の確からしさが80%の証拠では、有罪とするには足りないことが分かります。それでは、80%の有罪の確からしさのある証拠が二つあればどうでしょうか。逆に無罪の確からしさは20% x 20% = 4% となって、有罪の確からしさが95%を越えるのでしょうか。

結論から言うと、そうではありません。「グレーをいくら重ねてもグレー」、つまり「合理的な疑い」を越えない証拠をいくつ集めたところで、所詮、それらの証拠は有罪の認定には足りないということになります。それこそ、それらの証拠が10集まろうが、100集まろうが、所詮はグレー。即ち有罪とはなりません。

しかし、私はそこには例外もあると思っています。例えば、ある証拠が、ほかの証拠の足りない部分を補完する場合、つまりある証拠の80%の有罪らしさが、ほかの証拠の20%の無罪らしさを打ち消す場合に限っては、「合わせ技一本」ということが言えると思います。

その場合でも、まずその「合わせ技」の適用には慎重であることを前提として(推定無罪原則は、法治国家というためにはそれだけ大切なものです)、それぞれの証拠そのものがある程度の証明力を持っている必要があると思います。つまり、10%の有罪らしさの証拠のような、立証事実から遠い間接証拠を1000集めようが1万集めようが、それで有罪を立証しようとすることは、司法制度を愚弄する行為です。

勘のいい読者はお分かりかと思います。私の言わんとすることが。私の公判で、検察が行おうとしていることがまさにこの司法制度を愚弄する行為なのです。「薄~~~いグレー」をいくら重ねても、「あれ?グレーかな?白に見えるけど」という話です。これから行われる私の公判での、被告人質問における彼らの反対尋問や検察論告求刑での、彼らの論理に注目して下さい。

今回紹介する上申書では、更に斬新な色の議論です。「白はいくら割引いても白」というものです。

私は法律家ではありませんが、彼女の書いた判決文は、完璧のように読めます。法曹界の方、誰か突っ込んで頂けないでしょうか。

「上申書

私が大学4年、就職活動をしていた時に、ソロモン・ブラザーズ証券のリクルーターとして対応して下さったのが八田氏です。私は当該証券に就職することはなかったので、就職活動を終えてからはお会いすることもなく、その後音信不通でした。

約四半世紀を経て、2011年4月に再会した時にはじめて事件について聞きました。八田氏から話を聞いて、最初に頭に浮かんだのは「それって、システム的な問題じゃないの?」でした。それから、「あ、この人本当のことを言っている」と直感的に思いました。“直感”は、過去の経験が積み重なった経験値からくる瞬時の判断と私は考えており、非常に重視しているものです。その後、「やってないものをやったとは言えない」を貫く八田氏の姿勢に共感し、折に触れ、事件の応援をしてきました。

この度、上申書を書くにあたり、私が裁判官だったらどう判断するのかという視点で考えてみることにしました。上述の通り、私は八田氏の応援をしているので、明らかに八田氏にとって有利な裁判官です。そして、その点は割り引いて下さって構わないと思っております。

まず、私が裁判官として依って立つところは、「疑わしきは被告人の利益に」、つまり、推定無罪の原則です。何よりも優先させる判断基準とします。

そして、脱税とは、“意図的な所得隠しにより納税を免れる行為”であると理解しております。従って、八田氏の事件は、「2007年、2008年に国外口座に振り込まれた株式及びストックオプション報酬が源泉徴収されないことを知りながら、故意に申告しなかったかどうか」が唯一の争点だと考えます。

【判決】

1. 今回の事件に関し、重要な証拠として挙げられているものは、株式やストックオプション付与の際にクレディ・スイス証券(以下、会社)から配布されたメモランダムを始めとする教示的文言を含んだ会社配布書類であると聞いております。中でも、そのメモランダムに記載された“Please note that whilst there are no employer individual tax reporting or withholding requirements on the delivery of these shares.”という注意書きが、会社が従業員に対し、株式報酬は個々人が源泉徴収する義務があると指導をした証拠であるとのことです。一方、八田氏は、その文章には気づかなかった、と主張しています。

アメリカに留学経験のある私が普通に読むと、「この株式付与について、会社が税務申告や源泉徴収をする義務はない」と解釈し、「個々人が申告すべきである」とは解釈できません。但し、読めば、という注釈つきです。会社勤めをしている時には、業務上多くの日本語・英語の文書を読んでおり、業務に関係ない書類を読むことに時間を割きたくはありませんでしたし、しかも注意書き程度であれば、無視していたことと思います。誰かから「必ず読むように」と直接念を押されない限り、注意書きは読まなかったでしょう。

私個人のことは仮定の話ですが、八田氏と同様に当該メモランダムを受け取った他の従業員(元従業員含む)は、読んだのでしょうか? そして、会社が源泉徴収をしていると思い込んでいる人が、「会社に源泉徴収の義務がない」という暗示的な文言だけで、ただちに会社が源泉徴収をしておらず、自分で申告しなくてはいけないという理解に結び付いたでしょうか?

(1) 調査対象となった300人中約100人が申告漏れをしていた点

(2) 法令遵守を司るコンプライアンス部の部長が気づかなかった点

(3) 同部長の確定申告を行っていた税理士の妻が気づかなかった点

(4) 法務・コンプライアンス本部長による、「自分は、メモランダムで気づいたのではなく、社内の詳しい者から直接聞いたことによって知った」との証言を考慮すると、メモランダムで「個々人が申告するべきである」と伝わっていたかどうかは疑問が残ります。

また、上記本部長による、「インサイダー取引については強制参加の説明会を実施し、英語・日本語のマニュアルを配布して会社が指導したのに対し、税務申告に関しては、任意参加のマスター・シェア・プランについての概要説明会を行ったのみで、会社としては指導していない」との証言により、メモランダム以外にも、会社として株式及びストックオプション報酬に関する税務指導は十分でなかったことが窺われます。

2. では、会社からの指導は不十分であり、それによっては株式及びストックオプションの申告義務があると気づかなかった場合に、それ以外の契機により八田氏が気づいた可能性はあるでしょうか? 源泉徴収票と月々の給与明細の合計額を比較し、その齟齬に気づけば、会社は源泉徴収をしておらず、自分で申告しなければならないということを理解した可能性があります。

その点に関して、私自身の例も含め、周りの人3人に尋ねた例を挙げます。私は給与所得者としては、確定申告をしておりませんでした。そして、給与明細は保管してあるものの、源泉徴収票と比較することはありませんでした。同じく給与所得者として確定申告をしない人の例として「給与明細は最近まですぐ捨てていました」というものがありました。

給与所得者として確定申告をする人の例では、「源泉徴収票と給与明細をチェックするわけない。するとしたら偏執狂的な細かい人である。自分は相当細かいけれど、やらなかった」、「給与明細自体見ない。年一回ボーナス時だけ確認する」という2つの例がありました。

サンプルは少ないのですが、尋ねた人全員から「比較して確認することはない」という答えが返ってきました。従って、給与明細と源泉徴収票を比較する人は少ない、と考えられ、比較しない人の中に八田氏が含まれることは不自然ではないと考えます。

3. しかし、八田氏の場合には大きな額なので、報酬として得た時点に見た金額を覚えているはずであろう、そして、その金額を覚えていれば、源泉徴収票に書かれている数字がおかしいと気づいたはずである、という観点からはどうでしょうか?

八田氏が非常に忘れっぽいことについてのエピソードを記します。

今から1か月半程前に、あるメディア(以下、X)に、八田氏の事件に関する資料を添付したメールを送りました。Xで取り上げて記事にしてほしかったからです。Xに資料を送付する件については、八田氏と相談して決めたことでした。メールの文面も八田氏にチェックしてもらってから送付しました。

その1週間後頃の会話です。

私:「Xに送ったメールについてなんですが」

八田氏:「Xって何だっけ?」

私:「え? 事件に関するメールを送ったではないですか?」

八田氏:「全然覚えてないな」

私:「信じられません。他のことなら兎も角、八田さんにとって、一番重要で関心の高いことに関係したことでしょう?」

八田氏:「半年前に1億円もらっても忘れちゃう位だから」

そして、この上申書を書くにあたり、つい最近あった会話です。

私:「上申書には八田さんが忘れっぽい性格であるエピソードとして、Xへのメールの件を書きますから」

八田氏:「Xってなんだっけ?」

私:「それは、ウケを狙って言っているのですか? 狐につままれたような気分です」

八田氏:「俺、何かやり忘れていたことあった?」

私:「送ったという事実を記憶することです」

事件の支援について、人から何かをしてもらったことすら忘れてしまうのです。「そういう性格だから」と諦めをもって開き直っている雰囲気は甘えや依頼心が感じられ、良識ある大人として社会人として如何なものかとは思います。そして、逆にこのエピソードから、現時点では彼にとって非常に重要である本事案に関するわずか1ヶ月半足らずの前の事柄ですら忘れてしまうという状況を考えると、報酬がいくら重要だったとしても、税務年度でその金額を集計して考えるといった細かな作業をしていなかったことが、全く不思議はないということに気づきます。

では、八田氏にとって経済的価値が、最重要事項で、お金に関することは絶対に忘れない性格かどうか、という観点から考えてみます。卑近な例を挙げると、私がお金を立て替えてもらったことがあります。返そうとすると、立て替えた事実も忘れていて、「いいよ、いいよ」と受け取ってくれませんでした。だから、特にお金に対して貪欲である、何よりも重視しているとは考えづらいと言えます。また、私は彼ほど高給取りであったわけではないので、想像でしかありませんが、経済的報酬よりももっと大事なものを働くインセンティブとしていたからこそ、外資系証券という浮沈の激しい世界で、長く成功を収めることができたのではないかと思います。また、もし仮に経済的価値を重視していたとしても、給与を上げるために努力するはずで、その給与をリスクにさらすのは合理的ではないと感じます。

仕事では成果を上げていたようなので、全てにおいて忘れっぽいかと言えば、恐らくそうではなく、現在進行形の懸案事項以外は忘れてしまうのではないかと想像しています。

つまり、目の前を通り過ぎ去ってしまい、懸案でもないことに関しては、人並み外れて忘れっぽい性格である、と言えると思います。

以上、

1. 会社として株式及びストックオプション報酬に関する税務指導は十分でなかった可能性が高い

2. 給与明細と源泉徴収票を比較して確認していない可能性は十分にある

3. 人並み外れて忘れっぽい性格である

点を考慮すると、八田氏が、意図的な所得隠しにより納税を免れたと断定するには合理的な疑いが残り、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に基づき、無罪と判断します。

裁判官として判断するには関係のないことですが、敢えて記します。八田氏は、国税の告発を受けて否認をすると100%起訴され、100%有罪であり、場合によっては実刑判決もあり得ることを知りながら3年以上も否認し続けています。そして、これからも先は長いです。働き盛りの数年間を賭けて彼が戦っているのは、「嘘をついて自分を誤魔化してまで楽な人生を歩みたくはない」との良心に従わずにはいられないからだと思います。そこに真実があるような気がします。

冒頭に、私が八田氏を支援する立場であることから割り引いてもらっても構わないと書きました。それは、白を幾ら割り引いても白にしかならない、というのも理由の一つです。

和気 香子」

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2012/09/19 Wed. 06:05 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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上申書 (18/60) 上原陽一  

上申書 (18/60) 上原陽一

裁判所に提出する目的で、私の知人・友人に「あなたが裁判員になったとしたら」という観点で上申書を書いてもらうことを依頼しました。1ヶ月で60通の上申書が集まりました。ところが上申書の裁判所提出は検察の不同意で阻まれ、それはかないませんでした。彼らの正義を希求する声を無駄にしないために、本人の了承を得た上でブログでの実名公開に踏み切ります。

ここをクリック→ #検察なう (183) 「上申書に関して」

ここでは私が有罪であるとする上申書を紹介します。兄弟のように親しくしている友人からのものです。

慧眼に満ちたその上申書を読まれる前に、こちらのブログを参照下さい。これまで何度か紹介させて頂いたカリスマ・ブロガー、Victoriaさんのブログです。

ここをクリック→ Victoriaの日記 「クレディ・スイス証券集団申告漏れ事件 第5回公判 寄り切り」

これを読んだ私の弁護団随一の良識派S女史によれば、「あってはならないことですが、Victoriaさんの言ってることもありうるんですよー」だそうです。

私の心境は、ロンドン・オリンピック・ボクシング男子バンタム級の銅メダリスト清水聡選手のものです。

終了のゴングが鳴った時に両手を挙げることができればそれでいいと思います。それで判定が不当なものであっても、観客のブーイングがあれば、それが私の勝利です。

清水選手の「勝利」の瞬間をご覧下さい。

ここをクリック→ ロンドン・オリンピック 清水 vs アブドゥルハミドフ戦判定

この試合は世界的に有名になった不正審判の試合で、清水選手は6度もダウンを奪いながら判定負けします。試合をご覧になってない方はこちらをどうぞ。

ここをクリック→ ロンドン・オリンピック 清水 vs アブドゥルハミドフ戦

ちなみに判定は後に覆され、清水選手は銅メダルを獲得しました。司法の世界ではそうはいかないことが多いようです(むしろ逆に正しい判定がひっくり返されることさえ起こり得ます)。

しかしここでの判定はあくまでジャッジの胸先三寸というもの。勝利という絶対的真実は、選手の胸の内にあり、観客の胸のうちにあると思います。

「上申書

八田隆氏、申告漏れ事件に関して、意見を申し上げます。

結論より申し上げますと、八田氏は有罪であると思われます。正確には、有罪とされてしまうだろうと思います。

八田さんとは、私の勤務するレストランに通っていただいているお客様として初めてお会いし、既に7年ほどのお付き合いになります。ただのお客様と従業員との間柄ではなく、八田さんとは、ワイン好きという共通の趣味で(私は生業でございますが)、とても懇意にしていただいております。

裏表がなく、実直で、よく言えば分け隔てなく人と付き合える気風のいい人間ですが、人の顔色を伺ったり立ち回ったりするのが苦手で、決して生き方は上手ではないと思います。それが友人含め、周りの人を惹きつける魅力でもあります。

まず、八田さんの事件を知ったのは報道で、その際に思ったのは「何かの間違いに違いないし、すぐに容疑は晴れる。でも追徴課税は払わなければならないから、随分損しただろうなぁ」とこの程度の印象でした。

しかしすぐに、顔と実名報道されたことで、ある権力が描いた、ジャーナリズムを巻き込んだ大きなストーリーなのではないか、と淀んだものを感じました。

はっきり申し上げて、彼は、世の中の全てを見通し、日本や海外の労働法に精通し、さらにそこに隙間を見つけ、恐ろしいほどの度胸で、何食わぬ顔で全ての人間を欺き、一生隠匿しながら、まだまだ先のある人生を過ごすほどの賢さと強さを持ち合わせた人間ではないと断言できます。

あくまで私の持論ですが、自分も含め、普段何事もなく過ごしている人々にとっては、平和な世の中であると盲目的に信じて生きていると思います。

日本という法治国家は、世界有数の先進国で、国として成熟しており、大なり小なり問題はあれど、ほぼ完璧な社会と信じています。しかし現代、過多に情報が溢れ、海外の文化や習慣が入り乱れ、労使の関係も戦後の日本とは比べものにならないほど変化しています。

私は現在の職場で、管理監督者という立場ですが、ほとんどの企業の使用者は、同業他社を含め何か問題があると、コンプライアンスとガバナンスの見直しと称し、リスクヘッジを目的に就業規約は使用者側に有利なものへと厚みを増し、ほとんどの労働者がそれを理解することなく契約を結んでいると思います。使用者側ですら、全てを理解していることはないのかもしれません。

八田さんも然りです。

現代の労使関係は、労働者と雇用者の双方の無知によって成り立っていると思わざるを得ません。つまり、長い年月をかけて作られてきた法律、国家権力やあらゆる構造が、いびつな形で固まってしまっており、あらゆる機関、機構が、劇的に変化する時代のニーズに合っていないと言わざるをえません。

検察は、長い間、誰のチェックも受けることなく、代々続く慣例に従い、本来の意義をどこかの時代に置き忘れ、振り返ることなく、自らを完璧なものとするためにいびつなモノを押し通してきたのかと思うと、恐ろしくなります。

裁判所は、新鮮な感性を持つことなく、古い過去の判例を元に判決を下すことでしょう。そして、このようないびつな社会構造に、少数の人々が巻き込まれている事実が確実にあるのです。

私が裁判員であるならば、故意を認められない以上無罪を主張します。

しかし、多くの従順な市民は、国の言うことは(少なからず自分よりは賢いだろうと)正しいと信じています。そういった未熟な社会構造を鑑みて、八田さんは「有罪」になると思います。残念でなりません。

そして、世の中に一石を投じたこの事件は、決して小事で終わらせることなく、私たちの今生きるこの社会のあらゆる方面に活かし、正しいものとは何なのか、真実とは一体何なのか、問うていかなければなりません。そして、一刻も早く、時代がより正しい方向に向かって欲しいと願って止みません。

上原陽一」

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2012/09/18 Tue. 06:55 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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